第63話 ミネ司祭の告白

 裸足はあんまりなので、履き物を売る店で聖職者用のサンダルを買い司祭に履いてもらう。宿につくと俺の部屋で簡単な手当てもした。


「なんとお礼を申し上げたら良いのか、あなた方は命の恩人です。それにしても何故私のことをご存知なのですか?」


「サン・テンヤン教会の司祭があなたのことを口にしたのです」


「おおっ、彼らは無事なのでしょうか?」


「地下聖堂に囚われているところを助け出しました」


「そうですか、それはよかった。きっと神の思し召しでしょう」


 それからミネ司祭は、教会で起こったことを少しずつ語り始めた。ミネ司祭はある理由から賊に追われており、逃げるために旅を続けていたが、このオルレアン市に入る前にサン・テンヤン教会へ立ち寄ったという。


 サン・テンヤン教会の聖職者たちはミネ司祭を手厚く保護してくれた。ところが追っ手の魔手はサン・テンヤン教会まで伸びてきたのだという。


 ある日、馬に乗った賊の一団が教会を襲撃した。教会の司祭はミネ司祭を裏口から逃がしてくれた。すんでのところで難を逃れたミネ司祭は馬を走らせオルレアン市に入ることが出来た。


 賊たちはオルレアン市内に入ることは出来ないだろうと油断していたミネ司祭は、サント・クロワ大聖堂に向かう途中で異端審問官のクレモン・ブーケに見つかり捕えられてしまった。


「ブーケは何故あなたを捕まえたのですか?」


「それは……」


 ミネ司祭は口ごもった。額に皺を寄せて苦悶の表情を浮かべている。何か言えない秘密があるのだろうか?


 ここである考えが俺の脳裏に浮かんだ。天使ノートのヒントによるとテンプル騎士団の手記はブーケと名を変えたモンテギュが持っている。だが、最初からブーケが持っていたわけではなかったとしたら? ブーケと賊の一味はわざわざミネ司祭を追ってオルレアン市へやってきたのだ。


 だとすれば、考えられる事実はひとつだ。


「ミネ司祭。私はシャルル王から資金調達を依頼されブールジュからここオルレアンまで旅をしてきました。そして先ほどは言いませんでしたが、現在あるモノを探しています。それは古の騎士が書いた手記なのです。あなたがブーケに捕えられた原因はその手記ではありませんか?」


 俺は可能性に賭けて正直に話をすることにした。俺の言葉を聞いた司祭の目が驚きで大きく見開かれた。俺は巾着袋から3冊の手記を取り出すとミネ司祭の前に並べた。


「……見てもよろしいだろうか?」


「もちろんです」


 司祭は手記に手を伸ばし手にとった。手記を持った司祭の手が震えているのがわかった。ゆっくりと丁寧に中身を確認する。


「これをどこで手に入れられたのですか?」 


 手記から視線を上げてこちらをしっかりと見ながら司祭は言った。


「ひとつめの手記はロッシュ城の書庫です。2番目の手記はシノン城の管理人から譲り受けました。そして3番目の手記はトゥール城の礼拝堂で見つけたのです」


 ミネ司祭は俺の話を聞いて、フーッと小さく息をはいた。


「もしかしたら神が私とあなたをお引き合わせくださったのかもしれません。ルグラン殿、あなたは正直に話してくださった。私も正直にお話しせねばなりませんね」


 司祭は話を続ける。


「順を追ってお話し致しましょう。私はここよりずっと東方にあるドンレミ村の教会で司祭をしておりました」


 ドンレミ村だって!


 俺は思わず声をあげそうになったが、なんとかこらえることができた。


「ある時、夢で大天使ミカエル様が私におっしゃったのです。『教会の地下にフランスを救うことになる貴重な品が隠されている』と。私は教会に地下室があることなど全く知らなかったのですが、必死になって探した結果、地下室への入り口を見つけることができました。地下室は書庫になっており貴重な写本がたくさんありました。最初、私はミカエル様がおっしゃる貴重な品とはその写本のことかと思いました」


 俺とマレは黙って司祭の話を聞いていた。ドンレミ村でそんなことが起こっていたとは。


「ですが、何かしっくり来ないと感じた私は写本を取り出して調べることにしました。そして本の間からテンプル騎士団の手記を発見したのです」


「それは5番目の手記ですね!」


 俺は初めて口を開いて司祭に聞いた。


「それが――手記はふたつあったのです」


「なんですって! 手記がふたつも!」


 いったいどう言うことだ? 第4の手記はここオルレアンにあるのではなかったのか?


「この手記をお持ちのルグラン殿ならご存知だと思いますが、この手記は筆者によって5つに分割されました。最初の3つはあなたがお持ちのこの手記ですね。筆者は最初4番目の手記はこのオルレアンに隠すつもりだったのです。ですが筆者はここでかつて起こった異端者の火計事件がどうしても心に引っ掛かったようです」


 そうか、オルレアンで最初に火計で処刑された異端者と、パリで火計に処されたモレー総長たちが重なってしまったのか。


「ここで、筆者はロワール川沿いの旅をやめて彷徨さまよい始めました。そして偶然、ドンレミ村にたどり着いたのです。筆者は村の教会に身を寄せ当時の司祭に事情を話しました。司祭は筆者に同情して残りふたつの手記を教会で管理することに同意してくれました」


 ロワール川沿いにオルレアン以降、大きな都市がないことで、5番目の手記がパリやノルマンディーなど、行くことが困難な場所にあるのではと心配していたが、まさかドンレミ村にあったとは。


「司祭は第4の手記を教会で代々受け継いで行くことにしました。また第5の手記は地下書庫に隠して書庫を封印したそうです」


「と言うことは、ミネ司祭は第4の手記を先代の司祭から引き継がれたのですね?」


「いかにも。いずれ神が遣わされた使者が教会を訪れたらお渡しするようにと言いつけられています」


 ここまで話すと急にミネ司祭の表情は険しくなった。


「ああ、私はルグラン殿にお詫びしなければなりません。私は第4の手記を奪われてしまったのです。私はブーケとその一味に所持品を全てうばわれました。そのなかに手記も含まれていたのです!」


 何てことだ! とうとう賊に手記を奪われてしまった。もっと早くミネ司祭を助けることが出来れば。


「ドンレミ村にある第5の手記は大丈夫なのでしょうか?」


 焦った俺は司祭に尋ねた。


「少なくとも今は大丈夫なはずです。そしてなぜ私がここオルレアンまで来たのか、お話せねばなりません」


 司祭はゆっくりと語り始めた。

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