その後の物語

ボーナストラック①

「王都音楽祭、ですか」

「ふふ……。ええ。知っての通り、毎年王都で行われている伝統的なお祭りでね。例の件があっても王国が健在であることをアピールするために、今年は例年以上に盛大に行おうと思っているの」


 そう言って短い黒髪を揺らすのは、僕の恩人であるメルフィリア・メイル……もとい、レイアード・クラウゼル王太子だ。


 『例の件』。すなわちハルトール元王太子の陰謀が破れ、メルフィさんが王太子になった一件。

 内実を知っている僕からすると、おおむねハッピーエンドだ。だけどそうでない人にとって、この一件は王族内の内輪揉めによる政変……そう見られているらしい。そんな中で新たな王太子として王政の実権を握ることになったメルフィさんは、マイナスイメージを払拭するために毎日奮闘中のようだ。


「もう1週間後くらいでしたっけ? 僕はその日『desert & feed』で仕事ですけど、昼休憩中にでも抜け出して見に行こうと思ってます。でも、なんでいまその話を?」

「ふふ……。実は、ちょっとした相談があってね」

「相談?」

「メインステージの演者に欠員が出てしまったのよ。穴を埋められる演者もすぐには見付からなくて。……それで思い付いたんだけれど、演目のひとつに『desert & feed』の魔法生物たちを絡められないかしら?」


 ……なるほど。


「ふふ……。もちろんあの子たちに音楽の演奏は難しいでしょうけど。でもたとえば音楽に合わせて踊ったり魔法を使ったり、そういうことならできるんじゃないかしら?」


 メインステージでの欠員ともなると、下手な音楽家に穴埋めを頼むわけにも行かないだろう。下手に知名度の低い音楽家が登壇すれば、それこそ「レイアード王太子になって求心力が下がって、有名な音楽家を用意できなくなったんだ」と口さがない人たちに噂されるはずだ。

 その点魔法生物たちが登場する音楽となれば新規性もあるし、メインステージという注目の集まる舞台に上がっても違和感はない。伴奏する音楽家が著名でなくても問題にはならないだろう。


 メルフィさんの狙いはわかった。

 だが。


「無理ですね」

「ふふ……。やっぱり?」

「そもそも、基本的に人間以外に音楽は理解できないんですよ」


 実は以前、移転する前の『desert & feed』で音楽家を招いて音楽を流す催しをしたことがある。

 でもあれは、あくまで人間のお客さんのための催しだった。


「以前、カフェに音楽家を招いたときの反応としては……キリンのニャア、スケールスネークのノム、グリフォンのサニー、エルフキャットのナイトライトなんかは完全に無関心でしたね。炎狐ファイアフォックスのレイククレセントは見慣れない楽器に最初は怯えていました。水棲馬ケルビーのルビーやスライムキャットのデロォンなんかは逆に、最初興味津々でしたね。でも3匹とも、すぐに慣れて恐怖も興味もなくなってたみたいです」

「ふふ……。デザートムーンちゃんは?」

「デザートムーンは音楽家が来た日、終始楽しそうでしたね。町中を一緒に歩いてるときなんかも、街角で音楽家が演奏してたりするとそっちに行きたがります」

「ふふ……。すごいじゃない! つまりあの子は音楽が理解できて……」

「いや。デザートムーンは音楽というより、人が集まって楽しそうにしてるのが好きなだけですよ。前にものすごく下手な音楽家が演奏していたんですが、音楽が聞こえたときには大はしゃぎでそっちに行きたがったのに、行ってみて人が集まっていないのを見ると一瞬で興味をなくしてましたからね」


 あのときの音楽家、さすがにちょっとかわいそうだったな。


「そういうわけなので、魔法生物たちが音楽にあわせてどうこうっていうのは難しいと思います。特定の音が聞こえたときに条件反射でなにかのアクションをさせるくらいはできるかもしれませんが……メインステージを保たせられるほどの時間は無理ですし、そもそも1週間じゃ練習の期間が短すぎます」

「ふふ……。そう、残念ね。すごく残念だわ」


 意味深な笑みを浮かべるメルフィさん。

 この意味深な笑みが、実は本当に「すごく残念だなぁ」以外の意味を持たないことを僕は知っている。


「カフェには他にも魔法生物たちがいるでしょう? あの子たちの中にも、音楽が好きな子はいないのかしら?」

「うーん……。もともと管理局にいた子たちについては実際に音楽を聞いているところを見たことがないのでなんとも言えませんが……。でもそもそも、やっぱり音楽って人間向けに作られたものなんですよ。人間以外の魔法生物たちが楽しめるとは思えません」

「ふふ……。メインステージを担っているエルフの音楽家もいるわ。それにフィート君だって、人間じゃないでしょう」

「たしかに」


 僕が人間であるかには議論の余地がある。僕の正体はどうやら、『賢者の石』という意思を持った古代遺物アーティファクトなのだ。


 それ以上のことは僕は知らない。

 ルークはなにかを知っていたみたいだけど、教えてくれなかったということは、きっと僕が知らなくてもいいことなんだろう。


「言葉の綾があったことは認めます。でも、うん。少なくとも人間に近い脳構造を保っていないと、音楽を楽しむことはできないんだと思います」

「ふふ……。そう。仕方ないわね。良いアイデアだと思ったのだけれど……」

「……あ。でも」


 ふと、とある記憶が蘇った。


「ふふ……。どうしたの?」

「いや、うーん。ずいぶん前の記憶なんですが……そういえば一度だけ、魔法生物が音楽を楽しんでいるところを見たことがありまして」

「ふふ……。ふふふ……!! いいじゃない。教えて、フィート君。その、音楽を楽しむ魔法生物というのはどういう種族なの? いまカフェにいる子なのかしら?」

「え、ええ。カフェにはいる種族ではあるんですが……」


 自分が思い出した記憶に戸惑いながら、それでも僕は言葉を続けた。


炎狐ファイアフォックスですよ。昔山岳地帯でフィールドワークをしているときに見たんです、野生の炎狐ファイアフォックスが音楽を聞き入っているところを」

「ふふ……。え? でも、炎狐ファイアフォックスって……」

「ええ。うちの炎狐ファイアフォックスといえばレイククレセントです。でも以前カフェに音楽家を呼んだとき、あの子は音楽に反応を示さなかったんですよね」


 山岳地帯。幻の炎の中で美しい音楽に聞き入る、小さな茶色い狐。

 『desert & feed』。流れる音楽に反応を示さない、愛しいレイククレセント。


 ふたつの矛盾した記憶に、僕は首をひねるのだった。

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