第21話 謎の手記

「アイヒ、これを見ろ」


 俺はアイヒに冊子を開いて見せて、自分の考えを説明した。


「すごいじゃない。テンプル騎士団の人が書いたに決まってるわ。これ私が見つけたんだからね。もっと褒めてもいいのよ」


「ああ、お手柄だったな、お前にしては」


「はー、何がお前にしてはよ! 素直じゃないのね」


「この冊子は途中で破り取られてるんだよ。残りはなかったか?」


 アイヒは壺とカップをテーブルに置いた。


「残りの写本も全部取り出してみたけど、何も挟まってなかったわ。それから関係ありそうな内容も書かれてなかったよ」


 そう言いながら木のカップにエールを注いでいく。飲む気まんまんだなコイツ。


「さあ、頂きましょう」


「乾杯!」


 木のカップがガチャンとぶつかってエールが少しこぼれた。おいおい激しくぶつけすぎだろ。中世ヨーロッパでは酒で毒殺されることがよくあったため、グラスを激しくぶつけてお互いのグラスに飲み物を飛ばすことによって毒が入ってないことを確認しあったという。


「毒なんか入ってないぞ。これそもそもベラールが用意したやつだし」


 でも、あのおっさん怪しいからなあ、とちょっと飲むのをためらったのだが、アイヒは気にぜずグビグビと飲み干していた。


「ぷはーっ、生き返るわー」


 しばらく眺めていたがどうやら大丈夫そうだったので、俺も飲むことにした。すまんアイヒ。お前を毒味に使ってしまった。さて、冊子の解読を続けるとしよう。今度は冊子の1ページ目から順に読んでいく。読み進めてわかったのだが、これはある人物の日記のようだ。テンプル騎士団に降りかかった災難に関しての記述が多いので手記といってもいいかもしれない。


『1305年11月15日。リヨンでローマ教皇の戴冠式が行われたので俺は護衛として駆り出された。新しい教皇はボルドー大司教のベルトラン・ド・ゴーだ。だがこの戴冠式の主役はベルトランじゃあない。来賓席で最も目立っているのはフィリップ王だ。久々に王を見たがとんでもないイケメンだった』


 かなりくだけた表現で書かれている。元々この手記は私的なものだったのだろう。


『1306年9月15日。ローマ教皇、クレメンス5世からキプロス本部のモレー総長あてに手紙が来たそうだ。万聖節までにポワティエへ出頭するようにと書かれていたらしい。同じ手紙が聖ヨハネ騎士団総長フルク・ド・ヴィラレにも届いたとの情報を得た。何かイヤな予感がする』


 1291年、イェルサレム王国の都市アッコンが陥落した。これによって事実上、十字軍国家は消滅する。この頃から複数ある騎士修道会を合併するという案が浮上した。ジャック・ド・モレーは合併を回避するため奔走ほんそうしていたが、この手紙はテンプル騎士団と聖ヨハネ騎士団の合併を催促さいそくする意図があったようだ。


 紙の節約のためか、内容をカモフラージュするためなのかわからないが、日々の細々とした生活のことが書かれていたかとおもうと、いきなり重要な内容が現れたりする。文字の薄れ具合や文字の行と行の間隔がまちまちなことを考えると、どうやら元々書いていた日記の余白に手記を書き込んだらしい。


 俺は手記の内容をアイヒにもわかるように、かいつまんで伝えた。


「へー、モレーさんも大変だったのね。でもこの冊子はなんでこの城にあったのかしら?」


「わからない。俺たちはテンプル騎士団について調べてたから、この手記に興味を持ったが知らない人が見つけたら単なる個人の日記と思って捨てちゃうかもな」


 手記は全部で10ページほどしかなかった。関係なさそうな記述が続いた後、最後のページの1ページ手前のページに気になる記述があった。


『俺はこの手記を5つに分けて、しかるべき場所に隠すことにした。これは秘密を守る意味と俺自身の安全のためでもある。ひとつはこの手記なので、この手記を読んでいるなら場所はわかるだろう。残り4つをこれから隠すことにする。4つの場所を全てここに書くことはしない。それは危険だ。ひとつだけ記すことにする。それはシノン城だ』


 読み終わった俺は、アイヒに渡してこの部分を読ませた。


「やったー、ラッキーじゃない。だって次の目的地がシノン城なんだもの」


「うーん、単なる偶然なのかなあ。偽物っていう可能性もあるよな」


 俺の頭にシャルル王太子の顔が浮かんだ。まさか、王太子が仕掛けたイタズラだったりして。だとしたら王太子は相当なヒマ人だろう。いや、それはいくら何でもないだろう。


「この手記にはモレー総長から与えられた使命について書いてなかったの?」


「なかった。この冊子は表紙部分が残っているから、おそらく冒頭部分なんだろう。冒頭でネタバレしないようにしたんだろう」


「何よ? ネタバレって」


「この手記の作者も、お前の上司と同じで、もったいぶるのが好きだってことだ」


「ちょっと、ミカエル様のこと、そんなふうに言うのやめなさいよ。ばちが当たるわよ」


「ばちって反作用のことか? 今のところ全然ないな。もしかしたら大丈夫なんじゃねえか?」


 そう言って俺は、ブールジュを出発する前に王太子から言われたことを思い出した。そうだった。俺がバカン伯へ売った地図に商業ギルドから苦情が来ていたのだ。もし王太子が苦情を握りつぶしてくれなかったら俺はどうなったのだろう? 詐欺商品を売った罪で投獄されたりして。そう思うと急に背筋がゾッとした。


 もちろん普通に商売していてもトラブルはあるだろう。それにしても地図を売ってから王太子に苦情がいくまで早すぎやしないか? 反作用だった可能性は排除できない。俺は木のカップに入ったエールを一気に飲み干した。


「あれー、あれあれー、お主なかなかいける口ですなー」


 アイヒがからかうように言って、エールをついでくれた。


「目の前にある重大問題は解消しなくていいのかよ?」


 俺は部屋にひとつしかないベッドへ視線をやりながら言った。


「……いいよ」


 アイヒはうつむきかげんでボソッと言った。


「えっ?」


 今なんて言った?


「……ほら、このベッド結構大きいじゃない。だから……いいよ、一緒でも」


 途端に、カーッと頭に血がのぼるのがわかった。心臓の鼓動が早くなる。アイヒの濡れた唇に思わず目がいってしまった。よく見るとほんのりと染まったほほや綺麗なうなじがすごく色っぽい。


「ば、バカ言うなよ。俺たちは本当の夫婦じゃねえんだから、そ、そんな必要ねえよ」


 口がもつれてうまく言葉にならない。自分でも動揺しているのがわかる。ダメだ、ダメだ。このポンコツ天使をそんな目で見るなんてどうかしてる。


「いや……なの?」


 アイヒと目があった。透明な青い瞳がキラキラと光を放っている。やばい、これはやばい――


「失礼しやーす」


 突然、寝室の入り口から低いおっさんの声が聞こえた。続いて荷台を押すガラガラという音。なんだ? と目を向けるとベラールが車のついた移動用ベッドを部屋に運び入れるところだった。


「ご注文のベッド、確かにお届けしやしたー」


 あっけにとられて声も出ない俺を残して、ベラールはベッドを部屋の端まで運ぶとそそくさと部屋を出ていった。


 なんなんだこれは?


 俺は、プルプルと肩を震わせて笑いをこらえている天使の方を見た。とうとう我慢できなくなったのかアイヒは吹き出した。


「キャハハハハハッー、もー最高なんですけどーっ! あんたの顔、真っ赤よー、まっかっかあー。ドッキリ、大成功でーす! ジャジャーン」


 涙を流しながら笑い転げるゲス天使。そうだこいつはこういう奴だった。バカだ、俺はバカだ。俺は密かに復讐を誓い、部屋の隅にある固いベッドで丸まって寝た。

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