第24話 シノン城

「聖ヨハネ騎士団でござるか? ああ、それなら以前仕えておった領主殿のところに元聖ヨハネ騎士団であったという男がおり申した。名前はモンテギュでござる」


「そのモンテギュは、まだその領主に仕えているんですか?」


 俺の問いにマレは首を横に振った。


「私と一緒に解雇され申した。その後どうしたかは残念ながら拙者も知り申さん」


 そうか、と俺はため息をついた。せっかく見つかった手がかりだったが、行方がわからないとは。


「ヴァレリー、実はテンプル騎士団について情報を集めていてね。何か知ってることがあったら教えて欲しいんだ」


 俺が落胆の表情を見せたのを察したのか、ジャックがマレに聞いてくれた。テンプル騎士団と聞いてマレが身を乗り出した。


「ほおー、テンプル騎士団でござるか! 十字軍での活躍、よく存じていますぞ。白地に赤十字の紋章がずらっと並んだ姿は壮観であったでごうざろうな。騎士団の印章をご存知か? そう、「一頭の馬に二人乗りの騎士」でござる。つまり共有の馬だったのでござるな。愛馬の自慢などないのでござる。聖地の奪還それのみを信条としていたのでござる。ああ、なかでもリチャード獅子心王との共闘は素晴らしかった。アルスーフの戦いで勝ち、次々と要衝を奪ったのでござるな。イェルサレム王国を救ったのでござるぞ、あのサラディン、サラディンでさえその強さに驚いた――」


「ヴァレリー、ちょっと、ちょっと待って!」


 興奮してまくしたてるマレをジャックがさえぎった。マレはキョトンとした表情になった後、またしても顔を赤らめた。


「ああっ、失礼いたした! 拙者としたことが……」


「マレさんは、テンプル騎士団のことにお詳しいんですね」


 アイヒがニッコリ笑ってそう言うとマレはますます顔を赤くした。


「いえ、拙者も騎士の端くれでありますがゆえ」


「ヴァレリー、俺たちが調べているのは異端として処罰された後のテンプル騎士団の団員がどうなったかということなんだ」


 ジャックが差し障りのない質問に変えてきいているのがわかった。テンプル騎士団の隠し財産を探しているとは、まだ言わない方がいいだろう。


「なるほど、そうでござったか。……そうあれは不幸な出来事であった。ただ、そのことの是非については拙者が語るべきことではありもうさん。そう言えば、先ほどお話ししたモンテギュが申しておったのじゃが、テンプル騎士団の子孫が騎士団の名誉回復を家訓として代々受け継いでおるとか。フランスの各地にも彼らはいて今も密かに活動しておるという話をしており申した」


 俺の頭に閃光が走った。まさか、この手記はその子孫が代々受け継いだものなのでは? だがそんな貴重なものをロッシュ城の書庫に隠したりするだろうか?


「そのテンプル騎士団の子孫っていう人達を見つけられればいいんだがな」


 ジャックが言った。


「まさか、『あなたのご先祖様はテンプル騎士団の団員ですか?』なんて聞いてまわるわけにはいかないよな」


 俺がそう言うとみんなが笑った。そこで新しい料理が運ばれてきたので、その話題はそこで打ち切りとなった。ロッシュ城で宿泊料を要求されて、俺が少年に金貨をあげてしまったため手持ちがなく、アイヒがしぶしぶ払ったエピソードを披露したりして、みんなで笑った。マレも楽しそうだった。俺も笑った。肉にかぶりつくアイヒを見て笑った。前世でこんなふうに笑ったのはいつだっただろうか? 何かが俺の心をチクチク刺激した。こんな平凡な毎日もいいかもしれない……。いや、金だ。今は金を稼ぐことだけを考えなければ。


 翌日も日の出と共に出発して、馬を走らせる。緩やかな丘陵きゅうりょう地帯の間を縫うように進んでいく。夏の太陽に照らされた緑の木々が目にまぶしい。牧草地で家畜の牛が草をんでいる。湧き上がった入道雲が空の広さを感じさせた。こんな風に風景を楽しめるようになったのも旅に慣れてきたせいだろうか?


 日が傾きかけた頃、俺たちはシノンの町に到着した。ロッシュ城の時と同じように、ジャックたちは町の宿屋に泊まるので、俺とアイヒは商隊と別れてシノン城に向かった。ジャックはシノンでも仕事があるようで2泊3日の予定と伝えられた。3日後に迎えにきてくれるとのことだ。


 シノン城はロワール川とその支流であるヴィエンヌ川がちょうど合流する地点にある。どちらの川も船での重要な交通路であり、合流点にあるシノン城はまさに交通の要衝と言える。ロワール川はセヴェンヌ高原を源流に北上しオルレアンで流れを西にかえる。ブロワ、トゥール、ソミュール、アンジェ、ナントを経て大西洋へ注ぐ大河だ。


 巨大な城が高台にそびえ立っているのが見える。これがシノン城か。城の入り口である時計の塔へ向かう。堀に石橋がかかっておりその先にある塔の入り口をくぐって城塞内部へ入るようだ。塔と言ってもかなり幅があり現代でいうところのビルのようだ。入り口に警護兵が立っており名乗って、王太子の許可証を見せる。城の内部はロッシュ城と同じく、戦闘に適した武骨な作りが見てとれる。


 ボワシー塔を通って、城館に向かう途中で今日泊まる予定のクードレイ塔が見えた。夕日に浮かび上がる塔がなんか不気味だ。やがて城館の入り口について、呼び鈴を鳴らすと使用人の男性がやってきた。ロッシュ城で案内してくれた、ベラールよりは小ざっぱりとした中年男性だった。俺は名乗った後、緊張しながら宿泊許可証を見せる。


「ようこそおいでくださいました。ルグラン様。おおっ、これはクードレイの塔での宿泊と捜索許可ですな」


「そうです、クードレイ塔の地下室に泊まりたいのです」


「ええっとー、地下室に泊まるのは主人だけで、私は普通のお部屋でお願いしまーす」


「それはそうでしょう。地下室は牢獄ですからご婦人がお泊まりになるのはお勧めできません」


 慌てて口を挟んだアイヒに中年男性は答えた。


「申し遅れました。私はこの城の管理人を務めますサブレと申します。いやいや王太子がいらっしゃいませんと、なかなかお客様が来られることがないので寂しい限りです。王太子様やお妃様のご様子はいかがでしょうか? お元気でした? それはよかった。このシノン城にはワインの銘品も取り揃えておりますので、よろしければご賞味ください」


 余計な口をきかなかったベラールと違い、話好きなようだ。


「あの……」


 俺は気になっていることを尋ねてみることにした。


「こちらへの宿泊は無料ですよね?」


 サブレは怪訝けげんそうな顔をした。


「もちろんです、ルグラン殿。シャルル陛下のお客様なのですから。ただ、ワインに関しては大変高価な品となっておりますので銘柄に応じてお代を頂いております」


「エールは? エールは無料ですか?」


 アイヒがすごい勢いで会話に割り込んできた。


「……エールは無料です」


 面食らった様子のサブレ。ちょっと引いているのがわかった。一方のアイヒは満面の笑みだ。話がすんでサブレがアイヒ用の寝室に案内してくれた。ロッシュ城と同じようなシンプルな寝室でベッドはひとつだが、今日は別々の部屋で寝るので問題ないだろう。部屋で少しゆっくりしていると城の礼拝堂で晩課(午後6時)の鐘がなった。


 食堂で夕食を食べた後、アイヒを寝室へ送っていき、俺はサブレの案内でクードレイの塔へ向かう。広い堀をまたぐアーチ橋の奥に円筒形の巨大な塔がそびえ立っている。13世紀にフィリップ2世が建てたこの塔はテンプル騎士団にとって地獄だったに違いない。



 

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