第59話 アイヒの活躍
「門の中に入った後のブーケさんの様子はどうでした?」
アイヒの質問の意味が分からない。ブーケの行動に何か怪しい点があるというのだろうか?
兵士は少し考えていたが、やがて口を開いた。
「うーん、その時は助かったという気持ちがいっぱいで周りの様子に気をはらっていなかったんだよ。覚えているのは、ブーケ様が『パリジ門に賊が向かったらしい、俺が行ってくる!』と言われたことだ。それで無傷だった俺も一緒に参りますと言ったんだけど、『いや、お前は怪我人の手当てをしてくれ』と言われて、結局ブーケ様ひとりで出て行ったよ」
「そうですかー、なるほど、なるほど……」
「おい、アイヒ。何かわかったのか?」
「いや、まだなんとも言えませんねー」
そう言ってアイヒはまた天使ノートに何かを書き込んだ。そのもったいぶった仕草にちょっとイラッとした。
「ありがとうございます。大変参考になりました」
アイヒは兵士にニコリと笑いかけた。
「さあ、次はパリジ門へいきましょ」
くそっ、俺の出る幕が全然なかったじゃないか。抗議の気持ちが湧き上がったもののアイヒがせっかくやる気になっているのだし、まあいっかと思い従うことにした。
パリジ門に着くと、一緒に高利貸しの店へ行った衛兵は休憩中だった。
「おや、今度はご婦人と一緒なのかい?」
妻のアイヒヘルンだと紹介し、ブルゴーニュ門でしたのと同じ説明をした。依然としてブーケの行方はわからないという。
「まあ、俺たちの任務は門の見張りと街の治安維持だから、ブーケ殿がどこに行こうと詮索する権利はないんだけどね」
「ブーケ殿が何か事件に巻き込まれた可能性はないでしょうか?」
「もし、そうならオルレアン市の守備隊へ何かしら連絡が入ってると思うんだけど、今のところ何も聞いてないなあ」
「あの……ブーケさんは怪しい賊がいるという通報があって高利貸しの店に行ったとのことですが、その通報はどこから入ったんですか?」
アイヒが横から口を挟んだ。
「うん? そう言えば聞いてないなあ。とにかくブーケ殿が慌てた様子で『異端者に襲われて、部下が怪我をした。関係のありそうな人物がその店に行ったとの情報がある』って言うんで、じゃあ一緒に行きましょうと言ったんだけど、後から部下たちが来ると思うのでこの情報を伝えて欲しいと言われて、待ってたらあんたのご主人とマレさんが来たんだよ」
確か、ブルゴーニュ門の衛兵も同じようなことを言ってたな。つまり賊に関する情報はブーケだけが握っていて衛兵たちはブーケからその情報を伝えられたということだ。
「ブルゴーニュ門とこのパリジ門以外にオルレアン市に出入り出来る門はどこでしたっけ?」
「北西にあるベルニエ門と西にあるルナール門、それから南のサント・カトリーヌ門だよ」
アイヒの質問に衛兵はそれぞれの方角を指差しながら丁寧に答えてくれた。やっぱり美人は得なのか。
「ありがとうございました」
アイヒは衛兵にお礼を言うと俺の方に向き直った。何となくドヤ顔になっているような気がする。
「さあ、高利貸しの家に行くわよ。ルグラン君、案内したまえ!」
またもや、ワトソン君的な扱いかよ。もう考えるのめんどくさいからこのまま付いて行こう。俺は記憶を辿りながら狭い路地を何回か曲がり、何とか高利貸しの家にたどり着くことができた。
あの美しい女はまだいるだろうか? ちょっとドキドキしながら扉の呼び鈴を鳴らす。返事はない。
「留守なのかなあ」
そう言いながら扉の取手を押し込むと前回と同じく鍵はかかっておらず開いた。
「うそだろ……」
目の前に広がった光景を見て俺は絶句した。
――何もない
カウンターの上にあった天秤、重りの箱、後ろの棚に並べてあった高価そうな品々、そこにあった一切のものが全てなくなっている。まるで魔法にでもかかったようにきれいさっぱりと消えてしまった。俺は急いで階段を登り上階を確認した。倉庫は前回見たままのように思えた。置いてある木箱や樽の中身を確かめると中身はカラだった。いや最初からカラだったのかもしれない。
そして、あの女の姿はどこにもなかった。
「何もないわね」
「ここに女がいたんだ、商売道具も置いてあった……全部消えちまったよ」
「してやられたわね。ブーケとその女は仲間だったのよ。そして彼らはここで望むものを手に入れたじゃないかな?」
「ブーケと女が仲間だって? それに望むものってなんだ?」
「説明はあとね、宿に帰りましょう。それからジャックとマレさんに協力してもらわなきゃ」
釈然としないが、ここはアイヒに従うしかない。急いで宿へ戻ると、ジャックとマレが宿の前で待っていた。
「レオ、ちょうどよかった。今、お前たちを探しに行こうかと話してたところなんだ」
「何かわかったのか?」
「重要なことがわかったぞ。クレモン・ブーケとモンテギュは同一人物だったんだ!」
「何だって!」
思わず声が裏返ってしまった。
「さっき、拙者が騎士として使えていた領主のところで、一緒に働いていた傭兵を見つけたのでござる」
マレが興奮した調子で説明を始めた。
「その傭兵がこのオルレアンで偶然、モンテギュに会ったのでござる。そして、モンテギュはその傭兵に、今はブーケと名前を変え、異端審問官をしていると語ったのでござるよ」
そうか、俺たちは結局ひとりの人間を探していたのだ。俺はブルゴーニュ門、パリジ門へ行ったこと、そして高利貸しの店がもぬけの殻だったことをふたりに説明した。
「それで、俺にはわからないんだが、アイヒがふたりの協力が必要だって言うんだ」
ふたりの視線がアイヒに集まった。アイヒの青い瞳がキラリと光った――ように見えた。
「みんなでサン・テンヤン教会へ行くのよ。そこに答えがあるわ!」
――約1時間後、馬の手配を済ませて俺たち4人はブルゴーニュ門を出発した。九時課の鐘が鳴ってしばらく経つ、今はおそらく午後5時ごろだろう。日が暮れる前に捜索は終わらせたい。
サン・テンヤン教会の周りはひっそりと静まりかえっていた。分厚い壁にいくつもの窓というロマネスク様式の建物が見えてくる。やや傾きかけた太陽が背後から教会を照らしている。教会の正面入り口についた俺たちは呼び鈴を鳴らす。返事はない。よく見ると鉄製の扉が少しだけ内側に開いているのがわかった。
「誰もいないのか?」
ジャックがこちらを向いて当惑した表情を見せた。
「入ってみよう」
そう言って俺は扉を押し開けて教会内部へ足を踏み入れた。教会の内部は薄暗かった。トンネルのような円筒ヴォールト天井が身廊の上部を覆っている。側廊と間にあるアーチ状の柱に燭台が取り付けれれており、ぼんやりと辺りを照らしているのが見えた。
「司祭や聖職者たちはどこへ行ったんだ?」
ジャックががらんとした身廊を見渡して言った。奥にある祭壇へ向かって慎重に進む。ひんやりした風がどこからか吹きつけてきて背筋がゾクっとする。
腰の巾着袋がブルっと震えた。天使ノートへの着信だ。天使ノートを取り出して新着メッセージを読む。
『
シンプルな一行の文章が目に入った。
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