私がドルイドになったワケ~宮廷魔術師見習いと思い出の薬草茶・檸檬硝子~

霜月サジ太

はじまりは図書室で

あ、どうも……何か私に用ですか?


え? 私の話が聴きたい、ですか……。

何も面白いことありませんよ?


どうしてドルイド僧になったかですか……。


色々とありました。

そこを詳しくですか……。


…………わかりました。


私の話すことですから退屈しても知りません。

話させておいてもし寝てしまったらトレントさまへの生贄にしますのでそのつもりで聞いてください。覚悟はいいですか……?



 ◇




 思い出すのは半年前まで通っていた学園の図書室。

 多少の靴音と本のページをめくる音だけが聞こえる、この静けさが好き。

 でも当時の私はその空気を堪能するでもなく、机に上に積み上げたいくつもの資料とにらめっこをしていた。



 その日は分厚い書物を開き文字を目で追いながら、昨日言われたことを思い返していた――。



 ◇




「うーん、ちがうのよね……何が、とははっきり判らないのだけれど……」



 殺風景な病院の一室。

 寝台ベッドから上半身を起こした姿勢で、節くれだった左手を頬に当てて。

 老齢の女性が言葉を選びながら続ける。



「昔の記憶、昔の味と違う、のよねぇ……」



 私は肩を落とす。

 彼女の思い出に一致させるため湯の温度、湯の量、葉の量色々変えて試したが、どれでもなかった。



「違うんだ……」


「記憶が美化されているのかもねぇ。とってもおいしいのよ。ただ……記憶のとはちょっと違うの。ごめんなさいね……いつもありがとう、オークルオード」


「いえ……なにかお役に立てればと思うのですが……また来ます」


 気遣われたことが逆に辛い。

 私は力なく立ち上がる。

 病室の扉を開けたところで振り返り、緩慢に礼をしてから病室を後にする。

 十歩ほど離れてから立ち止まりため息をこぼす。


 はぁ。

 もう26回目……。


 うまくいかないなぁ。

 何が違うんだろう。

 

 廊下に立ち止まっている私の隣を何人もが抜けてゆく――。



 薬草師ハーバリストとして、薬屋で薬の調合や販売、接客をしていたおばあちゃん。

 そんなおばあちゃんが、私が生まれる前からずっと、お仕事引退してからも愛飲していたお気に入りのお茶が、このところ味が変わったという。


 仕入れ元が変わることは前からあった。

 農産物は生産が不安定。

 天候不順、不作があるため、ほかの地域から仕入れたもので代用するのはよくあることらしいけど、今回は尋ねてみても産地は変わってないって言われたみたい。



「価格が前より下がってるのよねぇ。何か関係あるのかしら……」



 以前そう呟いていたおばあちゃんの言葉を脳裏に浮かぶ。


 農家が嘘ついてお金儲けのために不良品混ぜてるとか、そんなこと……

 無いと思いたいけど無いとは言い切れないわよね……。





 昔の記憶にある、あの味。

 おばあちゃんが病床にせっているいま、あの想い出の一杯を口にできないのが心残りだという。


 をした際にたまたま聞いた想い出話から、その記憶をもう一度蘇らせてあげたいと思わず申し出てしまった。


 失敗した、と今になって思う。

 出しゃばってしまった。

 身の程知らず……。


 自分の首を絞めるばかりでなく、試してもらうたびにもう味わえないのかと相手おばあちゃんの心にも傷をつくっている。

 私の自己満足に付き合ってもらってるだけじゃないか……。


 自己嫌悪に陥りながら机で頬杖を突きため息をつく。

 つくつくつくつくしんぼにょきにょき。



「何してるのー?」


「~~っ!!」



 顔が緩んだその瞬間に不意打ちで声をかけられた。

 静寂なる図書館で。


 周りには聞こえないひそひそ声だけど、私にははっきり聞こえた。


 声を出してはいけないというルールを忘れ、思わず出てしまいそうになった声をぐっと奥歯を嚙みしめて殺し、声のしたほうを振り返る。


 咄嗟と必死ですごい形相になっていたのだろう。

 声の主が誰かを私が理解すると同時に、が一歩後ずさったのが分かった。

 表情を崩さないでいるのは彼の優しさかプライドか。



「あ、……ソラ君……だっけ?」


「こ、こんにちは。オークルオードさんだっけ? ここいいかな? 驚かせちゃったね」



 クラスメイトのソラ=アズーリ君。

 空色をしたサラサラの髪をサイドテールにまとめた、どうみたって女の子の男の娘。

 普段はぼんやりのほほんだけど、実技授業への集中力と成績が凄まじい。

 友人のいない私にとって話のできる数少ないクラスメイト


 隣に腰かける彼の顔。

 こんな間近に見たのは初めて。


 肌綺麗だし睫毛長いし髪も私の黄土色の癖っ毛と比べると……またため息が出てしまう。


 ずるいなぁ。



「それは――試験勉強? ……ではないよね」

「そう、ね……。調べ物」



あまり人には話したくない内容だった。



「つくしんぼにょきにょき?」

「は⁉ 聞いてたの⁉」

「声に出てたけど⁇」



 顔が一気に熱くなる。

 人生最大の汚点。

 穴があったら入りたい。

 何なら埋まって自然に還りたい。


 ん、ん。と、司書さんの咳払いが聞こえる。

 まずい、声が大きかった。

 二人で背中を丸め声を潜める。



「え……と、あの、これは……」

「誰にも言わないよ? 身近にもいるんだ独り言のすごい子が。慣れてるから平気ー」



 その身近な子とやらに私は救われる。



「それで? 調べ物って?」

「聞いても面白くないわ」

「それは聞いてから決めたいなー」



 人に話すことではない、と突っぱねたつもりが食い下がる。叶わないな、この娘には……。



「実はね……」



 事情を説明する。

 ふんふん、と頷きながらイメージしているのか、目線を天井へやったり私の顔を見つめたり。



「まぁ、難しいわよね……。人の想い出と同じ味なんて。ほら、微妙な想い出も時間が経つといいところばかりが残ってたりして、記憶って美化されるっておばぁちゃんも言ってたわ。……バカなこと申し出ちゃって引っ込みつかなくなってるの」



 そう、バカなことなのは百も承知なの。

 ただ諦められないし、止められないの。


 再現できないのをいつまでも続けて付き合わせるのもかわいそうよ。

 って親にも言われているわ。


 勉強だから経験だからと任せてもらっているけど、レシピの決まった調薬と違って手探り。

 直ぐ諦めると思っていたのがしぶとくしつこく続けるので、おばぁちゃんの迷惑になっているのではないかというのが親の言い分だ。


 わかっている。


 でも、思い出を話していた時のキラキラした表情。

 病状があまりよくないから、少しでも元気になってほしい。

 そういう思いを込めてやっているから投げ出したくない。

 できる限りやりつくしたい。


 ――けれど、想いだけでも重荷に感じる人もいる。

 想いだけじゃ足りないと、行動を見せろという人もいる。


 私に何かできたら……、だっておばあちゃんが私に話してくれたことだから。



「かっこいいね」


「え?」


「そうやって人のためにひたむきにやれることがかっこいいなって。ほら、学校だって忙しいじゃない?それなのに自分の得には全くならないようなことやれるってかっこいいなって」


「そ……」


「そ?」


「そんな恥ずかしいこと、よく言えますね……」


「恥ずかしい? そうかな? 僕はそういうの好きだなー」


「……っ!」



 さっきとは違う意味で顔が赤くなる。

 全くこの人は……。

 ド天然。



「はぁ……。どうです? 気が済みましたか?」


「うん、話してくれてありがとう。手伝うよ」


「ふぅ、よかったです。それでは失礼しま……って、え?」


「面白そうだから手伝うよ。みんなで考えたほうが考えが膨らむからね。あ! もうこんな時間だ! やばーい。ほら、オークルオードさん、早く片付けてっ!」


「え? ああ……」



 ソラ君は私がテーブルに広げていた本やノート筆記具を急いで片付ける。


 急いでいるのは彼であって私ではないのに、なぜか乗せられて急かされている。


 不思議な娘……。



 そういえばみんなって、一体――?






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