第54話 破門皇帝

 ヒントを最初から読んでいく。まず、『グランドマスター』だがこれは前回同様、テンプル騎士団の総長を指すのだろう。だが『兄弟』ってなんだ? テンプル騎士団の総長とその兄弟が同じ騎士団内にいたのだろうか?次に『十字軍は失敗に終わり』だ。何をもって成功とするのかという問題もあるが、十字軍はほとんど失敗に終わっているはずだ。この言葉ではあまり絞り込めそうもない。


 『遅れてきた破門皇帝』これは、大ヒントじゃないか! 破門された皇帝で十字軍に参加した人物と言ったらひとりしか思い浮かばない。


 ――フリードリヒ2世。


 神聖ローマ帝国の王朝、ホーエンシュタウフェン朝の第4代皇帝。神聖ローマ帝国とは、ローマ教皇に支持された皇帝が支配する国家、もしくは地域を指す。その権力は教会とローマ教皇を守護する皇帝と、ローマ教皇とで二分される。962年のオットー1世の即位から始まるとされ、その実態はドイツ王が皇帝を兼任しており、現在のドイツ、オーストリア、チェコ、イタリア北部を中心に存在していた。


 フリードリヒ2世は、ローマ教皇ホノリウス3世に十字軍を実行する代わりとして皇帝の位置を認められたが、シチリア政策に力を注ぐフリードリヒは実行しなかった。次の教皇グレゴリウス9世は、破門すると脅してフリードリヒに十字軍を実行するよう圧力をかける。仕方なく軍を率いてイェルサレムへ向かったフリードリヒだったが、疫病にかかりイェルサレムへ到達することなく帰国した。怒った教皇は仮病だと非難してフリードリヒを破門した。


 まあざっと、こんな流れになるのだが、やはりここでもシノン城のヒントと同じ問題が生じる。フリードリヒ2世と同時期に十字軍で戦ったグランドマスターの名前がわからない。しかも兄弟だと言われるとますますわからない。


「大丈夫よ。私たちにはテンプル騎士団マニアのマレさんがいるもの」


 アイヒがもうヒントの謎が解けたとでも言うように言った。


「そうだな。マレさんに聞いてみるか。でもいい加減、天使ノートのことジャックやマレさんにも説明しないとおかしいと思われるだろ。毎回、こんなに都合よくヒントが出てくるんだから」


「それはダメよ。天使ノートは天界の極秘情報なんだから。私が天使だってことがバレちゃうわ。」


「誰もお前のこと天使だなんて思わないだろ」


「あのねー、ペリエルだっていつも言ってくれてるんだから! 『アイヒちゃんは、寝てるときは天使だね』って」


「それ褒めてないだろ」


 ともわれ、まずはマレさんのところへヒントについて聞きに行くことにした。 九時課(午後3時)の鐘が鳴ったばかりだ。ジャックとマレさんは聞き込みに行ったが、帰ってきてるだろうか? 部屋をノックしてみるが返事がない。諦めて自分の部屋に帰り、ふたりの帰りを待つことにした。


 晩課(午後6時)の鐘が鳴る少し前に、ふたりは宿に帰ってきた。ちょうど良い時間なのでいつものように夕食をとりながら話をすることにした。


「今日はいいワインがあるぞ。トゥール・ワインだ」


 そう言ってジャックが店主を呼ぶと、壺に入れた白ワインを持ってきてくれた。おそらくトゥールで手に入れたものだろう。料理は相変わらずペッパーやシナモン、ナツメグで味付けされた肉料理だった。最近は切り分けるのも慣れたものだ。ワインで乾杯後に話を始める。


「オルレアンの商業ギルドで聞き込みをしてみたんだが、サッパリだった。申し訳ない。テンプル騎士団に関連するものや人についての情報は何もなかった」


 ジャックが申し訳なさそうに言った。


「いや、いいんだ。これは俺たちの仕事であってジャックやマレさんの仕事じゃないんだから」


「それで、手記の発見に役立つ話ではないんだが……商業ギルドにいた商人たちの間ではある話でもちきりだったんだ」


「ある話?」


「ああ、どうもル・マンからヴェルヌイユへ向かったフランスとスコットランドの連合軍が壊滅したらしいんだ」


 俺は頭を殴られたような衝撃に襲われた。やはりあの地図は役に立たなかったか。


「じゃあ、バカン伯は?」


「……戦死したらしい」


 重苦しい空気になった。バカン伯のために祈りを捧げることにする。


「それで、次はこのオルレアンが危ないんじゃないかって商人たちは恐れているってわけだ」


 その恐れはやがて現実となるが、まだ少し先の話だ。


 次は俺たちが報告する番となった。


「こっちの報告はふたつあるんだ。ひとつはサント・クロワ大聖堂の司祭様の話。もうひとつは手記に関連したヒントの話だ」


「そっちは期待できそうだな」


 ジャックはそう言ってワインをぐびっと飲んだ。俺は話を続ける。


「サント・クロワ大聖堂の司祭様はラ・トゥールと言うんだが、すでにトゥール司教区から逃げた賊に注意するようにとの書簡が来ているそうだ」


「さすがカトリック教会の情報は早いな」


 ジャックが感心したように言った。


「司祭様にオクシタニア十字の紋章を見せたんだが、模造品だと一刀両断されたよ。賊はカタリ派でもフス派でもないと言われた。ただ自分は何の情報も持っていないので、情報を持っていそうな異端審問官を紹介されたんだ」


 異端審問官と聞いて、ジャックが露骨に眉根を寄せた。


「一番関わりたくない人種だな、そいつは」


「私もそう思うー」


 ジャックの言葉にアイヒも被せてきた。


「だよなー」


「手記に関連したヒントってのは何なんだ?」


 俺は天使ノートから他の紙に転記したヒントを、ジャックとマレに見せた。


『グランドマスターの兄弟が奮戦せし十字軍は失敗に終わり、遅れてきた破門皇帝は戦わずしてイェルサレムを得る。求めるものは兄弟の手にあるであろう』


「テンプル騎士団に詳しいマレさんなら、このヒントの意味がわかるんじゃないかってふたりで言ってたんですよ」


 マレはヒントの紙を指でなぞり、唇を引き結んだ。


「まず、『遅れてきた破門皇帝』、これはすぐ分かり申しますな。神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世のことでござろう」


「はい、それは私も分かりました。分からないのは『グランドマスターの兄弟』の部分なんです。兄弟で十字軍に参加したテンプル騎士団総長がいたのでしょうか?」


 私の問いにマレは首をひねった。明らかに困惑した表情を浮かべている。


「ううむ……、総長の兄弟でごさるか。記憶にごさらん」


 ヤバい! マレならすぐに分かると思ったのだが甘かったようだ。


「戦わずしてイェルサレムを得る、これはフリードリヒ2世がアイユーブ朝のスルタン、アル・カーミルとの交渉によってイェルサレムを奪還したこと指しているのでござるな。これが回数で言えば第6回の十字軍でござる」


「それで、『遅れてきた破門皇帝』なわけだから、このグランドマスターの兄弟が活躍したのはそれ以前の十字軍なんでしょうね?」


「だとすれば第5回十字軍でごさるか……。第5回十字軍と行動を共にしたテンプル騎士団総長はだれでごさったか……ああ、かたじけない、思い出せ申さぬ」


 俺は天使ノートに書かれているテンプル騎士団総長一覧を取り出してマレに見せた。


「ううむ、シルベール・エラル……いやフィリップ・デュ・プレシスでごさったか?」


 一覧を見ながらマレは頭を抱えてしまった。今日は調子が悪いようだ。

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