第41話 新しいヒント
大聖堂の鐘がなった。六時課(正午)を知らせる鐘だ。何も見つけることができず時間が過ぎてしまった。修道士が昼食として黒パンとワイン、干し肉を運んできてくれた。昼食をとりながら見張りを続ける。相変わらず巡礼者がやって来るのが見える。今のところ灰色ローブのあの女はいないようだが、そもそもそんなバレバレの格好で来るわけないだろう。
それにしても、このテンプル騎士団の手記は誰が書いたのだろう?手記には著者の名前も、それを匂わせる記述もない。ジャック・ド・モレーは、『ラルメニウス憲章』もしくは『ラルメニウス認可状』と呼ばれるものを彼の部下で同じく投獄されていたヨハネ・マルコ・ラルメニウスに渡し、秘密裏にテンプル騎士団総長の座を譲ったとの伝説がある。だが、手記によると著者は追手から逃れることができ自由に行動できる人物だ。ラルメニウスではない。
またこれは天使ノートに書いてあった情報なのだが、現代における何人かのテンプル騎士団研究者は、テンプル騎士団の異端裁判でジャン・ド・シャロンという騎士団メンバーが以下のように証言したと主張しているらしい。騎士団メンバーが一斉逮捕される前日、3台の荷馬車が大量の荷物を積みパリのタンプル騎士団本部を脱出した。荷馬車は、フランス北西部ノルマンディーにあるジゾール城へ到着し荷物が運び込まれた、と。
1946年、ジゾール城の管理人だったフランス人が、独自に城の地下を発掘し秘密の礼拝堂を発見したと語った。そこには30個の貴金属の箱と19の石棺があったという。ところが、管理人はそのままこの地下礼拝堂を埋めてしまった。1964年にフランス政府が改めて調査を行なったが何も発見されなかった。
この話にはまだ続きがある。管理人は小説家のジェラール・ド・セードにこの話を語り、セードは後にこの話を元に秘密結社「シオン修道会」にまつわる書物を書いた。1960年代以降、様々な著作でこの「シオン修道会」が取り上げられた。「シオン修道会」は11世紀からの歴史を持つとされていたが、1993年に総長を自称していたピエール・プランタールが、その根拠となる文書を捏造したことを告白したため、その歴史は誤りであったと考えられている。
前にも言ったが、前世での俺はこの手の歴史ミステリーや陰謀論が大好きだったので、テンプル騎士団の財宝を探すことができるこの状況がうれしくてたまらないのだ。だから、ジャンヌ救済という本来の目的を忘れてしまいがちなのは否定できない。だがいずれにしろジャンヌを救うには
などとそんなことを考えていると、天使ノートがブルブルと振動した。新着の書き込みがあったのだ。すぐに最新のページを開いて確認した。
『左目にひとつ目の赤、右目にふたつ目の赤、最後の赤より眺めしその先に求めるものが現れん』
なんだ、これは? 第2の手記を探すときのヒント『
うーん。左目、右目はそのままの意味だろう。だが、ひとつ目、ふたつ目の赤とは何だ? そもそもこのヒント誰が考えてるんだ? アイヒは神様の啓示だと言っていたが、そんなに神様はパズルが好きなのか? まあ、今はそんなこと考えても仕方がない。大人しく謎を解こう。
赤……赤とはなんだ? なにか赤い物を目にしただろうか? 必死に記憶を探る。この塔の中に赤い物はあったか? すくなくともこの塔の中に赤い物はなかったはずだ。
ならば、大聖堂内部か? ステンドグラス? ステンドグラスなら赤い色はあちこちにあった。たがどれが1番目で、どれが2番目なのか? 赤いステンドグラスはあちこちに散りばめられており、順番なんてありそうにない。
「最後の赤から眺めし」とは? 最後の赤というのは何かの場所を指し示しているのだろか?今までの経験から、天使ノートには俺たちの調査がどれだけ進んだかによって、その時点で最適のヒントが現れることが薄々わかっていた。
であれば、俺たちはこのヒントで謎が解けるだけの行動を、すでにとったということだ。
俺はこれまでの自分の行動を振り返ってみることにした。ここ、トゥールに到着して最初に訪れたのがトゥール城だ。城の管理人、アンドレに出会った。テンプル騎士団総長にアンドレという名前はなかったので、アンドレは手記を持っていないと考えた。
次に訪れたのが、サン・ガシアン大聖堂だ。モロー司教から、盗賊を探すための調査権限を与えてもらう文書をもらった。
3番目に訪れたのはサン・ジュリアン教会だ。フーリエ司祭から教会に夜盗が入ったときの状況を聞いた。また、司祭は賊の正体をカタリ派のふりをしたフス派だと言った。
そして今日、このサン・マルタン大聖堂にあるシャルルマーニュの塔にやってきた。
――その時、俺の頭にかすかな電流のようなものが流れた。急いでもう一度、天使ノートに現れたさっきのヒントを読む。
『左目にひとつ目の赤、右目にふたつ目の赤、最後の赤より眺めしその先に求めるものが現れん』
次にトゥールの地図を見る。
赤……赤い文字……そうか、そう言うことか!
サン・ガシアン大聖堂
サン・ジュリアン教会
シャルルマーニュの塔
この3つの建物は地図上に、いずれも赤い文字で書かれている。ということは「赤」はそれぞれの建物を指し示しているのではないか?ひとつ目、ふたつ目、最後というのは訪れた順番と考えられる。つまり、「ひとつ目の赤」が「サン・ガシアン大聖堂」、「ふたつ目の赤」が「サン・ジュリアン教会」、「最後の赤」が「シャルルマーニュの塔」というわけだ。
さてその続きだが……、期待に胸が膨らむのを感じる。「最後の赤から眺めし」は、まさに今、俺がいるこの展望フロアから眺めるということに違いない。もうここまでくれば後は簡単だ。左目でひとつ目の赤――サン・ガシアン大聖堂を見る。右目でふたつ目の赤――サン・ジュリアン教会を見る。ふたつの建物は塔からの距離は違うものの、どちらもこの塔から見て東側に位置しており、同時に見ることができる。サン・ジュリアン教会の方が少しだけ北側、つまり左側に位置しており、サン・ガシアン大聖堂は右側だ。つまり左右の目で同時にふたつの建物を見ようとすると、目の焦点は上記ふたつの建物のちょうど中間地点に合うことになる。その中間地点にあるのは――
――トゥール城だ!
俺の心に言いようのない不安が広がっていく。しまった! 管理人アンドレの名前がテンプル騎士団総長の中になかったことで完全に油断していた。手記はトゥール城にあるのだ。そして今、俺、アイヒ、管理人のアンドレまでもが城を留守にしている。手記が危ない。
急ぐんだ!
俺は急いで塔の螺旋階段を駆け降りる。焦りからか足がもつれ転びそうになる。なんとか地表まで降りると、柱の影から出てきたフーリエ司祭とぶつかりそうになった。普通じゃない俺の様子を見て司祭は目を丸くしている。
「司祭様、申し訳ない、説明している時間がありません。私はトゥール城に帰ります。アンドレさんと妻にすぐに城に戻るよう伝えていただきたいのです!」
フーリエ司祭は戸惑っていたようだが、俺の必死さが伝わったのだろう「わかりました」と答えた。
嫌な予感がする。
俺は通りで人をかき分けながらトゥール城へと走った。
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