第28話 襲撃者

 俺はゾクっと背筋に悪寒が走るのを感じた。あんなにフードを目深に被って馬に乗るなんて普通じゃない。少しずつお互いの馬は近づいていく。


「アイヒ止まれ!」


 俺は自分の馬を止めると、アイヒに言った。


「どうしたの?」


 不安げにアイヒが尋ねる。近づいてくる人物が背中に弓を背負っているのが見えて更に不安が募る。


 まさか、盗賊か? 俺は腰にある剣に手をかける。こちらの動きを察知したのか向かってくる人物も馬を止めた。盗賊でひとりだけと言うのも妙だ。ただの思い過ごしだろうか? だが、俺は自分の考えが甘かったことをすぐにさとった。馬に乗った人物が背中の弓を手に持ちかえたからだ。矢筒から矢を一本取り出し、つるにあてがいこちらに向けた。


 完全にこちらに向けて狙いを定めている。急速に心臓の鼓動が激しくなる。この距離で当たるのか?こいつは一体何者なんだ。


「アイヒ、逃げろ!」


 俺はアイヒが乗った馬の前に矢の射線を塞ぐように移動すると大声で叫んだ。


 矢が放たれた。すごいスピードで矢が向かってくるのが見えた。いや……よく見えなかった。


 ヒュンという音が耳元で鳴った。恐怖で身が固くなる。矢は俺の顔のすぐ右側をかすめると地面に突き刺さった。


「きゃあ!」


 アイヒが悲鳴を上げた。おそらく弓で射られたことなんかないだろう。俺は急いで剣を抜くと次の攻撃に身構えた。だが、弓の第二射はなかった。正体不明の敵は弓を再び背負うと、ロングソードを片手に持ち一気にこちらに向けて走り出した。


「逃げろ!」


 俺は馬首を返すとアイヒに向かって叫んだ。俺は武術には全く自信がない。相手の剣を受け止めて斬り合うなんてとても無理だ。アイヒが走り出すのを確認してから、俺も全力で馬を走らせる。このまま城まで逃げるしかない。もし弓で背中を射られたら? いやな想像をしてしまう。後ろを確認している余裕はないが、馬の足音が迫ってきているような気がする。


 背後に意識を集中する。今度ははっきりと近づく足音が聞こえた。このままだと背中を切りつけられて終わりだ。馬は林を抜けて平原にでた。俺は道を外れて左に曲がる。


「そのまま城まで行くんだ!」


 俺の声にアイヒがこっちを向くがその顔は蒼白だった。幸いなことに敵は俺を追ってきた。追って来なかったらもう一度道に合流するつもりだったが、これで少なくともアイヒは助かるだろう。このまま逃げても追いつかれるのは時間の問題だ。俺は背中への攻撃を避けようとどんどん左へ回り込もうとする。敵はもう俺の真横まで迫っていた。


 とっさに剣を相手に向けて振り回す。ガンと剣に大きな衝撃があった。敵の一撃を受け止めたのだ。続いて次の一撃がきた。ビュンと音がしてまたしても大きな衝撃が俺の剣に加わった。剣は俺の手を離れて地面に落ちていく。なんてことだ。剣を拾わなくては!俺は馬のスピードを落としてしまった。敵はなぜか俺に斬りかかることはなく、俺の馬の前に回り込んで行くてを塞いだ。


 もう逃げられない。灰色ローブの敵はフードをあげることなくこちらを向いている。一体こいつは何者なんだ?俺を殺すつもりなのか?


「手記を渡せ」


 若い女の声だった。今、手記と言ったか。もしかして俺が持っているテンプル騎士団の手記のことか?


「何のことだ?」


 俺は知らないふりをする。この手記は渡せない。


「渡さねば、殺す」


 謎の女が再び剣を構えると近寄ってくる。俺は丸腰だ。このままでは確実に殺される。背筋に冷たい汗が噴き出してくる。


「お前は何者だ? 盗賊か?」


 女は答えない。問答無用ということか。これでは時間稼ぎもできない。


 ガン! その時だった。何かが女に向かって飛んでいき女の剣がそれを弾き飛ばした。


「こっちに来るな、えいっ!」


 アイヒの声だった。振り返るとアイヒが女に向かって石を投げつけているところだった。そしてアイヒの横にはもう1人見覚えのある人物がいた。プレートアーマーを身につけた傭兵マレだ。


「クール殿からレオ殿の様子を見てくるように頼まれたのでござる。アイヒ殿から事情は聞き申した」


「助かったよ、マレさん」


 俺の言葉にマレはうなずくと、ロングソードを抜いた。


「賊め、覚悟せよ」


 マレが猛然と女に突進した。一撃、続いてさらに一撃。次々とマレが打ち込んでいく。女はそれを剣で受け止めると返しの一撃をマレに打ち込む。プレートアーマーで武装しているマレに比べて女はローブしか着ていない。マレの打撃を一太刀ひとたちでも受ければ無事では済まないだろう。状況は不利だと判断したのだろう。女はマレに背を向けると猛然と駆け出した。


「おのれ、逃げるか!」


「マレさん、追うな!」


 後を追おうとしたマレに俺は叫んだ。女には仲間がいるかもしれない。俺を狙っている敵を追って、マレさんにもしものことがあったらジャックに顔向けできない。


「よろしいのか? レオ殿」


 慌てて立ち止まったマレが俺に言った。


「いいんですよ。俺もアイヒも無事で済んだし。マレさんのおかげです。ありがとう」


「お気になさるな。騎士の勤めを果たしたまでのことでこざる」


 そう言ってマレは刀を鞘におさめた。


「アイヒもありがとな」


「ま、まあね。あんたが死んじゃったら帰れなくなるでしょ。それじゃ、困るの!」


「そうですぞ、夫婦ふたりで無事故郷へ帰られねばなりませんぞ」


 俺とアイヒの故郷は違うのだが、そんなことはどうでもいいことだろう。それにしても、あの女は何者で、なぜ手記を狙っているのか? もしかしてこれが反作用というやつなのか? 様々な疑問が俺の頭を駆け巡った。


「マレさん、実は俺たちはあなたに会いに行く途中だったんですよ。もしよかったらマレさんの泊まっている宿屋に行って話をしませんか? できればジャックも一緒に話をしたいんですが」


 マレは驚いた顔をした。自分と話をしたいというのが意外だったのだろう。


「さようでござったか、では案内いたそう。ついて来られよ。また賊が襲って来ないとも限らぬゆえ十分ご注意されよ」


 マレに続いて先ほどと同じ道を進む、さっき襲われた場所に差し掛かったが、賊の女が放った矢は跡形もなく消えていた。おそらく女が持ち去ったのだろう。抜け目のないやつだ。ドキドキしながら林を進んだが今度は何事もなく通り抜けることができホッとした。


 シノンの町はブールジュに比べると小ぶりで落ち着いた雰囲気だった。ジャックとマレたちが泊まっている宿『金の盾亭』は町のメイン通りから少し離れたところにあった。ジャックは所用で出かけたが、すぐに戻るとのことだったので宿の食堂で待つことにした。マレさんにお礼と言う事でワインと食事をおごることにする。ワインはロワール産の白ワインで食事こみの価格は4ドゥニエとのことだ。これで手持ちのお金は1.83リーヴルとなった。テンプル騎士団の財宝という大きなお金を探す旅だが、手元のお金はどんどん減っていく。それから俺はマレさんに自分たちがテンプル騎士団の財宝を探していることを打ち明けた。今回危険なことに巻き込んでしまったのだから話しておくべきだろう。マレさんは、「うすうすわかっており申した。全く問題はありませぬぞ」と言ってくれた。


 ワインを飲みながら待っているとジャックが帰ってきた。ボーヌ産ワインの売り込みとブールジュ、ロッシュ、シノン間での為替取引ができるよう町の商業ギルドと交渉してきたそうだ。つまりこの3つの町で商品の売買をするのに為替という証書だけで行うことができ、現金の受け渡しをしなくてもよくなるということだ。この仕組みをこれから訪れる予定のアンジェ、トゥール、オルレアンと拡げていけば非常に便利な商売のルートが完成する。


 改めてワインで乾杯した後、今日の出来事そして次の手記のありかについて相談することになった。

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