出会いは校門で

 ソラ君とあの日図書室で会ってたまたまおばあちゃんの話をして――。


 そうそう、そのあとあの娘と出会いました。



  ◇



 花咲き誇る季節から新緑の季節へと移りつつある、晴れた昼下がり。

 樹木の葉が陽光に照らされ生き生きと輝く。


 今日の授業は午前だけで、私は昼から図書室に居たのだった。


 吹き抜ける爽やかな風が、木々の囁きとともに並んで歩く彼の空色アズーリの肩まで伸びる片結びサイドテールを揺らし、風下にいる私のもとへ彼の甘い髪の香りを運んでくる。

 ソラ君と並んで二人、叱られない程度の駆け足で、校舎から校庭を抜け学園の門へ向かうところだ。



「リコットー! お待たせー!」



 いつもマイペースなソラ君の声が珍しく弾んでる。


 校門前でしゃがみこんでいた人影が、ソラ君の声を聞いてすくっと立ち上がる。


 彼の姿を認めて、輝くような満面の笑みを浮かべた杏色アプリコット二つ尾結びツインテールが目を引く小柄な少女。

 丸首の半袖服、その上には肩ひも止めで上半身まで覆う下穿きズボンに木板を仕込んだごつい安全長靴ブーツを履いている作業着姿だ。


 この服装って確か――。



「だ、大丈夫なのです! 今着いたとこなのです! 待ってないなのです!」



 独特な語尾で待ち合わせの常套句を言いながら、杏色髪二つ結びの少女は足元の砂地に書いていた落書きを足でこすって消している。

 長い枝をポイするのも見えた。

 その量はおびただしく、辺り一面の……魔法陣?


 もはや魔法陣というより呪詛? 

 待ちぼうけ喰らわせた腹いせ……? 


 私たちが図書室で話し込んでいたからずいぶん待たせてしまったでしょうね。

 ごめんなさいね、と心の中で呟く。

 初対面で口に出して言えたら、人間関係の構築に困ってなどいない。



「ど、ど、ど、どちら様なのです!?」



 私の姿を捉えて、それまでのきらっきらな笑顔が一転して曇り、急に挙動不審になる二つ尾結びツインテール少女。



「はじめまして。......オークルオード、と言います。学園の魔術師ウィザード学科、ソラ君のクラスメイトです」



 お待たせしてしまったのもあり、私はリコットと呼ばれた杏色髪の二つ尾結びの少女に向かって丁寧にお辞儀をする。



「くっくっく……」


「おもしろい?」


「くくくクぅラスメイトぉぉぉぉ!?!?!?!?」



 数瞬、リコットと呼ばれた少女は驚きの表情を浮かべたまま固まる。

 私のくせ毛は蛇髪の女王メデューサじゃないんだけど。



「リコット?」



 ソラ君が声をかけ、停止した少女の目の前で手のひらをかざし上下させると、眠り姫が王子様のキスで目覚めるかのように二つ尾ツインテ少女は動き出す。



「はっ⁉ 大丈夫なのです! ちょっと呼吸を止めて肺活量を鍛える訓練をしてたのです! はじめましてなのです! 魔物使いテイマー学科のリコット=バオシャオと言うのです! どうぞよろしくなのです!」



 肺活量? 突拍子もないことを口走る子だ。

 そんなはずないだろうに、ソラ君はへーすごいねーと真に受けている。


 リコットと名乗った少女が杏色アプリコットの二つの尾を揺らし、お辞儀をするつもりだったのかがばぁっ! っと、頭を下げる。

 地面に付くかと心配になるくらいで。

 背負っていた鞄が勢い余って肩から滑り落ち、拍子に止め具が外れ中身が地面に散乱する。



「あわわわわわわわ!!」



 慌てて体を起こし中身をかき集める少女。

 なかなかとんでもないドジっ子なのかしら……。


 ソラ君は笑いながら、散らかった学習用具を拾い集めるのを手伝う。



 私も足元に来た紙を差し出すと、ひったくるように奪われた。

 警戒なのか……なにやら敵視されている様で、小動物のような上目遣いの視線が痛い。

 ......いえ、かわいい。


 好敵手ライバルのつもりはありませんが……。



「リコットはねー僕の「幼馴染なのです!!」」



 ソラ君が紹介しようと口を開いたのを、言わせまいと遮ってきたリコットちゃん。

 顔が赤い。

 普段なら色恋沙汰なんてどうでもいいと一蹴する私が、この露骨さに興味が湧いてくる。


 がるるる、と歯茎むき出しで唸り声が聞こえる。

 まるで番犬。

 魔物使いテイマーというよりご自身が獣みたいね。


 ――ははぁ、なるほど、そういうことか。

 こんなド天然相手は苦労しそうね――。



 散乱した荷物を片付け終える。

 校門で立ち話を続けるわけにもいかず三人で帰路に着くと、リコットちゃんがおっかなびっくり口を開く。



「えぇと、おぉくるおぉど? さんは苗字は何というのです?」


「オークルオード=ビブリオテーカよ」


「おぉくるおうど・びりぶぉてっか? なのです?」


              」



 わざとではないのだろうけど間違っていたので語気を強めて訂正してしまったわ。


 涙目でごめんなさいと大袈裟に謝る少女。

 頭を上下しすぎて首がもげそう……。


 そんなつもりは無いのだけれど、私怖いのかしら……。



 ◇



「――というわけなんだけど」



 歩きながら図書室での話をソラ君がリコットちゃんにしていく。



「へぇーなのです! 大変そうなのです! 私も何かできることあればお手伝いするのです!」



 ダボダボのオーバーオール姿でぴょんぴょん跳ねるリコットちゃんは悪い子ではないみたい。



「それで、なんというお茶? 植物? なのです?」


「あ、それまだ聞いてないや」



 あはははと明るく笑うソラ君。

 何やってるのですーと呆れながら笑うリコットちゃん。


 眩しいな……。

 私が入り込む余地なんて無いわね。

 ちょっといいなって思った気持ちを封印する。



「なんていうお茶なの?」


檸檬レモン硝子ガラスの花茶って言うの」


「レモンガラス??」


「聞いたことあるような無いような、なのです」


「あれかな、神の使いと言われる三本足の黒い鳥――」

「ヤタガラスなのです!」


「南十字――」

「サザンクロスなのです!」




 お二人で何してらっしゃるのかしら……



  ◇



ゆったりしたソラ君とは違う、活発な女の子、リコットちゃん。

落ち着きの無さが小動物みたいな娘だったわ。


秘めているつもりの想いはバレバレなんだけど、本人に気付かれないから幸せだったのかな――。

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