第43話 感謝の祈り

 またもや賊に逃げられてしまった。だが、あいつはまたやって来るだろう。俺はかまどに近寄り手記の燃えカスが残っていないか確かめた。火はほとんど消えて煙がくすぶっている。灰の中にそれらしきものは見当たらない。おそらく女が持ち去ったのだろう。


 俺の巾着袋の中にはの手記が入っている。用心のためにダミーの手記を作っておいてよかった。偽物をつかまされたことに気づいて女は怒りに震えることだろう。部屋の中央では、もうひとりの賊が暴れたようでアンドレと修道士が押さえつけているところだった。俺は縛られた使用人に駆け寄り、縛った縄を解き頭に被せられている布袋を取り外した。ふたりともあまりの恐怖に呆然となっているようだった。


「おい、起きろ!」


 修道士が賊の上半身を強引に引き起こす。アンドレが賊のフードを剥ぎ取り、賊の顔があらわになった。俺の膝蹴りを受けて鼻から出血し血まみれになった若い男性の顔、そして男の頭は髪の毛が剃られ残った髪が鉢巻のようになっている。トンスラだ。その顔に俺は見覚えがあった。


 サン・ガシアン大聖堂で俺たちをモロー司教のところに案内した男、俺から賄賂わいろを受け取った下位聖職者の男。


「違う! 違うんだ! 俺はあいつに脅されていたんだ」


 男は必死に叫んだ。


 黒い修道士が、焼き印を男に突きつける。先端の部分がオクシタニア十字の紋章になっているのが見えた。


「これはまさしく異端の印。言い逃れはできんぞ」


 修道士の言葉に男の瞳は恐怖で見開かれる。


 調理場の入り口でパタパタと足音がした。


「レオー、大丈夫?」


 アイヒが数名の衛兵を引き連れて部屋に入ってきた。


「ああ、大丈夫だ。ちょっと焦ったがな」


「もう、ひとりで行くなんて何考えてるのよ。あんた武術はダメなんでしょ」


「いやいや、は、なかなかの活躍でしたよ。賊を撃退したんですから」


 ん? ご主人? もしかしてバレてる?


「すいません。アンドレさん、嘘ついてました」


「実は昨日、奥さんが飲み物を取りに来られた時、本当のことを聞きました。申し訳ないとすごく謝って頂いたのです。ただ、奥さんからしばらく知らないふりをして欲しいと言われましてね。演技をしたという訳です」


 話を聞くと、アンドレには異国に行って離れ離れになった恋人がいるのだそうだ。その恋人にアイヒがソックリだったので、舞い上がってしまったとのことだ。俺はアンドレに何度もあやまった。


 下級聖職者の男は衛兵に連れて行かれた。これから教会の取り調べを受けることになるだろう。城の衛兵と他の使用人たちは城の食堂で倒れているのが見つかった。ただ眠っていただけで命に別状はないそうだ。使用人の証言によると、今日の午前中に下級聖職者の男が司教からの差し入れだと言って、高級なワインを持ってきたのだと言う。食堂に集まってワインを飲んだところ、急激な眠気に襲われ次々と倒れたようだ。おそらくワインには睡眠薬が仕込まれていたのだろう。


 翌日、俺はモロー司教に今回の一件を報告するため、サン・ガシアン大聖堂へ行くことにした。安全のためアイヒには城で留守番をさせた。前回と同じように執務室で司教と向かい合って話をする。


「ルグラン殿、大変申し訳ありませんでした。まさかこのトゥール司教区に異端者が紛れ込んでいようとは。それで、大変勝手な申し出とは思うのですが、今回のことは内密にしていただけますでしょうか?」


「もちろんです、司教。早めに捕らえることができてよかった。それで逃げた賊のことは何かわかりましたか?」


 そう言って、俺はトゥール城の大広間で拾った紋章を取り出し、机の上に置いた。


「それをどこで?」


 モロー司教も自分が持っている紋章を取り出し、置いてある紋章の隣に並べて置いた。ふたつのオクシタニア十字は全く同じものだった。


「これはトゥール城の大広間に落ちていたものです。こうやって見比べるとサン・ジュリアン教会に落ちていたものと同じだと思えますね」


「おそらく同一犯でしょう。残念ながら、捕らえた男はもう一人の賊の正体について、何も知らないと言っています。最初は脅迫を受けて仕方なくやったことだと言っていましたが、少し締め上げましたところ、金で買収されたことを告白しました」


「やはりそうでしたか」


「それと、これはもう話してもよいと思うのでお話致しますが……サン・マルタン大聖堂には、もうひとつの聖遺物――サン・マルタン様のマントが一時的に保管されていたのです」


 そうか、フーリエ司祭が言葉を濁していたのはこの事だったのか。俺がうなづくのを見て、モロー司教は話を続ける。


「あの男は、そのマントを金目的で盗み出すことを計画しておりましたが、接触してきた賊からマントを盗み出すことに協力する代りに、自分にも協力するように言われたそうです」


「なるほど、お互いそれぞれの目的をもっており、その目的を果たすために協力することになったと言うことですね」


「そうです、それで逃げた方の賊の目的なのですが、男を締め上げても今一つハッキリしません。なにか重要な文書らしきものを探しているらしいが、自分は教えられていないとのことです」


 やはりあの女もテンプル騎士団の手記を探していることは、キリスト教会に知られたくないようだ。それは俺も同じなのだが。


「ともかくマントが無事でよかった」


 俺の言葉に司教は笑みを浮かべた。


「マントは、すでにトゥールから場所を移動させ、なんとか責任を果たすことができました。これもルグラン様のおかげです」


「いやいや、私は大したことはしておりません。司教様のお役に立てて光栄です」


 ここで司教は少し首をひねった。何か疑問に感じたことがあるのだろか?


「それにしても、賊がトゥール城に来るとよくわかりましたね?」


 やはりそこが気になるのか。まさか天使ノートのヒントでわかりました、とは言えないしな。


「実は、シャルルマーニュ塔から外を見張っておりましたら、トゥール城の様子が変だと気になりまして。衛兵の姿が見えないし、人の出入りが全然なかったのです。それにオクシタニア十字の紋章が余りにも、あからさまに置かれていたのに少し違和感を感じました。もしかしたら賊の陽動作戦なのではないかと思ったのです」


「おー、さすがでございますな。ルグラン殿、いや感服いたしました。それとこれはささやかな御礼でございます。ぜひ受け取ってください」


 そう言って司教は何かが入った袋を机の上にジャラリと置いた。おそらく中身はお金だろう。教会内に異端者がいたことに対する口止め料といったところだろう。一応、形ばかりの辞退の姿勢を見せた後、ありがたくいただくことにした。


 城に帰ってから袋の中身を確認すると、エキュ金貨が2枚(1.0リーヴル)、グロ銀貨が10枚(0.5リーヴル)入っていた。これはありがたい。これで所持金は2.23リーヴルとなった。


「今夜はエールで乾杯ね!」


「まだだ、重要な問題が残っている」


 浮かれるアイヒに俺は言った。


「えっ!何よ?」


「まだ、第3の手記が見つかってないだろ?」


「そうだったね。えへへ」


 その時、またもや天使ノートが振動した。急いでノートを開く。


『今回の幸運は神の御業みわざなり。感謝の祈りを捧げよ』


 新しいヒントだ! 


 

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