第48話 旅の報告

 翌日の昼頃、ジャックが宿泊する予定の宿屋へ行ってみると、ジャックとマレはすでに到着していた。


「おー、レオ無事だったか。また襲われたんじゃないかと心配したぞ」


 ジャックがいつもの笑顔で明るく言った。


「ありがとう。なんとか無事だったよ。心配かけたな」


「今回はレオが大活躍だったんだよね」


 アイヒが横から口を挟んできた。


「えっ! そうなのか? ぜひ聞かせてくれよ、レオ。ふたりとも昼飯はまだか?」


 俺がまだだと答えると、宿屋の食堂で昼食を食べながら話をすることになった。


「あれ? マレさんはいないのか?」


 俺が尋ねるとジャックは苦笑しながら言った。


「いつもの見回りだよ。宿の周辺をくまなく調べると言ってたな。もうすぐ戻ってくると思うんだが」


 食堂はかなり混雑していた。サン・マルタン大聖堂へ行く巡礼者と思われる人々が大勢いる。思わず灰色ローブの人物がいないか視線を走らせるが、それらしき人物は見当たらずホッとした。


 テーブルにガチョウ肉の串焼き、焼き魚、黒パン、白ワインが運ばれてきた。まずはワインで乾杯してからガチョウ肉を切り分けて頬張った。


「今度の賊はやばかったよ。とうとう協力者まで現れて危うく手記を奪われそうになったし」


「まじか! 協力者ってのは誰なんだ?」


 俺は口を開こうとして思わず口を閉じた。モロー司教から口止め料をもらったんだった。


「ちょっと耳を貸してもらっていいか?」


 俺は、ここだけの話にして欲しいと断ってからジャックだけに聞こえるように下級聖職者の話をした。話を聞いてジャックは眉根を寄せた。


「なるほど、そりゃ口外できないヤバいネタだな」


 俺はうなずくと、次にトゥールへ到着してからの出来事を細かく説明した。


「はは、賊は偽物の手記を持っていったのか。今頃悔しがってるだろうな。事前に準備するってのは大事なことだって思うぜ」


「まあ、たまたま調理場にいてかまどがあったから出来た芸当だけどな。普通に渡したら気付かれただろうよ」


 そう言って俺は肩をすくめて見せた。


「おお、レオ殿! アイヒ殿! お元気そうで何よりでござる」


 聞き覚えのある声がして振り返ると、いつも通り鎖帷子を着込んだマレが立っていた。


「ヴァレリー、やっと来たか! 先に話聞いちまったぞ」


 もちろんマレさんにも聞いてもらいたかったので、今度はかいつまんで説明した。


「こしゃくな賊でごさるな。そのような策まで弄するとは」


 マレは自分がその場にいなかったとこにいきどおりを感じているようだった。


「よし、次のオルレアンでの手記捜索はこのメンバー全員でやろうぜ!」


 ジャックが全員の顔を見回しながら言った。全員が同意の意味でうなずく。


「さて、次はアンジェでのことについてだな。ヨランド様に会うことが出来たぞ」


「おおっ、そうか。どんな方だった?」


 ジャックは少しの間考えていたようだった。何か思うところがあるのだろうか?


「もちろん、評判通りの聡明な方だったよ。そして、初めて会った俺に手の内を明かすほどお人好しじゃあない」


「じゃあ、何も情報を得られなかったのか?」


「はは、まあそう早まるな、レオ。テンプル騎士団のことは言ってない。お前がいなかったからな。変な誤解をされたら困るだろう。だが、もうひとつ、サン・ジョルジョ銀行については相談したぜ」


「おおそうか! ありがとう。何かつてが出来そうだったか?」


 うーん、と少し思案する様子のジャック。何か複雑な話なのだろうか?


「まず、サン・ジョルジョ銀行はジェノヴァ共和国の金融機関だ。そしてヨランド様は、亡くなったナポリ王の妻だ。確かに同じイタリアにある国同士だが、ちょっと関係が遠いんだよ。正直、ヨランド様はシャルル王太子をどう助けるかということを第一に考えていて、イタリアのことまで手が回っていないようだ」


 やはりそうか。シャルル王太子を説得するの必死でプランBとか言ってしまったものの、サン・ジョルジョ銀行に出資してもらうというのは、ちょっと無理スジっぽいと思っている。サン・ジョルジョ銀行がコロンブスに資金を貸出したのが1500年頃なので、まだ80年も先の話だ。


 もちろん、シャルル王が直接借りることは考えていない。俺かジャックが立ち上げたビジネスに出資してもらい、その利益をシャルル王のために使うというプランを考えていたのだ。そのためのコネとして同じイタリアのナポリ王国と関係のあるヨランド様を利用しようと思っていた。


「今、イタリアには手が回っていないと言ったんだが……」


 俺があからさまに落胆の表情を浮かべたのに気がついたのだろう。ジャックが話を続けた。


「今のナポリ女王、ジョヴァンナ2世が2年前、後継者にヨランド様の息子、ルイ3世・タンジューを指名したんだ。だが問題は、その1年前に女王がアラゴン王アルフォンソ5世を養子にして先に後継者に指名してたことなんだ。アルフォンソは突然、後継者から外されて恨んでるだろうな」


 そうか、夫の実家のナポリ王、義理の息子のフランス王、どっちも後継者争いで大変なんだ。さすがのヨランド様でもどちらにも全力投入とはいかない。結局、フランスでの未来に賭けたのだろう。


「そうか、忙しいのに余計な仕事をさせてしまって悪かった」


「はは、気にするな。ヨランド様と話ができて楽しかったぞ。あっ、それと手紙を預かってきた。ヴォークルール要塞の守備隊長、ボードリクールに渡して欲しいそうだ」


 ボードリクールは、ヨランド様の息子ルネ・タンジューの顧問官をしておりヨランド様とも懇意にしている人物だ。そしてルネ・タンジューは1434年に、さっき出てきた兄のルイ3世・タンジューが死んだことによりナポリ王となる。息子がついにナポリ王になってめでたし、めでたしとはならない。


 1442年、後継者から突然外されたアルフォンソ5世がナポリを攻撃し、ルネを追い出してナポリ王となったのだった。このアルフォンソ5世という人だが、自分が王を務めるアラゴン連合王国の内政そっちのけで戦争ばかりしていた。地中海貿易をめぐって対立していたジェノヴァと争っていたが、ジョヴァンナ女王からナポリ王後継者から外されたことでナポリ王になることにこだわり始めたそうだ。


 俺は思った、地中海の覇権争いに首を突っ込んでも何も良いことはないだろう。そもそも登場人物が多すぎる。誰が敵で誰が味方なのか?誰と誰が家族で繋がっているのか?全然わからない。イングランドをやっつけろ!で何となくわかる百年戦争での勝利に集中した方がいいんじゃないか?


 旅の帰り道にヨランド様と会えたら、ジャンヌを助けてもらうための根回しを優先しよう。イタリアへのつて探しは他で考えよう。


「拙者もヨランド様にお会いしたのでごさるが、策士と言うよりは『影の女王』という感じの方でごさった」


「ははは、『影の女王』かそりゃいいや。すごい行動力だもんな」


 ジャックが楽しそうに笑った。


「えー、私も影の女王様に会ってみたいよー」


 アイヒが能天気に言うのを聞いて、やめとけ、相手にされないぞ、と思った。


「ですが……ヨランド様よりも気になる騎士に会いもうした」


 んん? だれだ?


「ジル・ド・レという男でござる」


 俺は息をのんだ。

 

 


 

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