第29話 謎は解けた!

「実は今日ここに来る途中に賊に襲われたんだ。危ないところだったよ」


「何だって! それで無事だったのか?」


「ああ、マレさんに助けてもらったんだ。見ての通り怪我はしてないし、何も取られちゃあいない」


 ジャックはホッとした顔になった。俺は事の顛末をなるべく詳しく説明した。


「なるほど……フードを被った女の賊がひとりか。しかも狙いはお前が見つけた手記だったというわけだな」


 ジャックは考え込んでいるようだった。


「もしかして、その手記やばい物なんじゃない?」


 アイヒが言った。


「どんな風にやばいってんだよ?」


「だから、他にもテンプル騎士団の財宝を探している悪の組織があって、邪魔者のわたしたちを殺そうとしてるとか」


 確かにテンプル騎士団の財宝を探している人間が他にもいる可能性は排除できない。だが、悪の組織って何だよ。なんで、俺が手記持ってるって知ってんだよ。


 4人とも黙っている。これについては情報が少なすぎる。


「わかった、賊については一旦置いておくことにして、もう一つの問題を先に片付けよう。そのために今日ここに来たんだから」


 俺は話題を切り替えるために言った。


「実はシノン城での調査の結果、次の手記の隠し場所のヒントが「獅子心王と一緒にアッコンにやってきたテンプル騎士団総長の名前」だということがわかったんだ」


 天使ノートの秘密は明かせないので、なんとなく曖昧あいまいな言い方になった。


「それでこの間、宿屋でマレさんが獅子心王の話してたなあ、って思い出したんだ(アイヒが)」


 俺は続けて言ってからマレさんの方を見た。マレさんは、うんうんとうなずいている。


「いかにも、いかにも。申しましたぞ。獅子心王ことリチャード1世が加わったのは第3回目の十字軍で1191年のことでござる。だがその前の1189年にテンプル騎士団総長ジェラール・ド・リドフォールはクレッソン泉の戦いで捕虜になり処刑されたのでござる」


 俺は天使ノートのテンプル騎士団総長一覧でジェラール・ド・リドフォールを確認する。俺が予想した第8代「オドー・ド・サン・タマン」第9代「アルノー・ド・トロージュ」の次、第10代の総長がジェラール・ド・リドフォールだった。やはり予想は少し前にずれていたようだ。


「では、次の総長がすぐに決まったんですね? その人の名は?」


 俺は待ちきれずに聞いてしまった。マレさんは首を横に振る。


「それが、テンプル騎士団にはもう総長を選ぶための人材も余裕もなかったのでござる。総長代理みたいな人物はおったのじゃが、総長はしばらく空位でござった」


「そんな……ではどうやって次の総長は決まったのですか?」


 マレはうっすらと笑みをこぼした。ついに核心に触れる話ができてうれしい、といった感じだった。


「獅子心王が連れて来たのでこざる。――ロベール・ド・サブレを」


 ロベール・ド・サブレ、ついに探すべき名前がわかった。しかし、空位となっていたテンプル騎士団総長にふさわしい人間を、どうやって見つけたというのか?


 俺の表情から困惑を読み取ったのだろう。マレは説明を続けた。


「ロベール・ド・サブレは、リチャード1世の家臣でござる。サブレはル・マンやアンジェ一帯を治めておったのでござる」


「そうか、リチャード1世は自分の部下をテンプル騎士団の総長にしたのか!」


 ジャックが納得したように言った。つまり、獅子心王リチャードはグランドマスターを連れて来たのではなく、連れてきた部下をグランドマスターにしたのだ。そうとわかれば早くシノン城に戻って、ロベール・ド・サブレの名前が刻まれた場所を探さねば。シノンを出発するのは明日だ、時間がない。


 早めに食事を切り上げ城へ帰ることにした。また襲われるといけないということで、ジャックがマレと部下の人たちを護衛につけてくれた。今日は本当にお世話になってしまった。いつかこの恩返しをせねば。


 とりあえず部屋へ戻り、どこを探すかアイヒと相談することにした。部屋にはいつの間にか、もうひとつのベッドが運び込まれていた。


「だって地下牢にひとりは寂しいでしょ」


 どうやらアイヒが手配してくれたらしい。たまには気がきくじゃねえか。


「さて、どこを探すかな。クードレイ塔の地下じゃない。書庫に本はない」


 将来、シャルル王太子とジャンヌが初めて謁見えっけんすることになる大広間はどうだ。大広間で王太子は自分が王太子だとわからないように側近たちの間に紛れていたという。だが、ジャンヌは迷わず王太子の元へ歩み寄り「王太子様、私は乙女ジャンヌと申します」と言って見破ったという。だが、これはこれから起こる未来のでき事なので、それを知らない手記の著者があえて大広間に隠す理由はない。


「とりあえず、城の中をぐるっと回ってみるか」


 そう言って俺が部屋を出て行こうとした時だ。


「ちょっと、待ちなさいよ!」


 アイヒが俺を呼び止めた。なんだ? エールが飲みたいのか。それなら後にしてくれ。


「フフフフフ」


 急に気味の悪い声で笑い出す天使。


「ルグラン君、まだわからないのかね」


 人差し指を顔の前でチッ、チッと振って見せる。何だ? 何が始まるんだ。それにルグラン君て何だ。


「さあ、ここに来てこの天使ノートをよーく見るんだ。ルグラン君」


 ああ、わかった、名探偵ごっこね……ルグラン君の言い方がワトソン君みたいだったし。こいつ未来の知識は知ってはならないと言ってたくせに、さては未来のミステリー小説を読んでるな。


 俺はテーブルの上に開かれているアイヒの天使ノートを覗き込んだ。アイヒのノートにも同じようにテンプル騎士団の総長一覧が書き込まれている。


「この中に見覚えのある名前はないかね?」


 アイヒに言われて、俺は一覧の上から順に名前を読んだ。テンプル騎士団総長の名前に見覚えなどあるはずがない。俺は首を振った。


「はあー、ルグラン君。君の頭は何のためについているんだい」


 ため息をつくアイヒをみているとだんだんムカついてきた。よし、あとで地下牢に連れていってカギをしめてやろう。


「仕方ないね。君にもわかるように、やさしく教えてあげよう」


 アイヒが天井を見上げながらテーブルの回りをゆっくりと歩き始めた。まだ続くのか、そのキャラ。


「私たちがロッシュ城で世話になった使用人の名前を覚えているかい?」


「……ベラールだ」


「では、マレさんの元同僚の名前は?」


「えっと……だれだっけ? あ、そうそう、モンテギュだったっけ?」


 そして、俺は気が付いた。同じ名前が天使ノートにあることを。


「くそっ! サブレだ。サブレもいる」


 ここ何日間かで出会った人間や会話で出てきた人間の名前と同じ名前がそこにはあった。


 第20代総長 トマ・ベラール。ロッシュ城であった使用人ベラールと同じ苗字。


 第15代総長 ピエール・ド・モンテギュ。傭兵マレの元同僚であるモンテギュと同じ苗字。


 第11代総長 ロベール・ド・サブレ。今、俺たちがいるシノン城の使用人サブレと同じ苗字。


 俺はマレが宿屋で語ったテンプル騎士団の子孫についての話を思い出した。騎士団の名誉回復を家訓として代々受け継いでおり、今もフランスの各地で密かに活動していると言っていた。そうか……それなら辻褄つじつまがあう。なぜ、ロッシュ城の書庫で手記が見つかったのか? なぜ天使ノートがサブレを探せと指示しているのか?


「全ての謎は解けた!」


 俺は思わず叫んだ。


「ちょっとー、それ私のセリフー」


 アイヒがうらめしげに言った。

 

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