第57話 ブーケの行方

 『ヒント2・・・フリードリヒ2世とテンプル騎士団  テンプル騎士団と聖ヨハネ騎士団はイェルサレム総大司教ジェロー・ド・ローザンヌと反フリードリヒ派を結成した。彼らは教会から破門された男と協力できないとしてフリードリヒと進軍することを拒んだ。フリードリヒは仕返しとしてアッコンの南にあるテンプル騎士団の巡礼城に軍を進めて城を明け渡すように迫った。テンプル騎士団は守りを固めて、フリードリヒは退却したがこの行為は両者に重大な遺恨を残した。フリードリヒが聖地を去ってから間も無く、テンプル騎士団総長がこの世を去り、アルマン・ド・ペリゴールが新総長に選出された』


 ついにヒントらしいヒントに出会えた。具体的な騎士団総長の名前がある。アルマン・ド・ペリゴール。一覧表で確認すると第16代の総長であることがわかった。そしてこのペリゴールが新しく総長に選ばれたのだから、亡くなった前の総長がフリードリヒ2世と一緒にいた総長ということになる。ペリゴールの前の総長は――


 ――ピエール・ド・モンテギュ。


 問題はこのモンテギュが、前のヒントに出てくる『グランドマスターの兄弟』に該当する人物かどうかだ。ヒント2の前半部分はフリードリヒとテンプル、聖ヨハネ両騎士団が対立していたことを表すエピソードだが、『グランドマスターの兄弟』の謎をとく材料にはなりそうにもない。このヒントからわかるのはテンプル騎士団が対立したのはイケメン王フィリップ4世だけではないという事実だ。


 さあ、最後のヒント3を読もう。


『ヒント3・・・第5回十字軍と騎士団  第5回十字軍ではイェルサレムを奪還して維持するには、アイユーブ朝の本拠地であるエジプトを攻略する必要があるとされた。1218年5月、テンプル騎士団総長ギヨーム・ド・シャルトルと聖ヨハネ騎士団総長ゲラン・ド・モンテギュが乗った船が出航した。攻撃目標は、エジプトの港湾都市ダミエッタだった。8月、ギヨーム・ド・シャルトルは死去し、西方管区長が新総長に選出された』


 このヒントによるとギヨーム・ド・シャルトル総長は出航からわずか3ヶ月で死んだことになる。ということは十字軍で奮戦し失敗した総長とはシャルトルの次の総長だろう。一覧表でシャルトルの次の総長を確認する。


 ――ピエール・ド・モンテギュだ!


 第2のヒントで導き出された名前と一致した。


「なるほど……そういうことか」


「えっ! わかったの? 私はもう頭がグチャグチャなんですけど」


「モンテギュだよ! テンプル騎士団も聖ヨハネ騎士団も総長の名前は同じモンテギュだ。つまりテンプル騎士団と聖ヨハネ騎士団の総長が兄弟だったんだ」


「ほえーっ」


 アイヒは口をあんぐりと開けて間抜けな声を出した。同時に天使ノートが再び振動する。


『元聖ヨハネ騎士団、モンテギュを探せ』


 最新ページにはそう書かれていた。そしてその後に次の文字が現れた。


『追伸……ふたりのモンテギュは兄弟である』


 なんだ、この『正解です』みたいなリアクション。でも、なかなかってるな。


「モンテギュさんて、どっかで聞いたことあるような……」


 アイヒが首を傾げて言うので、俺はため息をつきながら答えた。


「マレさんの元同僚だよ。聖ヨハネ騎士団に所属していたという人だ」


「ああっ!そうだった。確か領主の人から解雇された後の行方は知らないって言ってたわよね」


 このヒントが出るということは、モンテギュはこのオルレアンにいるのか? でもいったいどこに?


 とりあえず、ジャックとマレにこのことを伝えなければ。俺はさっそくマレの部屋へ行き、モンテギュがこのオルレアンにいるかもしれない、と伝えた。一応、シャルル王の情報網でわかったということにしておく。


「なんと、あのモンテギュがこのオルレアンにいると申されるか。それは驚きでござる。ジャック殿にもそのことを伝えて、探していただき申そう」


 俺とマレが話をしているところに宿の主人がやって来て言った。


「今、肉屋が来てあんたたちへの伝言を伝えていったぞ。ブルゴーニュ門の衛兵からで、すぐに門まで来て欲しいとのことだ」


 この時代の肉屋は、肉の買い付けや配達であちこちに行くことが多いので、メッセンジャー的な仕事もしていた。専属の使者を雇えない庶民の情報伝達手段として重宝していたようだ。


「マレさん、一緒に行っていただけますか?」


「もちろんでござる。急ぎ参りましょう」


「アイヒ、お前はここに残るんだ。それでモンテギュの件と俺たちがブルゴーニュ門へ行ったことを伝えておいてくれ」


「うん、わかった」


 今回はアイヒも付いていくとは言わなかった。俺とマレは先ほどと同じ狭い路地を通ってブルゴーニュ門へと急いだ。門の衛兵詰め所に到着すると何やらザワザワと騒がしい。先ほどは笑顔で応対してくれた衛兵の表情もこわばっていた。


「一歩、遅かったな。ブーケ殿はまた行ってしまったよ」


 詰め所の床にふたりの武装した兵士が座り込んでいた。肩や腕を負傷しており出血しているようだ。兵士はローブを身に付けており、フードを目深に被っているので表情は見えなかった。


「何があったんです?」


 俺の問いに衛兵はかぶりを振った。


「異端者にやられたんです。この兵士たちは異端審問官の護衛なのですが、サン・テンヤン教会付近で物陰から弓矢で攻撃を受け負傷したんです」


 衛兵の話によると、サン・テンヤン教会に異端者が立ち寄っているという情報を得たブーケは、数名の兵士を引き連れて教会に向かったという。だが、それは罠で教会に異端者はおらず、逆に攻撃を受けて負傷者を出してしまった。ブーケは負傷者を連れて一旦はブルゴーニュ門に戻って来た。その時に衛兵から俺たちの伝言を聞き、門にくるように伝えて欲しいと言われたとのことだった。


「ブーケ殿はどちらへ行かれたのですか?」


「それが……さっき教会付近からパリジ門へ馬に乗った賊が走り去るのを見たという情報が入ってね。パリジ門へ向かったよ」


 パリジ門はオルレアン市の北にある出入り口だ。


「マレさん、パリジ門へ行ってみましょう」


「そうですな。急ぎ申そう」


 俺とマレはパリジ門へ向かって再び歩き出した。今思えば、あの時サン・テンヤン教会へ向かっていたら俺たちにも負傷者が出たかもしれない。危なかったのだ。オルレアン市の北面城壁には、ベルニエ門とパリジ門がある。パリジ門はブルゴーニュ門に近い側の壁面にあるためすぐに着いた。


「ブーケ殿はいらっしゃいますか?」


 衛兵への挨拶もそこそこに目的を告げると、衛兵は肩をすくめた。


「ここにはいないぞ。怪しい人物がいると通報があった家に行ったよ。俺もこれからそこへ様子を見にいくから一緒に行くかい」


「お願いします!」


 案内役の衛兵の後について、狭い路地を走っていく。今度こそブーケに会うことが出来るだろうか?


 狭い路地を右に曲がり、さらに左に曲がる。4階建ての民間の前で衛兵は立ち止まった。城塞都市内部は土地が限られているので、建物はスペースを求めて上へ上へと伸びていく。この民家も両脇を隣家に挟まれた幅の狭い作りになっている。


 ドンドン!


 衛兵が民家の戸口を叩いた。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る