第30話 マリ王国の黄金

【ドンレミ村のジャンヌ】


 手記を家に持って帰ったのはいいが、いったいどこに隠せばいいのか? 私は困ってしまった。こんなものを持っているのが見つかったら、私はただでは済まないだろう。家族はともかく村人に見つかれば、異端者の日記を持っていたということで、私自身も異端の疑いをかけられるかもしれない。


 そもそも私が文字を学んでいること自体、本来なら許されないことではないか? 聖書を読み内容を信者に伝えることができるのは聖職者にのみ許される行為のはずだ。私は聖職者でもないのに自分で聖書を読み理解できる知識を身につけてしまった。更には、ラテン語を学び聖書に書かれていない知識を得るということは、知ってはならないことを知ろうとする禁断の行いなのではないか?


 本を読み知識を身につけると今まで疑問に感じなかったことに疑問を感じるようになる。シモン司祭は教会の人間なのに、なぜ私に文字を教えるのか? シモン司祭の身も危険なのでは?


  ――それでもこれらのことは全て神様が私にお命じになったことだ。神様を信じてやり遂げるしかない。


 私は家の2階にある作業用の椅子に目をつけた。家族が出掛けている隙を狙って椅子の足をくり抜き空洞を作った。その空洞に手記を詰め込むと木で蓋をした。これでひとまずは見つかることはないだろう。手記を取り出して読むには、見つからないよう慎重を期す必要があったので、なかなか読むことができなかった。


 それでも家族がいなくなったタイミングで手記を取り出し少しずつ読み進めた。手記によると、この手記は5つに分割され、それぞれ別の場所に隠されたらしい。


『1311年10月、ヴィエンヌで公会議が開かれた。6年前、教皇クレメンス5世の戴冠式で訪れたリヨンはこの近くだ。参加者はどれもフィリップ4世の息がかかった奴らだ。会議では我ら騎士団のいわれなき罪の数々があげつらわれ、断罪された。俺はそこであいつ――あのイケメン王を再び見た』


 イケメン王か……フィリップ4世は「端麗王たんれいおう」と呼ばれるくらい容姿が整っていたと本で読んだ。私にとってのイケメンは容姿が優れていることなんかじゃない。その生き様にかれるのがイケメンなのだ。そう――カエサル様のように。


 私は手記を見つけた後、教会の秘密の部屋に早めに行ってテンプル騎士団についての蔵書がないか探してみるようになった。幸い司祭様の様子に変わったところはなく、私が手記を持ち出したことに気がついていないようだ。いや、もしかしたら手記の存在自体を知らないのかもしれない。司祭様がこの教会に来たのは最近のことだから司祭様がドンレミ村にやってくる前から、この手記はあったのかもしれない。


 前任のジャン・ミネ司祭はヴォークルールから帰ってこないし、シモン司祭はそのことについて何も言わない。この秘密の部屋はシモン司祭がやって来る前からこの教会にあったのだろうか? ミネ司祭はこの部屋の存在を知っていたのだろうか? さまざまな疑問が私の頭を巡る。そうかこれが考えるということなのか。文字を知るということは考えるということなのだ。ただ一心、神様に祈っていた時には感じなかった感覚――世界が広がっていく感覚。


 残念ながらテンプル騎士団についての本は見つからなかった。それはそうだ、ここはクレオパトラが通ったアレキサンドリアの図書館ではない、教会の地下にある小さな部屋なのだ。仕方なく手記を読み進めることにする。


『1314年3月11日、ノートルダム大聖堂の前でモレー総長たちの最終審理が行われた。審理は公開で行われたので私は変わり果てた総長の姿を見ることができた。なぜこんなことに……。私はどうすることもできない」


 いよいよテンプル騎士団最後の時が迫っているのが手記の内容からわかった。一体なぜ罰を受けることになったのか? 彼らは本当に罪を犯したのか? 私には知るすべがない。


『1314年3月18日、モレー総長たち4名の幹部に終身刑が言い渡された。その時、モレー総長とシャルネイ・ノルマンディ管区長が立ち上がった。私は自分の耳を疑った。彼らは自分たちが罪を認めた自白は嘘だったと言ったのだ。自白を否定することはつまり『戻り異端』となったことを意味する。『戻り異端』は火刑となるのだ』


「戻り異端」、その言葉を目にした私は急に強い不安に襲われた。わけもわからず体がブルブルと震え始めた。一体何だと言うのだ。


『セーヌ川の中州、ジャヴィオー島の火刑台にモレー総長とシャルネイ管区長が連れてこられ、柱に縛り付けられた。火刑台に火がつけられる。あっという間にふたりが炎に包まれる。だがその時私は確かに聞いた。モレー総長の言葉を。『我は誓う――教皇クレメンスとフィリップ王を1年以内に神の法廷へ引きずり出すことを』それが総長の最期の言葉だった』


 私の震えはまだ収まらなかった。恐ろしい火刑のイメージが生々しく湧きあがってくる。いったん手記を読むのをやめて目をつむる。ゆっくりと呼吸を整えようと深く息を吐いた。


 よし、もう大丈夫だ。続きを読まなければ。


『総長が逮捕される前のことだ、モレー総長から呼び出された私に総長は言った『マリ王国を知っているか?』、私は名前だけは知っていると答えた。地中海の向こう側にあるアフリカからベルベル人がやってきてグラナダ王国を作ったのは1013年のことだ。だがこのベルベル人が支配する国のさらに南にマリ王国という国があるという。そしてこのマリ王国には大変な量の黄金があるというのだ。続いて総長は言った。『我々はこのマリ王国の黄金を少しずつ買い集めていたのだ』私は耳を疑った。一体どうやって? 総長の説明によるとマリ王国からの黄金は通常、マリ王国と取引のあるイスラム商人が買い取る。買い取ったイスラム商人が取引があるイタリア商人へ売る、さらにそのイタリア商人からヨーロッパ各国が買取るそうだ』


 黄金! 私たち農民が通常目にするのは銀貨だ。金貨など見たことがない。それに西方のアフリカにそんなお金持ちの国があるなんて。クレオパトラがいたエジプトには黄金がいっぱいあったという。すごく興味がわいてきた。続きを読まなければ。


『モレー総長は続けて言った『マリ王国からイスラム商人、イタリア商人と渡るうちに黄金の値段はどんどん上がり、量はどんどん減る。これではいかに我がテンプル騎士団に資金があっても大量に買い集めることは難しい。それで十字軍を利用した。十字軍の遠征時にマリ王国と直接取引できないか、あらゆる手を使って試みた。そしてついに黄金を直接買い取ることに成功した。そのために大量の毛織物や塩をマリ王国に送ったのだ。今やテンプル騎士団は大量の黄金を保有することに成功した。なぜそんなことをしたのか? 私は……いや歴代の総長もだが、フランス王がいずれ我々の敵になると予感していた。我が騎士団が危機におちいった時に備えなければならないと』


 この手記に書いてあることは真実なのだろうか? これは騎士道物語よりもっとスケールの大きな信じがたい物語だ。この小さな村の農民である私が知ってもいい話なのか? 底知れない恐怖を感じ始めたが読むことを止めることはできない。


『何年か後、マリ王国の王がイスラム教徒の聖地メッカに巡礼のため訪れるという情報がある。このときにもう一度、黄金を手に入れる機会が訪れるだろう。マリ王国と接触するための仲介者は――』


 ああ、この手記はなぜこの私のところにやって来たのだろう? 私は「乙女ジャンヌ」なのに。黄金に心を惑わせる「乙女」などいるだろうか? 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る