第17話 旅立ちの挨拶

【ブールジュ】


 結局、バカン伯は地図をオリジナル1枚、複製図9枚の合計10枚買ってくれた。オリジナル1枚×5リーヴル=5リーヴル、複製図9枚×1リーヴル=9リーヴルの合計14リーヴルの売上となった。地図の製作に2リーヴルがかかったため、利益は12リーヴルだった。


 ジャックとの話し合いで、俺が9リーヴル、ジャックが3リーヴルといういうふうに分けることになった。数日後、ジャックが旅の見積りを8リーヴルと伝えてきた。俺の予想額8.528リーヴルより少しだけ少なかったのは、ジャックがおまけしてくれたのだろうか?


 とにかく嬉しい誤算だ。地図を売った利益で旅費を全てまかなうことができた。ブールジュでの宿泊費は1.65リーヴルだったので、手持ちのお金2.55(3.05-少年に払った金貨0.5ルーヴル)リーヴルから支払い、残り0.9リーヴルとなった。これに地図の利益9リーヴルから旅費8リーヴルを引いた1リーヴルを足して、最終的に手元に1.9リーヴルが残った。ミカエル様に追加費用を申請する必要がなくてホッとした。


 それにしても、アイヒのやつは食べて飲んで寝るだけでちっとも役に立っていない。俺が地図を売って宿に帰ってきた時はこんな感じだった。


「おい、アイヒ、喜べ。地図が売れたぞ」


「へ?へーっ、案外あっさり売れるのね。なかなかやるじゃない」


「それでお前は金を稼ぐ方法を考えたのか?」


「も、もちろん考えたわよ!」


「じゃあ、言ってみろ」


「えっとー、あんたが未来に起こることを私に教えて、私が預言者としてそれをみんなに伝えるの」


「それで……?」


「きっと、みんなありがたがっていっぱい寄付が集まるわ。『アイヒさまーっ!、預言者さまーっ!』って大人気よ。ねえ、いい考えでしょ。ねえねえ」


「――却下きゃっか


 その後、またしてもアイヒは強いエールをがぶ飲みしていた。


 そうこうしてるうちに旅に出発する前日となった。移動には馬を使うことにした。女性のアイヒもいるので馬車も考えたが道路事情と移動する速度を考えると、やめた方がいいようだ。まあ貴族の女性でも馬に乗って長距離移動するのが当たり前の時代なので我慢してもらおう。


「さてと、もうひとつやっておくことがあるぞ」


 俺の言葉に、荷造りと天使ノートによる予習に余念がないアイヒが俺の方を振り向いた。


「やっておくこと? あっ、わかった私に新しい帽子買ってくれるんでしょ?」


「――却下」


「……」


 本気で落ち込むお気楽天使に呆れながら話を続ける。


「シャルル王太子のところへ行くんだよ。出発前の挨拶と許可証を受け取りに行くんだよ」


「許可証? なんの?」


「シャルル陛下の所領にある城に泊めてもらうことと、それぞれの城にある資料の閲覧、それからシノン城にあるクードレイの塔を捜索する許可を申請してたんだよ」


「ああ、あの声が聞こえる地下室がある塔ね」


 アイヒは露骨にイヤな顔をした。火刑になったジャック・ド・モレーの話を思い出したらしい。


「まさか、その塔に泊まるんじゃないでしょうね?」


「そのつもりだが、何か?」


 アイヒの顔面が蒼白になった。しまった、先に言うんじゃなかった。


「あー、ほら、お前は他の部屋に泊めてもらえばいいだろ。部屋はいっぱいあるよ。きっと」


 ブルーになっているアイヒを連れて王太子の居城へ向かった。


 前回と同様に応接間に通され、王太子がやって来た。王妃は所用で同席できないという。


「陛下、明日から資金探しの旅に出ることになりまして、その前にご挨拶と思いまして参上しました」


 王太子はふうーっといきなりため息をついた。うわっ、今日もネガティブオーラが出まくっている。


「フランス・スコットランド連合軍が、イングランド軍に包囲されているル・マンに向かって出発したのだが、両軍の連携がうまくいってないようなのだ」


 俺はゴルデーヌ広場で会ったスコットランド軍司令官、ジョン・ステュアートのことを思い出した。腰の低い紳士なおっさんだった。フランス軍の方に問題あるんじゃないのか? そんな言葉が頭に浮かんだがもちろん口には出さない。


「陛下、実は私も連合軍のお役に立とうと思いまして、地図を作ってバカン伯にお届けしたのです」


「地図? TO図のことか?」


 お決まりの反応に対して俺は折りたたんだ地図を取り出して、王太子の前に拡げた。余分に作ってもらった複製図の1枚だ。


「なんだ? 見たこともない地図だな」


 王太子は少し興味を持ったようだ。よしよし。つかさず、ジャックから借りた定規とコンパスで距離の計り方を実演してみせた。


「ランスは? ランスはどこだ?」


「ランスはここです。ここブールジュからの距離は――」


 コンパスでブールジュからランスの距離を測ると約300kmだった。俺はそのことを王太子に伝えるとこう言葉を続けた。


「この地図を陛下の執務室に飾るのはいかがでしょう? ランスに印をつけて神様に祈るのです。そうすれば陛下の望みもかなうかもしれません」


 王太子の望みとはもちろん、ランスのノートルダム大聖堂で戴冠して正式なフランス王となることだ。


「ルグラン殿、これを余にも売ってくれないか?」


「陛下が気にいってくださったのなら、無料で差し上げます」


「よいのか?」


「もちろん」


 よかった、ネガティブな王太子のことだ、全く興味を示さない可能性も考えていたのだが、この地図に自分なりの意味を見出したのだろう。それならそれでいい。


「それから陛下。お願いしていた件ですが」


 タイミングを図って俺は切り出した。


「おお、我が所領にある城での宿泊と所蔵している資料の閲覧許可、それからクードレイ塔の捜索許可だったな。今持って来させよう」


 王太子はそう言うと呼び鈴を鳴らした。使用人に許可証を持ってくるように伝えるとしばらくすると2通の許可証が部屋に届けられた。


「宿泊許可はわかるのだが、クードレイ塔で何を探すのだ?」


 王太子は不思議そうな顔をした。


「地下室に閉じ込められていたテンプル騎士団総長、ジャック・ド・モレーが何か隠し財産の手がかりを残していないか調べてみるのです」


「ああ、そうであったな。くれぐれもジャックの亡霊にとりかれんように気をつけるのだな。フハハハ」


 王太子が悪趣味な笑い声を上げた。チラッとアイヒの顔を盗み見たが、この世の終わりのような顔をしていた。これ以上エールを飲ませたらヤバいな。


「おや、アイヒヘルン殿、顔色が悪いな。体調が悪いのかな?」


 アイヒの異変に気づいた王太子が言った。


「いえ、だ、大丈夫です。ちょっとおトイレに……」


 王太子が使用人を呼んで、アイヒをトイレに連れて行ってくれた。大丈夫かなあ。しかしあいつの怖がりにも困ったもんだ。どうやったら元気を取り戻すだろうか? 新しい帽子買ってやろうか? いやいや甘すぎるだろう。ガサツなところがあると思ったら妙に繊細なところもあって、全く面倒なやつだ。


「ところで、ルグラン殿」


 アイヒがいなくなったのを見計らったように王太子が口を開いた。


「余のところにブールジュの商業ギルドから苦情が入っておってね」


「えっ、苦情?」


 俺は間抜けな声を出してしまった。


「TO図やマッパ・ムンディを作っている一部の業者から、変な地図を作っている悪質業者がいるので取り締まって欲しいという苦情だ」


 王太子が目を細めて鋭い視線を送ってきた。背筋が寒くなった。俺もトイレに行きたい。


「だが……、安心したまえ。余が握りつぶしておいたのでな」


 そう言って王太子は再び悪趣味な笑みを浮かべた。王太子は地図の存在を知っていたのだ。やはりこの王太子はあなどれない。今日、ここに来てよかった。地図を無料でプレゼントして本当によかった。俺は心からそう思った。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る