第27話 エンリケ航海王子
【シノン城】
アイヒのドッキリにまたしても引っ掛かり、意気消沈する俺だったが、アイヒと一緒に城の礼拝堂に行き朝の礼拝を済ませた。食堂へ移動して朝食をとりながら昨晩の報告をすることにした。
『
天使ノートに新しく書き込まれた文章をアイヒに見せる。
「
「ああ、むっちゃ強かったよ……」
小学生か、お前は! と心の中でツッコミながら、その小学生にドキドキしてしまった、自分のことを思い出し言葉にするのはやめておいた。
ところで中世ヨーロッパ史では、本来の名前とは別に○○王とあだ名が付けられていることが多い。まずは我々の王様であるシャルル7世だが、「勝利王」と呼ばれることになる。もちろんこれは百年戦争に勝利したことでそう呼ばれたわけだから、今はまだ「勝利王」ではない。次にテンプル騎士団を破滅に追いやったフィリップ4世だが、先に述べたように「
有名なのがイングランドの「失地王」ジョン(1166〜1216)だろう。獅子心王リチャード1世の弟である。リチャード1世の後を継いでプランタジネット家、第3代の王となったが、フランスとの戦いに敗れ、フランスにおけるイングランド領地のほとんどを失った。その後も度重なる失敗により国内貴族の反乱を招き、憲法の草分けとも言われる「マグナ・カルタ」制定につながった。
その他変わったところだと、「エンリケ航海王子(1394〜1460)」というのもある。正確には王子であって王ではないのだが、かなり有名だ。ポルトガル王国、ジョアン1世の子だ。名前とは違い、自ら航海の旅をしたわけではないのだが冒険家たちに資金援助を行い、大航海時代の幕を開いたとされる。
エンリケ航海王子にはもう一つの顔がある。ポルトガルにおけるテンプル騎士団の後継、キリスト騎士団の指導者としての顔だ。王子がキリスト騎士団の指導者となったのは、今から4年前の1420年のことだ。そして冒険事業に必要な莫大な資金の出どころはこのキリスト騎士団だった。
「要するに、この獅子心王とお友達のグランドマスターが誰か? 名前を当てなさいということよね」
「そういうことだ」
俺は天使ノートをひろげて、書き込まれているテンプル騎士団総長の一覧表をアイヒに見せた。
「うわっ! こんなにいるの? えっとー、いち、に、さん……、23人もいるじゃない」
「約190年も続いてたんだから、そりゃそうだろうよ」
それから俺は、リチャード1世が参加した第3回十字軍のあった年をもとに、比率計算で予想した
第8代「オドー・ド・サン・タマン」
第9代「アルノー・ド・トロージュ」
このふたり、もしくはこの前後だろうと説明する。
「でもさ、探す場所があまりにも広すぎでしょ。結局、お城のなか全部を探すしかないじゃない」
ぐっ、アイヒの言うことは正論だ。人の名前が書かれている場所を探すにしても、城の壁、床、天井、無数にある部屋、さらには調度品、美術品、本のページ……、それこそ無限の可能性がある。これでは、きりがない。一体何のためにこのヒントがあるんだろう?
まずは二匹目のドジョウ作戦で行くか。呼び鈴を鳴らし使用人のサブレを呼び出した。
「どういたしましたか? ルグラン様。そう言えば昨晩はよく眠れましたでしょうか? いや、そんなはずはございますまい。あの地下牢は不気味そのもの、私などは昼間でも足がすくむのでございます。おや……アイヒヘルン様、エールをお持ちしましょうか? 昨晩は随分とお飲みになられたようでございますな。ワインもございますぞ、おや? エールの方がお好みですか……」
「ちょ、ちょっと聞いてください。サブレさん!」
サブレのおしゃべりが止まらなくなる前に俺は言った。
「この城の書庫に案内していただきたいのです」
「はて、書庫でこざいますか?」
サブレは首をかしげる。うわっ、でた! お約束の反応、と思ったのだがどうやら違うようだ。
「申し訳ありません、ルグラン様。書庫はあることはあるのですが、そこには何もないのです」
サブレは悲しそうにかぶりをふった。
「ここにあった蔵書はすべてブールジュへ運ばれました。宮廷に置いておく方が役に立つと思われたからでしょう」
「しかし、ロッシュ城には本がありましたよ」
「シャルル陛下は、ロッシュ城に宮廷を移すことをお考えだったようです。なのでそのままにしておいたのでしょう」
くそっ! あてが外れてしまった。やはり二匹目のドジョウはいなかった。ありがとうとお礼を言って、サブレには帰ってもらった。
「あっ!」
突然、アイヒが声を上げた。何かに気づいたようだ。
「マレさんよ! ねえ覚えてないの?」
急にヴァレリー・マレの名前が出てきて俺は戸惑った。
「マレさんが、どうしたって言うんだよ?」
「だからー、シノン城にくる途中の宿屋で言ってたじゃない。リチャード獅子心王はすごいって」
俺は記憶の糸をたどった。確か、マレには元聖ヨハネ騎士団の同僚がいたけど、ふたりとも領主から解雇されて、今は行方不明……だったよな。ジャックがテンプル騎士団についてマレに尋ねると急に
「――なかでも、リチャード獅子心王との共闘は素晴らしかった」
獅子心王とテンプル騎士団との共闘は素晴らしかったと言ったのだ。
「確かにマレさんなら、リチャード1世と共にアッコンへやってきたテンプル騎士団総長の名前を知ってるかもしれん」
「そうよ、そうよ。絶対知ってるって。マレさんテンプル騎士団のこと大好きなんだから」
「よし、マレさんのことろに行ってくるよ」
俺がそう言うと、急にアイヒが身支度を始めた。
「おい、なんで出かける準備してんだ?」
「は? 私も一緒に行くに決まってるでしょ」
「ふたりで行くのは時間のムダだろ。俺がマレさんのところに行ってくるから、お前はこの城で手記を探すんだよ」
「いやいやいやいや、ありえなーい。自分だけ町で美味しいもの食べるつもりでしょ。連れて行きなさいよ! 私も連れて行きなさいよー」
必死の形相で俺の服をつかむアイヒ。俺はアイヒを引きずりながら進もうとする。
「ヒントあげたでしょ。私のおかげでしょ。ねえ、連れてって、おいてかないでーー!」
泣き声になるアイヒ。俺は深いため息をついた。まったく、また演技じゃないのか?
「わかったよ。さっさと行くぞ」
「うん……」
そう言って俺に運ばせた小箱から、エナン帽を取り出して被った。何で旅にそんなオシャレ帽持ってきてんだよ! そう思ったが今は先を急ごう。厩舎によって使用人に馬の準備をしてもらってから出発だ。城を出て丘を下っていく。ビエンヌ川の綺麗な流れが見えて心が癒されるようだ。ジャックたちが泊まっている宿屋の名前を天使ノートで確認すると「金の盾亭」とのことだった。シノンの町までは少し距離がある。朝の日差しが少し眩しい。そこまで急ぐ必要もないと思い、ゆったりとした足取りでビエンヌ川に向かって進んでいく。
俺とアイヒが林へ入ったときだった。曲がっている道の先から一頭の馬に乗った人影がこちらに向かってくるのが見えた。その人影との距離がだんだんと近づいてくると、その人物が修道士のような灰色のローブを身につけ、頭からフードをすっぽり被っているのが見えた。
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