第23話 聖ヨハネ騎士団

【ロッシュ城】


 久しぶりにエールを飲み過ぎた俺は、次の日をグタグタと過ごしてしまった。それでも城塞内部を少しだけ探索した。アイヒにはトイレに行ってくるといって天守閣ドンジョンへむかった。屋上からロッシュの美しい町を見下ろす。


 それにしても、もしアイヒが本気でいっしょのベッドで寝てもいいと言ったのだとしたら、俺はどうしただろう……。空には雲が出てきて、生ぬるい風が吹いてきた。夏の日差しをさえぎる雲の影が緑の丘をこちらに向けて移動してくる。やめだ、やめだ。今はこんなことを考えている時じゃない。手記の続きを見つけてモレー総長の使命が何であるかを知る必要がある。


 さあそろそろ部屋へ戻ろうと帰りかけたその時、巾着袋がブルっと震えた。天使ノートに新着メッセージが書き込まれたのだ。急いでノートを取り出し最新ページを開ける。


『テンプル騎士団の歴代総長


 ユーグ・ド・パイヤン

 ロベール・ド・クラオン

 エヴラール・デ・バール

 ベルナール・ド・トレムレ

 アンドレ・ド・モンバール

 ベルトラン・ド・ブランクフォール

 フィリップ・ド・ミリー

 オドー・ド・サン・タマン

 アルノー・ド・トロージュ

 ジェラール・ド・リドフォール

 ロベール・ド・サブレ

 シルベール・エラル

 フィリップ・デュ・プレシス

 ギヨーム・ド・シャルトル

 ピエール・ド・モンテギュ

 アルマン・ド・ペリゴール

 リシャール・ド・ビュール

 ギヨーム・ド・ソナック

 ルノー・ド・ヴィシエ

 トマ・べラール

 ギヨーム・ド・ボージュー

 ティボー・ゴーダン

 ジャック・ド・モレー』


 何だこれは? 確かにテンプル騎士団の歴代総長を覚えているやつはなかなかいないだろうが、歴史雑学として与えられた情報だろうか? しばらくノートを見つめていたら、背後から声がした。


「ちょっと、どこのトイレまで行ってんの?」


 驚いて振り向くとアイヒが立っていた。


「外の風に当たりたかったんだよ、悪いか?」


「ベラールさんが、食事の用意ができたから食堂に来てって。あんたがいないと誰が肉を切り分けてくれるのよ」


 まったく、こいつの頭の中は食べ物のことばっかりだな。


「わかったよ。今行く」


 俺は天使ノートを巾着袋にしまうと食い意地のはった天使の後を追った。


 ※※※※※※※※※※※※※


 翌日の朝、約束通りジャックが迎えに来てくれた。次の目的地、シノン城へ向けて出発だ。入り口の門までベラールが見送ってくれた。チップは取られたがいろいろお世話になったので、お礼を言ってお別れした。ロッシュ城からシノン城までは約60km、2日で到着する予定だ。


「どうだレオ、何か収穫はあったか?」


並行して馬を走らせているジャックが聞いてきた。


「手記だ。手記を見つけた!」


「手記?」


「詳しい話は宿でするよ」


「了解した」


 短いやり取りを交わした後、先を急いだ。シノン城のちょうど半分の距離まで進んだところで日が暮れた。いつものように街道沿いの宿に身を寄せる。落ち着いたところで食堂に集合した。テーブルを囲んで腰を下ろすと、壺に入れられたワインが運ばれてきた。


「おっ、来たな」


 ジャックが俺とアイヒのカップにワインを注いでくれた。赤ワインなのだがかなり色が薄い。ウィユ・ド・ペルドリー(山うずらの目)と言われるロゼワインだとジャックが教えてくれた。


「ロッシュ城に届けたワインと同じワインの一部を持って来たんだ。街道の宿に売り込もうと思ってね」


「わー、なんかかわいい色」


 アイヒが注がれたワインを見て声を上げた。ガチョウの串焼きとタラの塩漬けが運ばれてきたので3人で乾杯をしワインを飲み干す。パンチボールの水で指を洗い、テーブルクロスで拭いてから、俺はロッシュ城で手に入れた手記を取り出した。


「これか? レオが言ってた見つけた手記っていうのは?」


「私が見つけたのよー、すごいでしょー」


 アイヒの誉めてアピールをスルーして、重要な部分をジャックに読んでもらった。


「この手記に書いてあることが本当だとすると、これは大変な発見かもしれんぞ。問題はモレー総長が託した使命っていうのが何かってことだな」


「俺はテンプル騎士団の財産を隠すように命じたんじゃないかって思ってるんだ」


「だとすると、やけに都合よく見つかったな……」


 そう言われた俺はハッとした。確かにテンプル騎士団の隠し財産を探している俺たちが、たまたま訪れたロッシュ城でいきなりそれっぽい手記を見つける。ちょっと出来すぎじゃあないか? ロッシュ城ではシャルル王太子のイタズラを疑ったが、そうでないにしても何かの罠ではないのか? そう考えると急にこの手記が胡散臭うさんくさいものに思えてきた。


「まあ、まずはシノン城に行ってみましょうよー。手記の残りがあるって書いてあるんだからさー」


 アイヒがやけに前向きな発言をしてくる。よく見ると壺のワインを手酌てじゃくで注いてガブガブ飲んでいる。この酔いどれ天使め。


「ハハッ、そうだな。せっかく手がかりが見つかったんだから探してみなきゃあな。それで俺もロッシュの町で情報を集めてみたんだ。だが、テンプル騎士団の名前は知ってるという奴はいるんだがそれ以上に詳しく知ってるヤツがいないんだ。なんせ100年以上昔の話だからな」


「聖ヨハネ騎士団とつながりのある知り合いとかいないよな?」


「聖ヨハネ騎士団か……」


 ジャックは首をひねった。


 ――中世ヨーロッパの3大騎士修道会と言われるのは、テンプル騎士団、ドイツ騎士団、そしてこの聖ヨハネ騎士団だ。ホスピタル騎士団とも言われることからも分かるように、エルサレム在住のアマルフィ商人が1048年以降に、洗礼者ヨハネを守護聖人とする病院を建設したことに始まる。病院では巡礼者に質の高い医療が提供された。その後、1120年ごろから十字軍と合流し軍事的な集団と変化していった。1144年にシリアのクラック・デ・シュヴァリエ城を譲られて拠点としたが、1271年、マムルーク朝によってその城を奪われた。


「……そうだ、ヴァレリーなら何か知ってるかもしれん」


 ヴァレリーとは、今回の旅で俺たちを護衛してくれている、傭兵のヴァレリー・マレのことだ。


「そう言えばマレさんはどこにいるの?」


 アイヒがジャックに尋ねた。


「それが、宿の周りが心配だからって見回りに行っちまったんだよ。とにかく真面目なんだ」


 そこにちょうどマレが戻ってきた。相変わらず、鎖帷子くさりかたびらと胸当てを身につけて暑そうだ。


「クール殿、宿の周りは異常ござらん。安心されよ」


「そうか、安心したよ。さあ、ヴァレリーもここに座りなよ。一緒に食べよう」


 ジャックがマレに席をすすめるが、マレは戸惑っているようだ。


拙者せっしゃのような暑苦しい男が、ご婦人と同席など……」


「マレさんに聞きたいお話があるの。一緒に食べましょ」


 アイヒが優しい口調でマレに語りかけた。


「かたじけない……、では失礼いたす」


 兜を取ったマレはようやく腰を下ろした。顔をちょっと赤らめている。騙されたらダメだぞ。こいつは腹黒天使なんだから。近くでみたマレは何ていうか、ワイルドな雰囲気をかもし出している。体もかなりゴツい。おそらく普段から鍛錬しているのだろう。茶色の髪に誠実そうな青い瞳をしている。


「なあ、ヴァレリー、聖ヨハネ騎士団の知り合いがいたりしないかな?」


 ロゼワインで乾杯した後、ジャックが尋ねた。

 

 

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