第51話 城塞都市オルレアン

 オルレアンは堅牢な城塞都市だ。外側から敵の侵入を防ぐための高い壁で都市が囲われている。城塞都市には城壁で都市の内側と外側を遮断することによって、より計画的な都市建設を行うことができるという別のメリットもあった。


 船着場で船を降りてから積荷の確認作業を行う。ジャックがアンジェから運んだワインの樽が、船から下ろされて荷馬車へ積み込まれた。どうやらボーヌワインをアンジェに運び、アンジェで新たにワインを仕入れたらしい。船着場から馬と荷馬車でオルレアンへの入り口、サント・カトリーヌ門へ向かう。


 可動式の跳ね橋を渡り城門の入り口で衛兵に、都市への入構許可証を見せた後、通行税を払った。これらはジャックが代行してやってくれるので本当に助かる。税金も事前に払った旅費に含まれているのでわざわざ毎回払う必要がなかった。ジャンヌはこの町に11日間滞在したそうだが、滞在先は財務官ジャック・ブーシェの館だった。


 オルレアンの領主であるシャルル1世は、1415年に起こったアジャンクールの戦いでイングランド軍の捕虜となり現在、イングランド各地で幽閉されている。あくまでもオルレアンはシャルル1世の城砦なので、シャルル7世の宿泊許可証で城館に泊まるというのも無理がありそうだった。


「ここでは俺が泊まっている宿屋に泊まるといい、結構、融通がきくいい宿なんだ」


 とジャックが言ってくれたので一緒の宿に泊まることにした。ちなみに宿賃は旅費に含まれているので不要とのことだった。宿に向かって通りを歩いていくと、一際高いふたつの塔がそびえ立っているのが見えた。サント・クロワ大聖堂だ。


「どこの町の大聖堂も立派ね」


 アイヒが感心したように言った。


「そうだな」


 と俺は答える。


 ブールジュのサンテティエンヌ大聖堂、トゥールのサン・ガシアン大聖堂とサン・マルタン大聖堂、どれも本当に荘厳で美しかった。それぞれの建物がその町の人々の誇りになっているのだろう。宿の部屋に荷物をおいて、いつものように食堂で昼食をとりながら話をすることにした。


「今回わかっているのは、第4の手記がオルレアンにあるってことだけなのか?」


 今のところ、天使ノートにヒントは記載されていない。つまりノーヒントということだ。


「そうなんだ、この大きな城塞都市で無闇に探しても見つからないよな」


 今まで手記が見つかった場所を思い返してみる。第1の手記はロッシュ城の書庫、第2の手記はシノン城の使用人サブレが保有、第3の手記はトゥール城の礼拝堂だった。偶然かどうかはわからないが、今までは俺とアイヒの宿泊場所に隠されていたか、宿泊場所の関係者が保有していた。だが、今回の宿泊場所は民間の宿屋だ。これまでの法則が当てはまらない。


「じっとしていても仕方ないか……まずは俺とヴァレリーで商業ギルドに行ってそれっぽい情報がないか聞き込みをしてみるよ」


「わかった、お願いするよ。俺とアイヒはすでに持っている手記をもう一度読み返してみる」


 食事が終わり、ジャックとマレは商業ギルドへ、俺とアイヒは部屋に戻った。トゥールから先は、宿泊先にもうひとつベッドを用意してくれと先に伝えてあるので、すでにベッドはふたつある。ロッシュ城の時のような醜態はゴメンだ。


 部屋に備え付けの椅子に腰掛けて、手記を読み返してみる。


 まず第1の手記だ。筆者がリヨンで行われた新しいローマ教皇の戴冠式に護衛として駆り出されるところから始まる。筆者はイケメン王フィリップ4世の存在感に驚く。


 次にモレー総長が、ローマ教皇からポワティエに呼び出されことを知りイヤな予感を感じる。


 最後にこの手記を5つに分割して、残り4つをこれから隠すと書いてある。


 最初の手記をロッシュ城へ隠した後、ロワール川沿いを上流に向けて順番に旅して、シノン、トゥール、オルレアンに手記を隠した。だがこれより上流には大きな都市や城がない。


 もちろん第4の手記を見つければ最後の手記のありかはわかるのだろうが、ロワール川沿い以外の場所の可能性がある。はたしてどこなのか? お願いだから、パリやノルマンディーのようなイングランド支配地域はやめてほしい。


 次に第2の手記。筆者の心配をよそにモレー総長は呼び出されたポワティエに行ってしまう。そこにはフィリップ王の部下で狡猾な法律顧問ギヨーム・ド・ノガレが待ち構えていた。


 ポワティエの次にパリへ入場したモレー総長だったが、あまりに豪奢ごうしゃな入場がフィリップ王を刺激したのではないかと筆者は後悔している。


 筆者には、モレー総長の行動があまりに楽観的と映ったようだ。自分は大丈夫というおごりも感じたのかもしれない。


 そして第3の手記。領土欲にとらわれたフィリップ王が戦費を稼ぐために、貨幣に混ぜ物をして水増ししたことが記されている。結果としてパリ市民の怒りをかい、襲われたフィリップ王はテンプル騎士団の本部へ逃げ込む。逃げ込む先としてテンプル騎士団の本部を選ばざる得なかったことで、なにかどす黒い気持ちが膨らんだのではないか?


 読み返してみて、当時のテンプル騎士団が置かれていた状況とイケメン王のヤバさはよく理解できるのだが、次の手記を見つけるヒントは見つからない。


「おい、アイヒ、何も思いつかないぞ。どうする?」


「天使ノートのヒントなんだけど、ヒントを出してもいいだけの行動を取ったら出されるのよね。だからとにかくまず動いてみることじゃない」


 意外にもまともなことを言うアイヒ。確かにそうかもしれない……だが……。


「うーん、確かにそうなんだが、トゥールに着いた時はトゥールに着いた時点で地図のヒントが出たよな」


「あの時の事よく思い出してよ。トゥール城に着いた時、使用人の名前がアンドレさんだった事で、『アンドレ』がテンプル騎士団総長の名前になかったから、トゥール城には手記がないと思ってしまったでしょ。でも実際には手記はトゥール城にあった。つまり私たちが思い込みで間違いをおかしてしまったから修正するための特別ヒントだったんじゃないかな」


「そうか。俺たちはまだ第4の手記がどこにあるか仮説を立てて行動に移してないから、ヒントもないってことか」


「そうそう、多分そうよ」


 だとすると、まずは一番情報を持っていそうな人のところへ行って話を聞いたほうがいいか。都市で一番情報を持っているのは商人ともうひとつは――


 ――カトリック教会


 やはり、そこは避けて通れないか。それにトゥール城から逃亡した賊の事も気になるしな。まずはこのオルレアンのシンボル、サント・クロワ大聖堂に行ってみるか。準備をして宿屋から通りへ出る。将来、ジャンヌ・ダルク通りと呼ばれることになる大通りに入ると正面に大聖堂が見えた。13世紀から16世紀初頭にかけて建築されたロマネスク様式の大聖堂だ。16世紀にユグノーによって破壊されゴシック様式として再建されることになる。


 通りを行き交う住民たちには活気があり、小麦や鶏肉、蜂蜜、ワインなどを運ぶ荷馬車が行き交っている。ロワール川を使った河川交通の要衝として栄えているのだ。カトリック教会を訪れるならトゥールのモロー司教から紹介状をもらっておけばよかった。


 大聖堂の正面入り口に着いた俺は、衛兵に近づくと声をかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る