第47話 暗殺教団
【トゥール城】
やはりこの手記の著者も移動しやすいロワール川沿いを隠し場所に選んでいるようだ。行くことが出来ないような場所へ隠すのは移動に危険が伴うし、管理できる人がいなくなり紛失の危険があると思ったのだろう。第4の手記があるオルレアンは、俺たちの旅における次の目的地だ。オルレアンを越えれば次はヴォークルール、そしてジャンヌがいるドンレミ村へと続く。
予定ではジャックが明日、このトゥールへ到着することになっている。本当ならすぐにでもオルレアンへ出発したいところだが、今回もかなり危険だったのでオルレアンへは一緒に行った方がいいだろう。それにしてもモレー総長が手記の筆者へ託した財宝の正体がなかなか判明しない。もしこれでお金にならないものだったら、お金を稼いでジャンヌ・ダルクを救うという計画が崩れてしまう。
もうひとつ課題であるサン・ジョルジョ銀行から融資を受けるというプランについては、イタリアとのつてがありそうなヨランド・ダラゴンと会うというミッションを、先送りにしてしまったので全くの手付かず状態だ。もうひとつ気掛かりなのは、やはり手記を狙っている謎の女のことだ。このトゥール城にもオクシタニア十字の紋章を残していったし、さらに使用人に焼印まで押そうとした。これでは自らカタリ派であると名乗っているようなものだ。
「あっ!天使ノートがブルった」
突然、アイヒが声を上げた。今度はアイヒの天使ノートに新着メッセージがあったようだ。
『ここであなたはヒントを読むことができます。下記の選択肢からヒントを読みたい項目を選んでそれぞれのページへ進んでください。ただしそれぞれのヒントを読むにはお金がかかります。お金は手紙を送る時と同じように天使が息を吹きかければ送れます』
ヒント1・・・テンプル騎士団第6代総長 ベルトラン・ド・ブランクフォールについて グロ銀貨2枚(0.1リーヴル)
ヒント2・・・テンプル騎士団第8代総長 オドー・ド・サン・タマンについて グロ銀貨2枚(0.1リーヴル)
ヒント3 ・・・賊の正体について エキュ金貨40枚(20リーヴル)
「おいおい、ヒント読むのに金とるのかよ。しかもヒント3のエキュ金貨40枚って何だよ!教える気ねーだろ」
さすがのアイヒも首をかしげている。
「しかも、ヒントがテンプル騎士団総長についてってビミョー」
モロー司教からもらったお金があるしグロ銀貨4枚なら払ってもいいか。
「よしヒント1と2を読もう。アイヒやってくれ」
「えー、グロ銀貨4枚もあったらエールが何杯飲めると思ってるの?」
「読まなかったら気になって仕方ないだろ。やってくれ」
そう言って巾着袋からグロ銀貨4枚を取り出しテーブルへ置いた。アイヒは渋い顔をしていたがグロ銀貨へふーっと息を吹きかけると「ヒント1と2を教えて!」と言った。
目の前でグロ銀貨が光の粒になって消えた。すげぇ!
天使ノートに「ヒント1・・○○ページ、ヒント2・・○○ページ」と表示された。
指定されたページを開いてまずヒント1から読む。
『※テンプル騎士団第6代総長 ベルトラン・ド・ブランクフォール・・・在任1156〜1169。南仏ラングドック地方のレンヌ・ル・シャトー周辺の土地を寄進して入会。テンプル騎士団は、ベルトランの指揮によりレンヌ・ル・シャトーに財宝を隠したとの伝説がある。またラングドックはカタリ派の本拠地であり、ベルトランはカタリ派であったという説もある。』
「テンプル騎士団総長がカタリ派出身だったって! しかも自分の出身地に財宝を隠したのか?」
俺は思わず驚きの声を上げてしまった。
「テンプル騎士団とカタリ派は仲が良かったってこと?」
アイヒも目を丸くしている。もしテンプル騎士団とカタリ派の関係がその後も続いて、手記の筆者が財宝の隠し場所としてラングドックを選んだとしたらどうだろう。カタリ派の
「そうだな。その可能性はあるが調べてみないと何とも言えない」
調べると言ってもネットで情報を検索できる現代と違って、調べる手段が思い当たらない。この天使ノートが頼みの綱だ。
「ヒント2も読んでみましょうよ!」
アイヒにうながされヒント2のページを開く。
『※テンプル騎士団第8代総長 オドー・ド・サン・タマン・・・在任1171〜1179。イェルサレム王アモーリー1世の配下だったが、やがてアモーリー1世と対立して独自路線をとる。ヤコブの浅瀬の戦いでイスラムの英雄サラディンに捕らえられ、獄中で死んだ。アモーリー1世と対立した原因としてテンプル騎士団メンバーが、イスラム教二ザール派の「アサシン」と呼ばれる一派の使者を殺害したことが挙げられる。二ザール派は11世紀末から13世紀半ばまでペルシアのアラムート城砦を中心に独立政権を作り、敵対するセルジューク朝や十字軍の要人を暗殺する手段を用いたことから「暗殺教団」とも呼ばれた』
最後にヒントの注意点が書いてあった。
『ヒントは必ずしも真実につながるものだけではない。あくまでも真実を探っていくための参考として読むこと』
「どういうことだこれは? 賊の正体が『暗殺教団』メンバーの可能性があるということか?」
「でも、あの賊のイメージからして『暗殺教団』の方がしっくりくるわね」
もし賊が『暗殺教団』なら、その気になれば俺たちを簡単に殺せるんじゃないか? そう思うと背筋がゾッとする。
今のところ賊の正体に対する仮説は3つだ。
ひとつ目は、フーリエ司祭の推理に基づく説。カタリ派のふりをしたフス派の仕業というもの。だがこの説は説得力を失いつつある。なぜなら、サン・マルタン大聖堂にあったマルタンのマントを狙っていたのはサン・ガシアン大聖堂にいた下級聖職者の男であり、賊の女ではない。つまり賊の狙いは教会ではなかった。フス派がわざわざカタリ派のふりをして教会を脅す必要はなかったのだ。
ふたつ目は、ヒント1から考えられる説だ。テンプル騎士団はベルトラン総長の時代に財宝を南フランスのラングドック地方へ隠した。総長はカタリ派であり財宝の伝説はカタリ派の子孫へ受け継がれた。さらに手記の筆者がモレー総長の財宝もラングドックへ隠した可能性もある。その財宝の場所を知るために賊は手記を探している、というものだ。
3つ目は、ヒント2から急浮上した説。テンプル騎士団はサン・タマン総長の時代にイスラム教二ザール派のアサシン、別名『暗殺教団』と何らかの関係があり、そのことを理由に教団の生き残りが手記を探しているというもの。この説は天使ノートのヒントをもとに俺が勝手に考えたもので、今のところ何の根拠もない。
俺はこの3つの説をアイヒにわかりやすく説明したのだが、ボケーと口が空いた顔になりやがった。
「でもでも、見た目も身のこなしも『暗殺教団のアサシン』がしっくりくるじゃない。あっ、わかった! カタリ派の人がアサシンを金で雇ったのよ。きっとそう、プロの殺し屋だわ。シノンであんたを狙った矢だってさ、わざと外してたよね。本当は当たってたのよ、あの矢。そう、ブスッとね」
「何が『ブスッと』だよ。お前のお尻にあの焼印を押してやろうか」
「あー、やっぱりそういうこと考えてたんだ。この変態。ドS男!」
「はー、変態じゃないし。ドSどころかちょー優しいし。このド天然天使」
「てんねんてんしって、てんがかぶってて言いにくいんですけどー」
今日も謎が解けないまま、日が暮れていくのだった。
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