第32話 ミッションの変更

 この日の夜は、安心して眠ることができた。やはり地下牢なんかで寝るもんじゃない。なんとか手記も手に入れたし、期待に胸が膨らむ。


 そこで、ふと思った。もしアイヒが天使ノートに書かれたヒントの謎を解かなかったら第2の手記は手に入らなかったんじゃないか? もしかして、このポンコツ天使に助けられた? ポンコツはむしろ俺のほうじゃないのか?


 俺は寝起きで髪ボサボサの天使をじっと見た。やばっ、目があってしまった。


「ははーん、わかるぞー青少年。セクシーお姉さんと一緒の部屋で、興奮して眠れなかったんでしょー」


 アイヒがニヤニヤしながら言う。


「はあ? むっちゃ熟睡だったよ! それに何がセクシーお姉さんだよ。俺のほうが年上だっつーの」


「えっ、じゃあ、おっさん目線でなめまわすように見てたってこと。このセクハラ上司!」


「うるさい、お前の上司はミカエル様だろ!」


 朝からしょーもないやり取りで疲れてしまった。その後、約束の時間にジャックとマレさんが迎えにきてくれた。お世話になったサブレに別れの挨拶をする。


「ルグラン様、アイヒへルン様、幸運を!」


「ありがとう、サブレさん。このお礼はいつかします」


 爽やかな朝日を浴びながら出発だ。シノン城から先はロワール川を渡る船旅だ。俺たちは船着場へ丘を下っていく。


「レオ、昨日は大丈夫だったか?」


 ジャックが俺たちを心配して声をかけてきた。手記を手に入れたことを報告しておこう。


「昨日はありがとう、無事だったよ。それから次の手記を手に入れたんだ。城の管理人がテンプル騎士団総長と同じ名前だったことに気がついてね(アイヒが)、手記はその管理人の家系が代々引き継いで保管していたらしい」


「そりゃあよかった! ヴァレリーのテンプル騎士団好きが役にたったってわけだ。手記に新しい情報は書かれてたか?」


「いや、今回はモレー総長たちがどんな酷い目にあったかという内容だったよ」


「そうか、なかなか核心に触れた部分が見つからないな。それで、次の手記がある場所は書かれてたのか?」


 そうだった、それが問題だ。手記のありかが次の目的地アンジェだったらよかったんだが、そうは都合よく行かない。次の次の目的地、トゥールにあるのだ。


「トゥールだ。アンジェじゃない。それで心配なことがあるんだ。シノン城の管理人が言ってたんだが、このところ城の使用人が賊に襲われる事件が多発してるらしいんだ。それでその賊は『冊子を出せ』と言って脅すらしい。昨日は、俺が手記を持っていることを知っていて襲ってるんだと思ってたんだが、おそらく城の関係者を無差別に襲ってた可能性が高いと思う」


 俺の話を聞いてジャックは眉根を寄せた。


「そいつは良くないな。もちろんレオ自体を狙ってるんじゃなければ安心材料ではあるんだが、その賊が手記のありかを知って襲ってるんなら、次はトゥールの手記が危ない」


「ああ、俺もそう思う。一刻も早くトゥールに行きたいとこなんだが、アンジェでヨランド様に会うのも重要なミッションなんだよな」


 そう言ってから考えた。ここは決断のしどころじゃないのか? アンジェのヨランド様には、ヴォークルールからの帰りでも会うことが出来るだろう。だが、第3の手記は奪われたら二度と手に入らないかもしれない。迷ってはダメだ。決断のスピードで勝負が決まる。これは投資の世界の鉄則だ。


「すまん、ジャック。俺とアイヒは先にトゥールへ行く。俺がアンジェへ誘ったのに本当にすまない」


 ジャックはフッと息を吐き出して笑った。


「そう言うと思ったぜ。俺でもそうするよ。わかった、レオはトゥール行きの船に乗ってくれ。俺はアンジェへ寄ってから、レオに追いつくぜ」


「恩に切るぜ。ジャック」


 船着き場へ到着した後、船に乗り込む前にレオたちのトゥールでの宿泊先を確認しておく。アンジェでのジャックの滞在は2泊3日でトゥール到着は4日後の予定とのことだ。


 ジャック、マレさんがそれぞれ、別れの言葉をかけてくれた。


「レオ、アイヒさん、トゥールで会おう!」


拙者せっしゃがお守り出来ぬゆえ、十分にお気をつけくだされ」


「ああ、トゥールで待ってるよ!」


「いってきま~す」


 手を振って2人を見送ると、俺とアイヒは川船に乗り込む。俺たちが乗るのはハルク船と呼ばれる河川用のボートだ。俺たち以外にも数名の船員と乗客がいた。


「運賃はグロ銀貨2枚です」


 げげっ! 船賃のことを忘れていた。あわてて船員にグロ銀貨2枚を支払った。これで残りの所持金は1.73リーヴルとなった。本気で金を稼がないとヤバい。


「わー、風が気持ちいいー!」


 早くもはしゃぐアイヒ。お気楽なヤツだなーと思いつつも、穏やかな川面かわもを眺めていると、すぅーっと気持ちが軽くなる。


 その時、俺の天使ノートがブルッと振動した。急いで最新ページを開く。


『ミッション指令に従わない場合は3ページへ進め』


 そうか、忘れていた。今のミッションは、「シャルル王太子の義母、ヨランド・ダラゴンに会うこと」だったのだ。俺はそれをすっ飛ばしてテンプル騎士団の手記回収を優先しようとしている。


 帰り道でヨランド様には会うつもりなのだからミッションはそのまま継続で、変更ではないっていう屁理屈はとおらないのだろう。


 仕方ない、いやいや3ページを開く。


『ミッションを変更する場合は◯◯ページへ進め、変更しない場合は元のページへ戻れ。なおこのページに来るのが4回目の場合50ページへ進め』


 はいはい、変更しますよー、と◯◯ページを開く。


『あなたのミッションは、「シャルル王太子の義母ヨランド・ダラゴンに会う」から、「テンプル騎士団の手記を集める」に変更になった。』


 よかったー。ミッションはランダムに変更されるみたいなことが書いてあったから、変なミッションに変更されたらどうしようと思っていたのだ。これで当面、手記集めに専念できる。川船は帆に風を受けてスイスイ進む。


 ロワール川は流れが穏やかなので河川交通に向いている。川上に向かう場合、風がなかったり流れが悪かったりすると、き船と言って船を縄で牛や馬につないで、引っ張ってもらわなければならない。今のところその必要はなさそうだ。


「アイヒごめんな。ミッション変更の権利1回目を使っちまった。堕天使に一歩近づいたな」


「あんたの地獄行きもね」


 案外冷静だな。もっと取り乱すと思ったのたが。


「守ってくれるんでしょ……私のこと……だって……」


 サーッと強い風が吹いてアイヒの言葉をかき消した。


「何だって?」


「エールが飲みたいって言ったの!」


 船旅は、陸路の旅よりずっと快適だった。夜もそのまま進むことが出来るのでスピードもかなり早い。ほぼ24時間後、翌日の昼頃には無事トゥールへ到着した。船着場で船から降りると、本日の宿泊場所であるトゥール城まで歩いてすぐだった。今まで泊まったロッシュ城やシノン城に比べるとかなり小ぶりの城で長方形の城館の四隅に円筒形の塔が配置されている。城の南側には建設中のサン・ガシアン大聖堂も見える。


 まもなくトゥール城の城館に到着し、入口で呼び鈴を鳴らした。

 


 

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