第56話 オルレアンの異端者

 これ以上、マレを困らせてもいけないという事で、この日はこれでお開きとなった。それにしてもテンプル騎士団オタクのマレにも分からないなんて、これは難問なのか?


 いやもしかしたら、反作用なのかもしれない。マレの様子はちょっとおかしかった。何かの力が働いて記憶に障害が出たのかもしれない。


「なあ、アイヒ。おれは明日、異端審問官のクレモン・ブーケのところへ行くけど、お前はどうする? 嫌なら無理に来る必要ないぞ」


「い、行くわよ。大丈夫だから」


 シノン城でクードレイの塔に泊まらなくてすんだんだから、これくらいは我慢してもらうか。そう思いこの日は寝ることにした。


 翌日、礼拝と朝食を済ませてから宿を出る。ジャックの部屋に行ってブーケに会いに行くと伝えると、自分は仕事で同行できないが、護衛としてマレを連れて行ってくれと言われた。その言葉に甘えてマレにも同行してもらうことにした。


 クレモン・ブーケはオルレアン市の東にあるブルゴーニュ門近くの宿に泊まっているという。トゥール司祭の話によると、ブーケは異端審問所を開設しないそうだ。今回はオルレアンの異端者をあぶり出すのが目的ではなく、トゥール市から逃亡した賊を追ってきたようだ。


 異端審問所を開設すれば、ただでさえイングランド軍の脅威にさらされているオルレアン市民の動揺は一気に高まる可能性がある。


 今から約400年前の1022年、このオルレアンで異端者として十数名が捕縛された。その中にサント・クロワ大聖堂参事会員とフランス王妃の贖罪司祭も務める、サン・ピエール参事会教会の総長が含まれていたため大問題となった。フランス王ロベール2世は公会議を招集して、サント・クロワ大聖堂で厳しい尋問を行った。


 この時、王妃コンスタンスは自分の贖罪司祭に襲い掛かり、爪で眼球をえぐり出したという恐ろしいエピソードが残っている。会議の結果、異端者とされた人々は火刑に処された。これ以降、ヨーロッパ各地で異端問題が頻発するようになり、異端の処刑において火刑が一般的となったという。


 そんな因縁の地、オルレアンで再び惨劇が起こることは避けないといけない。異端審問官にはおとなしくしてもらわないと。混雑した通りを抜け、目的の宿に着いた。宿の従業員にクレモン・ブーケに会いたいと伝える。あいにくブーケは外出中だった。従業員によるとブーケはブルゴーニュ門へ向かったという。


「俺たちもブルゴーニュ門へ行ってみるか」


 迷路のような狭い路地を通り、目的のブルゴーニュ門へ到着する。アーチ型の城門からは、荷物を積んだ馬車が何台か入って来るところだった。城門の両脇には物見やぐらがあり武装した衛兵が立っている。アーチ門の上部には聖母マリア像が設置され行き交う通行人を見下ろしていた。


「拙者が話をいたそう」


 そう言ってマレが衛兵に近づくと声をかけた。


「こちらにクレモン・ブーケ殿は来ておられぬか?」


 衛兵は体格のいいマレが近づいてきたことで一瞬、身をこわばらせたがすぐに笑顔になった。


「やあ、マレさん。今日はジャックと一緒じゃないのかい?」


「ジャック殿とは別行動じゃ。今日はこちらのルグラン殿と奥様の護衛として参ったのでござる」


 どうやらマレと衛兵は顔見知りのようだ。余計な警戒をされなくて助かった。


「ブーケ殿ならブルゴーニュ門から出て川べりのサン・テンヤン教会へ行ったよ。なんか慌ててたけど何かあったのかな?」


 衛兵は首を傾げながら言った。


「ルグラン殿、ここでブーケの帰りをお待ちになられるか? それとも一旦、宿へ帰られるか?」


「そのサン・テンヤン教会へ行くのは無理でしょうか?」


「城門から出るの危険でござる。特にアイヒ殿も一緒ではオススメ出来もうさん」


「そうですよね」


 さすがに、アイヒとマレをこれ以上危険な目に合わせるわけにわいかないだろう。それにいつ帰ってくるかわからないブーケをここで待つのも時間の無駄だ。仕方がない出直してまた来るか。


「一旦、帰りましょう」


 衛兵に自分たちが会いにきたことを、ブーケに伝言してもらうようにお願いして宿へ引き返した。


 部屋に戻ると、アイヒは明らかにホッとした表情をしていた。


「本当に無理しなくていいだぞ」


「うん、ありがとう」


 やけに素直な返事だな。やっぱりジャンヌの火刑を見てしまったことがトラウマになっているのかもしれない。次は俺ひとりで行くことにしよう。そう思った時、天使ノートが振動した。急いでノートを確認する。


『ここであなたはヒントを読むことができます。下記の選択肢からヒントを読みたい項目を選んでそれぞれのページへ進んでください。ただしそれぞれのヒントを読むにはお金がかかります。お金の送り方は前回と同じです』


 うわっ! また有料のヒントだったあー。ブーケに会えなかったから、お助けヒントなのか?


 ヒント1・・・フリードリヒ2世と暗殺教団  グロ銀貨2枚(0.1リーヴル)


 ヒント2・・・フリードリヒ2世とテンプル騎士団   グロ銀貨2枚(0.1リーヴル)


 ヒント3・・・第5回十字軍と騎士団     グロ銀貨4枚(0.2リーヴル)


「全部でグロ銀貨8枚か。今回は超高額ヒントはないのかよ」


「このヒントで謎が解けるのかなあ」


 お互いに顔を見合わせる。でもひとつひとつのヒントが少額なので結局は全部見てみようという結論になった。まさかミカエル様は、これで小銭を稼いでいるんじゃないだろうな。


 前回と同じようにグロ銀貨8枚をテーブルに並べ、アイヒが息を吹きかける。銀貨が光の粒になって消えると天使ノートにヒントが書かれたページ数が表示された。順番にヒントを見ていこう。


『ヒント1 ・・・フリードリヒ2世と暗殺教団  フリードリヒ2世はイスラム教シーアに属するイスマーイール派、さらにその一派であるニザール派と使者を交換していた。ニザール派は多くの暗殺を実行したため暗殺教団と呼称されていた。皇帝フリードリヒが直接「山の長老」を訪問したという話もある。長老は自らの力を見せつけるために、高い塔の上にいる教団員に身を投げるように命じた。団員は天国へ行けることを喜びながら身を投げたという。また別の言い伝えによればフリードリヒ自身もこれを真似て暗殺者を育成したという。フリードリヒと同じ時代に死んだ王侯諸侯はこのフリードリヒの暗殺教団の手にかかったものと噂された』


 このヒントを読んだアイヒは目を輝かせた。


「ほらほらほら、やっぱりよ。異教徒以外にも暗殺教団は存在したのよ」


「なんか信憑性ないなあ。それにこれ手記のありかとは関係ないハズレヒントっぽいし」


 しつこく暗殺教団ネタのヒントを出してくるが、ヒントを作った人の趣味なのだろうか?


 続いてヒント2のページを読む。

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