第40話 フーリエ司祭の推理

 そう言えば、G・K・チェスタトン※の書いた推理小説の探偵はカトリックの司祭だった。アイヒのやつ、もしかしてチェスタトンも読んでるのか?

 

 ※注 G・K・チェスタトン(1874〜1936)イギリス、ロンドン出身の推理作家、評論家、詩人。カトリック司祭がアマチュア探偵として事件を解明していく「ブラウン神父」シリーズで有名。


「アルビジョワ十字軍において……最も敬虔けいけんで勇敢で実直な司令官であり、トゥールーズ伯領を占領したシモン・ド・モンフォール※はフランス王フィリップ2世の配下でした――」

 

 ※注 シモン・ド・モンフォール(1164、1175?〜1218)中世フランスのモンフォール=ラモリー領主。第4回十字軍に参加。十字軍がコンスタンティノープルに向かう決定をすると十字軍を離脱した。1209年アルビジョワ十字軍の遠征に参加。南フランスの領土をめぐってアラゴン王ペドロ2世と対立、1213年ミュレの戦いでペドロ2世の軍を破った。教皇インノケンティウス3世より、トゥールーズ伯などの領地を得たが、1218年6月トゥールーズ包囲戦の最中、投石機の砲弾が頭を直撃し死亡した。


 フーリエ司祭はここで一旦言葉を切って、俺とアイヒの方へ視線をやった。そしておもむろに言った。


「シモン・ド・モンフォールの戦い方と統治方法は、その……なんというか、それはもう過酷を極めました。もちろん異端者への態度は断固たるものでなければいけません。いけませんが……。ゆえにです。仮にカタリ派が生き残っていたとすれば、その恨みの対象は我々カトリック教会のみならず、あなた方の仕えるフランス王家に向けられるでしょう」


 シモン・ド・モンフォールは確かに優秀な指揮官だったかもしれない。ただ一方でその冷酷さは敵だけではなく、味方さえも震え上がらせた。1209年、アルビジョワ十字軍の初戦、ベジエ攻略において、かの有名な大虐殺を行った。1万人とも2万人とも言われる無差別の虐殺だ。十字軍の兵士が、「どうやってカトリック信者と異端者を見分ければいいのか?」と尋ねたところ十字軍の指導者である教皇特使は「皆殺しにせよ、神はご自分の信者をご存じだ」と答えたという。1210年、シモンはブラム村において敵に町を引き渡した聖職者を絞首刑にした後、捕らえた住民から100名を選抜し目を潰し鼻をそぎ落としたうえで追放した。


「ひっ!」


 隣でアイヒが妙な声を上げた。シノンで襲われた時の記憶が蘇ったんだろう。自分から話を振っておいて何やってんだ。


「どうされました。アイヒへルン殿!」


 さっそくアンドレが反応して声をかけた。


「ううっ……何でもないです」


 震える声で答えるアイヒ。これは演技じゃないよな。確かにシモンと十字軍が行った行為は現代の我々の感覚からすると残虐非道と言えるのかもしれない。だが、中世ヨーロッパ世界ではある意味、あたりまえのことでもあった。天使であるアイヒもその辺は十分見てきたと思うのだが。


「なるほど。賊の狙いはカトリック教会とフランス王家への復讐に見せかけて自らの勢力を拡大することというわけですね。そのために聖遺物の奪取を目論んでいると」


「私はそう考えます」


 フーリエ司祭が静かに言った。手に入れようとしているのが聖遺物か、テンプル騎士団の手記であるかの違いはあるが賊の正体に関して言えば、なくはない話だと思う。いや、待てよ。もしテンプル騎士団の手記に書かれているモレー総長が隠したかった財宝の正体が聖遺物だったとしたら? いよいよフーリエ司祭の推理が信憑性を帯びてくる。


 もしそうだとしても今、俺がやるべきことはひとつしかない。第3の手記を見つけることだ。天使ノートに書いてあったシャルルマーニュの塔を調査したい。何とか口実を見つけたいのだが。さて、どうするか?


「警備が手薄なところを高いところから見張るのはどうでしょう?」


 俺の突然の発言に、残り3人の顔がこちらに向いた。アイヒも驚いた顔になっている。まあ、俺の意図なんか察しないよな。


「ああ、そうですな。この聖堂で見張りに適しているのは……そうですね。シャルルマーニュの塔と時計塔ですね」


 フーリエ司祭の答えは、俺の思惑通りのものだった。必要ないですね、と言われたらどうしようと思っていたのだ。


「よろしければ、私に見張りをさせていただけませんか? これでも目には自信があるのです」


「見張りなら部下の修道士にさせますよ。ルグラン様にそんな役目をさせてはモロー司教に怒られてしまいます」


 この反応も想定の範囲内だ。


「修道士の皆さんは教会の入り口や地下室を守って頂いた方がよろしいでしょう。屈強な肉体を持っていらっしゃる方が聖遺物の近くを守っている方が賊も近寄り難いでしょう」


「それもそうですな。ルグラン様がそうおっしゃるならお願いしてもよろしいでしょうか?」


 司祭はすまなそうにそう言った。よしうまくいった。


「お任せください。では、アンドレさん、時計塔での見張りをお願いします。私はシャルルマーニュの塔へ行きます」


 アンドレには帰ってもらうつもりだったが、協力してもらうことにした。


「えっとおー……私は?」


 アイヒが戸惑ったように俺をみてくる。お前は俺と一緒に、と言いかけてアンドレが捨てられた子犬のような目で俺の方を見ているのに気がついた。クソッっ!そんな目で俺を見るなよ。


「……お前はアンドレさんと一緒に時計塔へ行くんだ」


 アイヒは一瞬、俺を睨みつけたが何も言わなかった。


「さあ、アイヒヘルン殿行きましょう」


 喜びを爆発させているアンドレがアイヒを連れて、案内役の修道士とともに地下室を出て行った。少し心が痛むのを感じたが今は仕方がない。手記の捜索を最優先するのだ。シャルルマーニュの塔へはフーリエ司祭自ら案内してくれた。


「では、ルグラン様よろしくお願いします。もし何か見つけたら鐘楼の鐘を細かく打ち鳴らしてください。時計塔のアンドレさんにも同様にお伝えしております。晩課(午後6時)の鐘が鳴ったら降りて来てください」


 俺はわかったと答えて、塔を登り始める。狭い螺旋階段をぐるぐると回って登っていく、結構息が切れた。何とか塔の最上部へ到達して覗き窓から景色を眺める。他に高い建物がほとんどないのでとても眺めがいい。大聖堂の周辺が全部見えるかというと展望窓がある東西の景色は見えるものの、窓がない方角の景色は見ることができない。まあ大聖堂の南側には時計塔があるので、そちらの面はアンドレさんにカバーしてもらおう。


 三時課の鐘が少し前に鳴ったので現在の時刻は午前10時といったところだろう。午後6時まであと8時間もあるじゃないか。まあいいか。きつくなったらいつでも降りてきてくださいと言われているので気軽にやろう。しかしこの塔で手記を探すといっても、どこを探せばいいのか?階段か?途中の踊り場か?今いる上層階か?登ったはいいものの途方にくれてしまう。


 まずは、展望フロアをぐるっと一周してみる。鐘を支える骨組みがあるだけで手記を隠せそうな調度品の類はもちろんない。石組の壁を探ってみるが何かを隠せそうな場所はなかった。何かを隠すならサン・マルタンのお墓がある地下の方がいいだろう。ここにはそんなスペースはなさそうだ。そうだ、ちゃんと見張りもしないとな。東側の窓から下を眺める。通りを大聖堂に向かって歩いてくる人の列が見えた。旅装束を身につけていることから巡礼者だろう。非常に人気のある巡礼地なのだから当然だ。これではいくら警備を増やしても賊の侵入は防げそうにもない。


 俺はため息をついた。 

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