第31話 2番目の手記

【シノン城】

 

『グランドマスターの名を探せ』という天使ノートの指示は、手記が隠されている場所を探せという意味ではなかった。手記を持っている人を指していたのだ。おそらく、この城の管理者であるサブレのおっさんが手記を持っている。


 とにかくサブレを呼んで話を聞くしかない。俺は呼び鈴でサブレを呼び出した。


「お呼びですか? ルグラン様」


「サブレさん、いきなりですが、テンプル騎士団を知ってますか?」


 いきなり本題に切り込み反応を待った。サブレは少し戸惑った表情をみせた。


「いにしえの騎士修道会でこざいますね。もちろん存じております。聖地イェルサレムの奪還。いや大変な困難であったでしょう。私も聖地巡礼に行ってみたいと常々思っておりまして、しかし、もはやイェルサレムには行けません。それならばローマへ……ローマへ行きたいと思っております。ローマへは……」


 またしてもサブレのペースにまきこまれそうになる。ここは単刀直入に聞くか。


「これが何かわかりますか?」


 巾着袋から手記を取り出し、サブレへ差し出す。サブレは一瞬ためらった後、冊子を受け取ると視線を落とした。


「どうぞ、中を確認して下さい」


 俺は促すように言葉を続けた。サブレがページをめくって文字を目で追っている。サブレは文字が読めるのだ。


「これは…!」


 サブレの目が見開かれているのがわかった。動揺しているようだ。


「これをいったいどこで? どこで見つけたのです?」


「ロッシュ城です」


「なるほど……わかりました」


 サブレは納得したように言った。

   

「……少々お待ち下さい」


 手記を俺に返すと、そう言い残してサブレは部屋を出ていった。おそらく状況を理解した上での行動だろう。期待に胸が高鳴る。


「サブレさん、協力してくれるかな?」


 アイヒが声を弾ませて言った。今回ばっかりはアイヒの手柄と言っていいだろう。後でエールを飲ませてやるか。しばらくしてサブレが部屋に戻ってきた。手には冊子が握られている。


「ルグラン殿。あなたの目的はこの冊子でございますね。この冊子は代々、我がサブレ家に受け継がれて来たものです。とは言っても私にはこの冊子に書かれている内容がさっぱりわからないのです。ただ、この冊子の残りの部分をもって来た人間がもしいたら、その方にこれをお渡しするようにと言いつけられているのです。もう一度冊子をお借りしてよろしいですか?」


 俺はサブレに冊子を渡した。サブレが冊子を自分が持って来た冊子にあてがうと破り取られた跡とピッタリはまった。サブレはうんうんとうなずく。


「確かに同じ冊子だ。さあ、お受け取りください」


 そう言ってサブレは手記を俺に手渡した。


「いいんですか? こんな簡単に渡してしまって」


 余計なこととは思ったが思っていたより簡単に渡してくれたことに疑問を覚え、俺は聞いた。


「ええ、いいんです。元々私はその冊子にあまり興味がなかったのです。確かに持つ人が持てば価値があるものなのかもしれません。だが私は今の生活に満足しております。この城でいろいろな方をお迎えしてお話を聞いて、それで楽しくやっております。これ以上何を求める必要がありましょう。それに――」


 そこでサブレは少し言いよどんだ。


「実は最近、この城の近くに賊が出没するようになったのです。あなたを怖がらせるといけないと思い言わなかったのですが、城の使用人が何人か襲われケガをしたのです。幸い、命まで奪われることはなかったのですが。そしてその賊は『冊子を出せ!」と言って脅すのだそうです」


 俺はアイヒの方をチラッと見た。アイヒも俺に不安げな視線を送っていた。そうかあの賊は俺たちを狙っていたというよりは、このシノン城の関係者を襲っていたのか。


「その賊が狙っているのは、この手記なんでしょうか?」


 俺の問いにサブレは首を横に振った。


「わかりません。ですが私はもう恐ろしくてたまらないのです。ですのでルグラン殿に押し付けるようになって申し訳ないのですが、早く手放したかったのです」


「そうですか。わかりました。私はこの手記を使ってシャルル王のお役に立てるように動いています。いつか目的を達したら改めてお礼をしたいと思いますが、今はこれで」


 そう言って、ジャックからお土産としてもらった小さな樽入りワインを手渡した。


「ボーヌのワインです」


 サブレは受け取るととても喜びながら部屋を出て行った。ボーヌワインは高級品でそうそう飲めるものではなかったからだろう。何とか2番目の手記を手に入れたものの、賊の話を聞いて不安な気持ちもよみがえってしまった。まずは手記を読んでみるか。


『1306年10月、モレー総長はローマ教皇クレメンス5世に会うためにキプロス島を出発した。目的地はフランス王国の都市ポワティエだ』


 最初の手記を読み返す。1306年9月15日にクレメンス5世からモレー総長あてにポワティエへ出頭するようにと書かれた手紙が届いたとある。さらにその手紙は聖ヨハネ騎士団の団長にも届いていた。その続きのようだ。


『私はモレー総長がフランスへ行くことに反対だった。なぜならフランス王フィリップ4世――あのイケメン王は恐ろしい男だからだ。クレメンス5世の2代前になる教皇ボニファティウス8世に対してフィリップが何をしたか?それだけでも十分わかるだろう。戦争のしすぎで金がなくなったフィリップは、とうとうフランス教会に課税して戦費にてることにした。激怒した教皇は勅令を出して自分に服従するよう強く求めた。それに対してなんと、フィリップ王の法律顧問ギヨーム・ド・ノガレは教皇を異端の罪人だと口汚くののしったのだ』


 手記の著者は相当怒っているようだ。それもそうだろう。フィリップ4世はこの教皇との戦いに勝利するためテンプル騎士団に借金をしているのだ。まさに目的のためには手段を選ばないその姿勢は驚嘆に値する。1303年9月6日、ギヨームはローマ近郊アナーニに滞在中のボニファティウス8世を1600名の傭兵で襲撃し拘束した。教皇は3日後に解放されたが、あまりの屈辱と怒りで体調をくずして1ヶ月後に死去した。


『ポワティエでは、王の忠実なしもべであるギヨーム・ド・ノガレが待ち受けており、モレー総長と会ったと聞く。その時はもうギヨームが我が騎士団を陥れるための証拠集めを始めていたのだ。その後、総長は1307年の夏にいよいよパリへ入城した。この時総長は大勢の騎士や歩兵を引き連れた上に、大量の金貨、銀貨を運び込んだ。それこそ王侯貴族のようであったそうだ。これがまたフィリップ王を刺激してしまったのだろう。愚策であったと言わざるを得ない』


 この手記を読んで俺は思った。背景や経過は違うとはいえ、テンプル騎士団に対するフィリップ王の気持ちとジャンヌ・ダルクに対するシャルル王の気持ちは似たものじゃなかったのか? 確かに自分の役に立って助けてくれた、当人には悪意は全くない。だが、その圧倒的な力、影響力に劣等感を感じてしまったのではないか。人の気持ちはわからないものだ。ジャンヌを救うにはその点にも注意しないといけない。


 その後も読み進めて目的の文章を見つけた。


『この手記には必要な情報よりも愚痴を書いてしまった。本当は、フィリップ王の行った経済政策の失敗について書きたかったのだが、それは次回にしよう。3番目の手記がある場所はトゥールである』


 トゥールか。だが先にヨランド様がいるアンジェへ行かないといけない。急がなければ。


 


 





 

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