第20話 書庫の探索

 案内されたのは、そこそこの広さがある寝室だった。部屋には木製の大きなベッド、テーブルと椅子のセットが置いてある。もちろんベッドはひとつだけだ。


 王とその家族は自らの宮廷を構成する人々を引き連れて、所領にある城を巡っていく。どこかに定住することはなかった。ベッドは自分の使っているものを解体して持ち運んだと言う。


 寝室にいても仕方がないので、将来、説得にきたジャンヌ・ダルクとシャルル王太子が謁見することになる広間に行ってみる。部屋の入り口側の壁に大きな暖炉があり、天井から豪勢なシャンデリアが吊るされている。壁にはブールジュで王太子と会った城館で見たのと同じくらい美しいタペストリーが飾られている。


「ねえねえ、レオ。またタペストリーよ! これも高そうね」


「お前、値段にしか興味ねーのかよ」


 広間はシーンと静まり返っている。広間の外からも物音は聞こえてこない。領主不在の城には必要最低限の人員しかいないようだ。逆に領主がいる時は、護衛の兵士、身の回りの世話をする召し使い、料理人、医者、馬の世話人、職人など数百の人間が城に集まる。彼らの一部は、城の外に寝泊まりする場所を確保しなければならなかった。


 さて、どうするか? まずは王太子から許可をもらっている城にある資料の捜索だ。だが、城内は広く迷路のようだ。どこに何があるのかわからない。仕方ない。忙しいところ悪いとは思うがもう一度使用人を呼ぼう。広間にある呼び鈴を鳴らす。


 やってきたのは、さっき寝室へ案内してくれたおじさんだった。ちょっと気まずい。


「何の用でごぜーますか?」


 どこの地方のなまりだろうか? 独特の話し方だった。


「何度もすいません。あの――名前を聞いてもいいですか?」


「ベラールとお呼びくだせい。ルグラン様」


 ベラールはもじゃもじゃと生やしたヒゲを触りながら言った。歳のころは40代後半といったところか。落ち込んだ目と額に刻まれたシワがけた印象を与えている。


「ベラールさん、書庫に案内してもらえますか?」


 ベラールは首をかしげた。


「書庫……はて、どこじゃったか?」


 こいつー、確信犯だな。


「アイヒ、ドゥニエ銀貨を1枚くれ」


「えっ? 何?」


「いいから、早くくれ」


 俺は、戸惑いながらアイヒが差し出した銀貨を受け取るとベラールに差し出した。


「おお、そうじゃった。書庫は地下じゃった」


 ベラールはためらうことなく銀貨を受け取ると巾着袋に入れた。


 のそのそと歩き出したベラールに続いて地下への階段を降りていく。書庫の入り口は鉄格子の扉で施錠されており、ベラールが持っていた鍵で開けてくれた。書庫に入ると棚にさまざまな大きさの本が並べられている。それぞれの本には鎖が取り付けらており持ち出せないようにしてある。高価な写本を盗まれないための仕掛けだろう。


「わしは次の仕事がありやすんで失礼します。終わったら呼び鈴を鳴らしてくだせい」


 そう言い残してベラールはそそくさと立ち去った。まったく、抜け目のないオヤジだ。


「さあ、アイヒ。仕事の時間だぞ。テンプル騎士団でもサン・ジョルジョ銀行でもいい。何か情報を探し出すんだ」


「お……おーっ!」


 アイヒの返事は棒読みだった。とにかく写本をめくって調べていき、気になる記述があったら天使ノートに書き留めていく。あー、こんなときにスマホがあれば写真で残せるのに、本当に不便だ。


 1445年に、ヨハネス・グーテンベルクが活版印刷術を発明するまで、ヨーロッパの書物は人の手で書き移した「写本」だった。世界最古の写本と言われる「死海文書しかいもんじょ」は1946年から47年にかけて、現在のイスラエルとヨルダンに接する湖――死海付近の洞窟で発見された。この発見は、20世紀最大の考古学的発見と言われる。


 そんな大発見がこの書庫であるとは思えないが、なにかヒントを見つけたい。何冊か読んでみたが、どれもキリスト教に関する内容となっている。技術書やエンタメ的な内容は見当たらない。


「これ綺麗っ!」


 アイヒが表紙に美しく装飾を施された写本を棚から取り出そうとした。その本と隣の本の間に挟まれていたのだろう。何かがバサリと床に落ちた。


 床に目をやると、何か紙の冊子のようなものが落ちている。劣化が進み茶色く変色している。俺は冊子を拾い上げた。紙の束が糸で閉じられているだけのシンプルな作りだ。


 冊子の表面には何も書かれていない。裏面を見ようとして冊子が途中で破り取られているのに気がついた。パラパラとめくってみるとほとんどのページに文字が書かれている。文字のインクはだいぶ薄くなっているが、なんとか読めそうだ。


「ねえねえ、それ何なの?」


 アイヒが気になるのか覗き込んできた。開いたページの文字を読んでみる。


『ありえない。こんなことが起こるとは。まさかモレー総長は知っていたのだろうか? だから私にこんな役目をお申し付けになったのだろうか?』


『私はなんとか、おぞましい追手の魔手から逃れることが出来た。私には果たすべき使命があり捕まるわけにはいかない』


『モレー総長、ペロー巡察使、カロン管区長、シャルネイ管区長、ゴンヌヴィル管区長がシノン城へ送られた。あそこは地獄だ』


 何だこれは! ただのイタズラ書きか? 誰かの創作物か? 鎖がついてなかったのでここの蔵書ではないのだろう。悪いとは思ったが寝室でゆっくりと読みたい。俺は冊子を巾着袋にしまった。


「アイヒ、お前はここでもう少し写本を調べてくれ。終わったらベラールさんを呼んでここを施錠してもらうんだ」


 冊子を持った状態でベラールに会いたくなかった。万が一、持ち出したことがバレたら厄介だ。


「えーっ、ずるいー。自分は一休みしてエールでも飲むつもりでしょ?」


「エールは後でいくらでも飲ませてやるから、言う通りにするんだ」


「仕方ないわね。強くてコクのあるエールがいいわ」


 コクのあるエールなんて、ねーだろと思ったが


「わかったよ」


 と返事をして急いで寝室に戻る。巾着袋がブルっと震えたような気がした。ちょっと前から変だなと思っていたのだが、どうも天使ノートに新着メッセージが書き込まれるとブルっと震えるようなのだ。天使ノートの最新ページを開く。


『テンプル騎士団弾劾の過程(Processus contro Templarios――2007年10月12日に公開された、テンプル騎士団の異端裁判史料。史料には5名のメンバーがシノン城で供述した内容が含まれる』


 おいおい、とうとう未来の情報も補完してくれてるし。俺はこのニュースを知らなかった。さっき俺が見つけた冊子について必要な情報を教えてくれてるんだろう。もう一回冊子の該当ページを読み返してみる。


『モレー総長、ペロー巡察使、カロン管区長、シャルネイ管区長、ゴンヌヴィル管区長がシノン城へ送られた』とある。ということは当時のテンプル騎士団関係者が書いたものか? この冊子の記述が本当だとすると、筆者はテンプル騎士団総長、ジャック・ド・モレーから何らかの使命を与えられた。そして少なくてもこの文章を書いた時点では捕まることなく逃げおおせた。


 与えられた使命――匂う、匂うぞ。マネーの匂いがプンプンしやがる。この冊子を書いたヤツの使命は、騎士団の財産を隠すことだったのではないか? 残りも早く読まなければ……


「レオー。見てみてー」


 能天気な声とともに、水差しのような壺と木のカップ2つを抱えたアイヒが部屋に戻ってきた。


「おう、おかえり。何だその壺は?」


「へへーっ。ベラールさんに、エールもらっちゃった! しかもタダよ、タダ」


 くそっ、あのオヤジ、俺からは金を取るくせに、アホ天使には甘いな。

 





 


 

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