ボーナストラック②
ぴー
ぴーひゅるるー
「……フィートさん。なんですか、それ?」
「音楽」
「音楽……というより、単に『音』って感じですけど」
ひどい言われようだった。
顔を上げると、やや乱れた金髪と碧眼が印象的な少女が見えた。我が『desert & feed』の最古参店員であるルイスが、やや呆れた様子でこちらを見下ろしている。
見下ろしていたというのはつまり、僕がしゃがんでいたという意味だ。
「……レイちゃん、めちゃくちゃ興味なさそうですけど」
「僕もびっくりしてるよ。まさか笛の演奏がここまでレイククレセントに響かないとは」
「演奏……というより、単に『連続して音を鳴らしている』って感じでしたけど」
ひどい言われようだった。
貸してください、とルイスが言うので、僕は立ち上がって笛を差し出した。
ルイスはその安物の笛を受け取り、無造作に先端に口を付ける。
「……おお」
なるほどそれは、『音』ではなく『音楽』だった。
聞き心地のいいメロディーが穏やかなテンポで耳をくすぐる。名前は覚えていないけれど、たしか有名な歌だったはずだ。
カフェの一角で突如として開催された音楽会に、気付くとまわりで閉店作業中をしていた店員たちも手を止めて聞き入っていた。やがてルイスの演奏が終わると、自然と拍手が巻き起こる。
「え……。え、えへへ。いやあどうもどうも」
僕以外にも聞かれていることに気付いていなかったのだろう。照れて頭を掻くルイス。
一緒に拍手をしながら、僕も賞賛の声を送る。
「驚いた。本当に上手いね」
「へへ。冒険者ギルドに併設されてる酒場には吟遊詩人なんかもよく来るんです。そういう人たちに遊んでもらって育ったんで……」
褒められて嬉しそうなルイスだった。実際、彼女の演奏は掛け値なしに上手だった。
が、しかし。
「……でも、レイちゃんには響かなかったみたいですね」
「だね」
『……くぉ~~ん?』
カフェの店員たちの心を打ったルイスの演奏。実際、素人芸としてはかなりの腕前だったことは間違いないはずだ。
しかしレイククレセントは、きょとんとした顔でルイスを見上げているだけだった。僕のつたない笛を聞いていたときと、まったく同じ反応だ。
「ううむ……。フィートさんのときと同じ反応っていうのは、ちょっと屈辱的ですね……」
ひどい言われようだった。
「でもフィートさん、そういうもんじゃないですか? 魔法生物の子たちって、音に反応することはあっても、音楽を楽しむってことはないですよ。現にほら、カフェの他の子たちもわたしの演奏に感銘を受けてはいないみたいですし」
「うん。そうなんだけどね……」
メルフィさんとのやり取りをルイスにも説明する。音楽を理解できる魔法生物はいるか、と聞かれたこと。唯一音楽を楽しむ魔法生物として記憶にあったのが
「ああ……。そういえばたしかに、あのときも魔法生物たちはみんな音楽に無反応でしたね。あれは残念でした。音楽に合わせて踊り狂うムーちゃんが見られるかと思ったのに……」
「なにそれ、すごく見たい」
「でしょう!」
実際、本当にそんな光景が見られるなら誰だって見たいだろう。メルフィさんのアイデアが実現すれば、抜群の集客性を誇ることは間違いなしだ。
しかし。
「それで? つまりレイちゃんを王都音楽祭のメインステージに上げるために、音楽を楽しめるかどうかテストしてたんですか?」
「いや。結局、
まあ……仕方ないだろう。仮にレイククレセントが音楽を楽しめたとしても、音楽に合わせてパフォーマンスができるかというとまた話が別だ。それも音楽祭のメインステージを飾れるだけのパフォーマンスを、1週間で。いくらなんでも無理がある。
だからメルフィさんの話は完全に断ったわけだけれども……。それでもちょっと気になってしまったのだ。
その点を確かめたくて、買い出しの帰り道に笛を買ってきて演奏のまねごとなどしてみたわけだ。
「ふーん……。でも残念ですね。結局レイちゃん、やっぱり音楽はまったくって感じでしたよ」
「だね。……ううん。とすると、僕の記憶はなんなんだろう」
「単に個体差なんじゃないですか? ほら、人間にだって音楽が嫌いな人はいるじゃないですか」
『けぅうん……』
屈み込んだルイスに撫でられて、レイククレセントが幸せそうに目を細めた。
かつては人に触れられることを怖がっていたレイククレセントだが、今では逆にカフェの中でも最も人に撫でられることを好むようになっている。……ううん、好き嫌いか。
「んー。レイククレセントの……というか魔法生物たちの音楽への反応って、好き嫌いって次元じゃない気がするんだよね。そもそも音楽という存在が理解できてないっていうか、そもそも音楽を楽しむための受信機が存在しないというか」
「ああ、その感覚はわかります。ん~……でもそうなると個体差による好き嫌い以前の問題ですよねぇ」
「そうなんだよね」
首をかしげる僕とルイス。
「……そういえば。記憶の中で
「え? いや、歌だったか楽器だったかはっきりしないなんてことあります?」
「まあ、ずいぶん昔のことだからね。それに不思議な音楽だったんだよ。知らない言語の歌にも聞こえるし、かと思えば楽器の演奏にも聞こえるような……」
「ふうん……? じゃあもしかしたら、音楽じゃなくて歌ならレイちゃんが反応するかもしれないですね」
「試してみようか」
試してみた。
「歌というより、『やや特殊なテンポの大声』って感じですね」
ひどい言われようだった。
レイククレセントはとても不思議そうな顔で僕を見ている。どう見ても歌を楽しんでいるのではなく、やや特殊なテンポの大声を出した僕に驚いている顔だった。
「ではルイス先生、お願いします」
「……笛の演奏ならともかく、こんな大勢の知り合いの前で歌うっていうのはさすがに恥ずかしいんですが」
「僕も今やったよ」
「いや……でもですね……」
いつの間かギャラリー……閉店作業を終えた店員たちが僕とルイスを囲んでいる。
「演奏よかったぞー」「歌も聴かせてくれー」などなど、からかい混じりのヤジが飛び交う。
「……あのね。わたしは吟遊詩人じゃなくてあくまでカフェの店員なのよ。なんで歌なんか歌わなきゃ……」
「閉店作業サボったの見逃してやったんだから、歌くらい聴かせろー」
「……しょうがないなぁ。一曲だけね!」
わあっ、とギャラリーが盛り上がる。さすがにうちの店員たちはいい仕事をするなぁ。
ルイスの歌はとても上手だった。
透きとおっていながらあふれるエネルギーを感じる、子供が遊び回っている最中の小川みたいな歌声だ。くるくると変調するメロディーは聞き手を飽きさせない。いつしか店員たちも野次を忘れて、彼女の歌に聴き入っていた。
やがて歌が終わると、店内を拍手と喝采が包んだ。ルイスがまた恥ずかしげに頭を掻く。
「いやあどうもどうも。多才ですみません。次からは歌うたびにお金もらいますね」
本当に掛け値なく、素晴らしい歌だった。ひいき目ではあるが、町中で歌っている本職の音楽家たちにも引けを取らないレベルなんじゃないだろうか。
が、しかし。
『……きゃんっ?』
「レイちゃんは……やっぱりわかってくれないか~」
残念ながら、レイククレセントの反応は『やや特殊なテンポの大声』を聞いた時と変わらないようだった。
結局。
その日の突発音楽会は、店員たちの従業員満足度を若干高めただけに終わったのだった。
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