第60話 地下聖堂

 天使ノートにヒントが出たということは、俺たちが真相に近付いているということだ。


 地下聖堂クリプトに何かがある。


「この教会に地下聖堂があるはずだ。そこも探してみよう」


 俺は残りのメンバーに声をかけた。


 教会内部を探すと、入り口付近の床に地下へ降りる階段を見つけた。アーチ状の柱に取り付けてある燭台を取り外し、階段の下を照らす。階段は数メートルで床に到達しているようだ。


「俺が先に降りるよ」


 皆にそう伝えて、ロウソクの明かりを頼りに階段を下っていく。そこはトンネルのようなヴォールト天井を厚い壁が支えている空間だった。じっとりと湿り気のある空気が不快だった。ジャック、マレ、アイヒの順で地下へ降りると奥へと続いている通路を進んでいく。


 やがて俺たちは、鉄格子がはめられた部屋の前に差し掛かった。


 人がいる!


 慌てて鉄格子へ近づき声をかける。


「おい! 大丈夫か?」


 返事はない。


 どうやらここは地下牢のようだ。部屋の奥の方に下着姿で両手、両足を縛られ転がされている数人の男が目に入った。目隠しをされ、口にはさるぐつわがはめられて声が出せないようにされている。男たちの服は汚れておらず、ヒゲも伸びていないところを見ると、囚人ではなさそうだ。


「牢の鍵を探すんだ」


 俺の指示で一斉に牢の鍵を探す。鍵は通路に置いてあったテーブルの引き出しに入っていた。鍵束の鍵をいくつか試したところで牢の鍵が開いた。注意しながら縛られた男に近づくと目隠しとさるぐつわを外した。革の水筒から水を飲ませると、ごほごほと咳き込んで目を開けた。


「お前たちは何者だ?」


 ジャックが尋ねると男の1人が答える。


「俺たちは異端審問官の護衛だ。ブーケ殿と一緒にこの教会に入ったところで賊に襲われて服や装備を奪われたんだ」


「じゃあ、ブーケさんと一緒にブルゴーニュ門に戻った兵士たちは何者だ?」


 ジャックの言葉に、兵士は驚愕の表情を浮かべる。


「俺たちが囚われていることを、みんな知らないのか?」


「ブーケは、お前たちのことを報告していない。みんな無事戻ったことになっている」


「そんな……バカな……」


 男は言葉を失ったようだ。


 真相が徐々に分かってきた。サン・テンヤン教会での出来事は、全てブーケの自作自演だったのだ。ブーケは賊と仲間たちをオルレアン市内に入れるため、自分の部下と賊の服を交換して、賊を自分の部下に偽装した。そしてどさくさに紛れて市内へ入ったのだ。


 ブーケの護衛はみんなローブを身に付けフードを目深に被っていた。これは入れ替わりを見破られないためだったのだろう。


 マレが素早く全員の縄を剣で切り、猿ぐつわや目隠しも外していく。


「いったいなんだってブーケはこんなことを?」


「おそらくオルレアン市内に賊が探しているものがあったんだと思う」


 ジャックの問いにアイヒが答えた。


「あっちの牢にも囚われた人がいるんだ!」


 自由になった兵士のひとりが通路の奥を指差した。


「ジャック、アイヒ、ここを頼む。マレさん一緒に来てくれ!」


 俺とマレは鍵束をもって通路奥へ向かった。同じような大きさの牢屋がもうひとつある。中には聖職者の服を着た3名の男性が奥の壁にもたれ掛かってうずくまっている。


 いくつかの鍵を試して牢の鍵を開けることが出来たので、俺とマレは中に入った。


「大丈夫ですか?」


 3人はそれぞれ片方の腕が鎖で牢の壁に繋がれている。グッタリとしている男のひとりが少しだけ顔をこちらに向けた。生気のない瞳がぼんやりとこちらを見上げている。


「ああ……ああ、神よ。我々をお救いくださるのですね」


「いったい、何があったんです?」


「奴らが来たのです。ああ……恐ろしい。奴らが我々をこのような場所へ閉じ込めたのです」


 余程恐ろしい目にあったのだろう。肩をガタガタと震わせている。


「とにかくこの方たちをお救いせねば」


 マレがそう言って鎖が繋がれている腕輪の鍵を開けようと鍵束の鍵を探っている。ようやく全員の腕輪を外すことに成功したものの、3人とも歩けそうにない。服装からして、この教会の司祭様と下級聖職者たちなのではないだろうか?


「背負って運び申そう」


 マレがひとりを背負いジャックとアイヒがいる手前の牢まで運んだ。アイヒに見張りをしてもらい、マレとジャック、解放された兵士たちが交代で聖職者たちを手前の牢まで運ぶ。さらにそこから手分けをして地上の教会まで全員を運んだ。全員を運び終わって一息つくことができた。


「馬は3頭しかいない。これは一度に全員は運べねーな」


 ジャックが馬と怪我人を見比べながら言った。


 とりあえず怪我人は教会の床に寝かせて応急手当てをすることにした。


「ううっ、あうっ……お助けせねば……」


 聖職者のひとりが、何かを訴えるように片手を持ち上げようとしている。俺は急いで聖職者のそばまで行き、パクパクと言葉を発しようとしている口元へ耳を近づけた。


「……ミネ……司祭が……危ない。オルレアン城内へ行かれた……」


「ミネ司祭とは、どんな方ですか? 危ないとは?」


 俺の問いに男は答えることなく、男の体から力が抜けグッタリとなった。どうやら意識を失ったようだ。残りふたりの聖職者も衰弱しており、話が出来そうにもなかった。


「どうした、レオ。何かわかったのか?」


 俺と聖職者の様子を見ていたジャックが近付いて来て聞いた。


「この人が、オルレアン市へ行ったミネ司祭という人が危ないと言ったんだ」


「ちょっと、どうしたの?」


 アイヒが近寄ってくると、マレもそれに続いた。


 ここで起こったことをもとに状況を整理してみる。異端審問官ブーケは、賊の仲間だった。この教会を襲ったブーケと賊たちは聖職者たちを捕らえて地下牢へ閉じ込めた。いや教会を襲ったのは賊だけでブーケはいなかったのかもしれない。とにかく賊たちは占拠したこの教会に身を隠していた。ブーケは偽情報に基づいて部下と共にブルゴーニュ門から出動した。


 この教会に部下が入ったところを賊に襲わせ、服や装備を奪って地下牢に閉じ込めた。賊は兵士の服に着替えフードを目深に被ることで兵士になりすまし、まんまとブルゴーニュ門からオルレアンに入場した。その際、自ら矢傷をつける念の入れようだ。その後、オルレアン市の守備兵の目を誤魔化すために次々とニセの情報を流して自らは姿をくらませた。その間に城塞内に潜入した賊たちは街中へ潜伏した。


 そして、囚われていた聖職者が言った言葉――


「ミネ司祭が危ない。お助けせねば――」


 この言葉の意味は?


 賊の目的はミネ司祭を捕えること――、もしくは殺すこと――ではないのか?


 俺は自分の考えをジャック、アイヒ、マレに説明した。


「なかなか良い線いってると思うわ。まあ、私の考えも同じだったけどね」


 アイヒの上から発言が気になったが、そもそもこの教会へくる指示を出したのはアイヒなのでそれも仕方ない。


「どうする? レオ」


 ジャックが意見を求めてきた。賊がミネ司祭を追っているなら、賊の手に落ちる前に救わなければならない。


「ジャック、ここでアイヒと一緒に待っててもらえるか? 俺はマレさんと一緒にブルゴーニュ門へ行って救援を要請してくる。救援が到着したらみんなでオルレアン市内へ戻ってくれ。救援を呼んだ後、俺はミネ司祭を探す。マレさん、手伝ってもらえますか?」


「わかった、任せろ」


「承知いたした」


 ふたりはすぐにうなずいた。


 


 

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