第10話 おしまい

「……さてと。みんな、やり残したことはないか?」


 空中に空いた黒い穴の前で、ルークは仲間たちに問いかける。

 ルーク、デアポリカ、シトロン、ガーグ。4人はすべての準備をようやく終え、これから新たな世界へと旅立とうとしていた。


「大丈夫よ」

「問題ないにゃん」

「……ひとつだけ、確認なのですが」


 幼い少女の外見をした魔女……デアポリカが手を上げた。


「本当にいいのですか?」

「あん? なにがだ?」

「フィート・ベガパークに教えないまま旅立って、本当にいいのですか? 古代遺物アーティファクトの……つまり『賢者の石』の正体について」


 そう言って、デアポリカは首をかしげてみせた。





「デザートムーン! デザートムーン!!」

「見て! こっちの方に手振ったわよ!」

「いやアホか、ネコがそんなことできるわけ……」

『みゃ』


 ひときわ大きな歓声が上がる。

 どうやら僕の頭の上に乗ったデザートムーンが、観衆の方に向けて空中を引っ掻いてみせたらしい。うんうん、ファンサービスも完璧だな。


「おいおい。デザートムーンちゃん、すごい人気だなぁ」

「おかげさまで。ようやくエルフキャットの素晴らしさが世に知られてきて、嬉しいかぎりです」


 ホットドッグ屋の店主が感嘆の声を漏らし、僕もそれにうなずく。

 これでこそ、長いことカフェをやってきた甲斐があったと言うものだ。……人気すぎて移動もままならないのはちょっと大変ではあるけれど。


「なああんちゃん。ちょっと頼みがあるんだが」

「え? なんでしょうか」

「その……。デザートムーンちゃんとツーショットの記憶がほしくてな」

「…………」


 よく見ると、屋台の端に小さなデザートムーンのぬいぐるみが置かれている。なるほどどうやら、この店主もデザートムーンのファンらしい。


「な! 頼むよ! ホットドッグ、サービスしとくからさ!」

「いや、まあ……。いいですよ」

「ほんとか! ありがとうあんちゃん! ええと、鏡は……あったあった」


 ホットドッグ屋の店主は満面の笑みでデザートムーンに顔を近付け、鏡でその様子を映した。

 これでツーショットが映像として記憶されるから、記憶共有の魔法でツイスタにアップロードしておけばいつでも見返せるという仕組みだ。


「あ、いーなー! 私もツーショットほしい!」

「あ、お、俺も! 俺はもふってる記憶がほしい!」

『みゃ……!』


 様子を見ていた観衆から声が上がる。

 し……しまった。ひとりに許すとこうなるのか。エルフキャットの素晴らしさを共有したい気持ちはあるけれど、さすがにこの人数の相手をしていたらデザートムーンの方が参ってしまう。

 かといって、このままなにもせずに立ち去るのも悪い気はするし……。


「……えっと。じゃあ抽選で10名様に、デザートムーンとふれあう権利を差し上げることに……」

「「「うおおおおおお!!」」」


 ……結局。

 その場を収めるために突如として開催された抽選会は謎の大盛り上がりを見せ、なぜか自警団の広報担当者が取材に現われる事態にまで発展した。おそらく明日の広報誌には『desert & feed』の突発イベントの話が記載されるのだろう。


 デザートムーンは楽しそうだったから、まあいいんだけど。ただ店主がイベントに夢中になりすぎたおかげで、おまけで3本になったホットドッグはどれもちょっと焦げていた。


 まったくもう。デザートムーン、お前のせいだぞ。





古代遺物アーティファクトは、こことは別の世界……おそらくは俺が元いた世界から持ち込まれた物品の総称だ」


 ルークの言葉に、デアポリカはうなずいた。


「正確には、その中でも特に有用なものが古代遺物アーティファクトと呼ばれます。この世界において使い道のない物は、名前など付けられることもなく破棄されたでしょうから」

「……えっと。ちなみに私はまだよくわかってないんだけど。つまりルークのいた世界には、古代遺物アーティファクトみたいなのがいっぱいあったってこと?」


 おずおずと手を上げるシトロンに、ルークは首を横に振った。


「少なくとも俺が生きていた時代には、古代遺物アーティファクトみたいなものはほとんどなかった。おそらく古代遺物アーティファクトの大半は、俺が生きていたよりも未来の時代から持ち込まれた物だ」 

「ああ……。そっか、世界と世界の間を行き来すると時系列がめちゃくちゃになるんだっけ」

「そういうことです。珍しく理解が早いですね」


 揶揄する口調に拳を握りかけたシトロンだったが、結局デアポリカに反論することもなくその拳を解いた。いつものやつに反応するよりも、話のつづきが気になったらしい。


「おそらく6次元空間においてこの世界とルークの世界はねじれの位置関係にあり、最も接近する時点は時間軸においてかなり前にあったんでしょう」

「もっと簡単に言えるか?」

「……ええと、つまり。昔はもっと頻繁に異世界からの転生者や漂流物があったんです。その時期に流れ着いた大量の物品の一部が、異世界の存在が与太話程度にしか認識されない現代でも古代遺物アーティファクトとして受け継がれていると」

「なるほどにゃぁ……」


 シトロンとガーグが納得した様子でうなずく。

 ルークのパーティーでも知識と関心の対象には差があり、このあたりの事情について詳しく考察していたのはルークとデアポリカだけだった。ほかのふたりにとっては、ほとんどが初めて聞く話なのだ。


「……あれ? ってことはもしかして、フィートさんも」

「ああ」


 ルークがうなずく。


「俺が元いた世界の、ずっと未来で開発された物だろうな。あっち風に言うなら『汎用エネルギー付き学習型自律式人工知能』ってとこか」

「……人が、作ったってこと? あのフィートさんを?」

「それはそうでしょう」


 思わず漏れたシトロンの疑問に、デアポリカが退屈そうに答える。


「でなければなぜ、『賢者の石を使えば1度だけ生命を蘇らせられる』なんてことが伝承されてるんです。1度その機能を使えば『賢者の石』はなくなってしまうのに。そういう機能が付いていることを知っている誰かが取り扱いの説明をしたとしか考えられないでしょう」

「ま、信じられないのも無理はねえよ。かつてあの世界にいた俺からしても、フィートみたいなのが作れるなんて常識から外れてる。おそらく相当未来での発明品なんだろうな」

「なるほど……」


 ルークの補足にシトロンがうなずく。


「さて、話を戻しましょう。なぜフィート・ベガパークにこの話をしないのですか? 我々がこの世界を去ってしまえば、おそらく彼が自分の出自を知る機会は永遠になくなると思いますが」

「……あ~。その話だったな」

「カフェでも私がこのあたりに触れようとすると露骨に話を逸らしていましたよね。何か理由があって伏せておくんですか?」

「ああ、もちろんだ」


 ルークがうなずく。


「いいか。フィートはもう、自分の出自なんて気にしちゃいないんだ。あいつは賢いヤツだからきっともう気付いてる。自分がどう生まれたかなんてことよりも、どう生きるかのほうがはるかに大事だってことにな」

「……。それが理由ですか?」

「おう!」

「一理あるとは思いますが。でもそれはわざわざ説明しない理由にはなっていっても、私の話を逸らそうとした説明にはなってませんよね」

「……それはだな」

「まさかとは思いますが。ずっと兄貴分ヅラして偉そうにいろいろ教えてきた手前、実はフィートさんの方が年上で、なおかつ自分より未来の生まれであることを知られたくなかった……なんて言いませんよね?」

「いや……。まあな。それもまた理由のひとつではあったりなかったりするかもな」

「うわ」

「いや、いやいや! さっき言ったことが理由の9割だからな! 本人にとって無意味な事をわざわざ伝える必要もないってだけで!」


 必死に弁明するルーク。だがその場の3人全員から向けられる蔑みの眼差しは、容易に挽回できそうになかった。





「……ふう、着いた着いた」


 王都を出て少し歩いた高地にある、特に名前のない小高い丘。

 王都の町並みと大自然を一望できる、僕のお気に入りのスポットだ。


「ここに来るのも久しぶりだなぁ。まだカフェにデザートムーンしかいなかったころ、一緒に来て以来だっけ?」

『みゃ! みゃ! みゃ~ん!』


 ふたたびここに来ることにしたのは、完全に単なる思いつきだった。


 アルゴさんと別れたあとカフェに戻ったあと、非番で暇を持て余しているらしいデザートムーンを見付けた。まだ日暮れまでに時間があったので、せっかくだから一緒にお出かけすることにしたのだ。

 もともとは適当に王都をぶらつくつもりだったのだけれど、想像以上にデザートムーンの人気がすさまじかった。

 町中ではゆっくりすることができそうにないし、人の少ない場所に行きたいな……と考えて導き出されたのがこの場所だったというわけだ。


『みゃっ! みゃう! みゃ~~~~』


 高地に着くまでの上り道を歩くのが面倒だったらしく、デザートムーンは魔法球の破裂で空中をぴょんぴょん跳びながら上に向かう。


『みゃ……!?』

「おっと」


 そしてうっかり力の加減を間違えたらしく、バランスを崩して地面に落下しそうになっていた。

 まったく、ネコにあるまじき失態だ。僕は手を伸ばして落下してくるデザートムーンを受け止めた。


『みゃ~~う』

「どういたしまして。……しかしまあ、前に来たときとはいろいろ変わっちゃったなぁ」


 デザートムーンを支えるために通常の5倍ほどに伸びた自分の腕を眺めながら、僕は思わずつぶやく。


『みゃ! みゃぁ!』

「……デザートムーン。慰めてくれるのか?」

『みゃ~~~~~!!』


 違ったらしい。ごはんをねだるときの声だ。

 

 そういえば前回ここに来たとき、ちょっとレアなおやつをあげたんだった。どうやらこいつ、ここに来ればおやつがもらえるものだと学習してるな。


「おやつは持ってきてるけど、もうちょっと我慢してよ。頂上で一緒に食べよう」

『みゃっ……!』


 不満そうなデザートムーンに笑いながら、僕は足を速めた。

 どうやら少しでも早く頂上にたどり着いてあげたほうがよさそうだ。





「……そういえばさ、ちょっと気になったんだけど」

「なんですか?」

「ルークの世界には魔力がないって、前に言ってなかったっけ? それなのにフィートさんみたいな膨大な魔力を持った人を作れるの、ちょっとおかしくない?」

「……ああ、そのことですか」


 シトロンの疑問にデアポリカが応じる。


「おそらく『賢者の石』が有するのは、厳密には魔力とは別のエネルギーなのでしょう。魔法を使用する際にのみ、そのエネルギーを魔力に変換しているものだと思われます。このあたりはほかの古代遺物アーティファクトも同じですね」

「なるほど……。ルークの世界では魔力以外のエネルギーが一般的にゃのか」

「ええ。考えてみてください。私がカフェに行ったとき、エルフキャットたちは全員が私に集まってきたでしょう?」

「集まってきてたっていうか、デアポリカが埋もれてたっていうか」

「つまり、エルフキャットは大きな魔力量を持つ人間によく懐くんです。もし彼がまとう膨大なエネルギーがすべて魔なら、カフェのエルフキャットたちはずっと彼のあとを付いて離れないはず。おそらく魔力に鋭敏なエルフキャットは、彼のまとうエネルギーと魔力の違いを正確に見抜いているんでしょう」

「……なるほど」


 シトロンが納得してうなずく。

 しかし。当のデアポリカ自身は首をかしげている。どうやら自分の説明に納得していない様子だ。


「……と、いうことだと思うんですが。ひとつ納得できないことがあるんですよ」

「あん? なんだよデアポリカ、何が気になるんだ?」

「いえ。この仮説が正しいなら、通常時のフィートさんは魔力を一切持たない、エルフキャットに懐かれづらい人間であるはずです」

「そうだな」

「にもかかわらずカフェのエルフキャットたち……特に銀毛のネコと黒毛のネコの2匹は、かなりフィートさんに懐いているようでした。これは私の仮説に反します。どこに間違いがあるのか……」

「なんだ、そんなことかよ」


 デアポリカの疑問に、ルークは笑う。むっとした表情でデアポリカはルークをにらんだ。


「……なんですか。ではルーク、あなたにはこの謎が解けるというのですか」

「いや、謎ってほどでもねえだろ。いいかデアポリカ、ひとつ教えといてやる」


 言ってルークは、えらそうに人差し指を突き立ててみせる。


「生き物ってのは、愛情を持って世話してくれる人間には懐くもんなんだよ。魔力量なんかとは関係なく、な」





『みゃ~~~……』

「お。満足した? デザートムーン」


 魔力入りのほぐし鶏肉を猛スピードでたいらげて、デザートムーンは僕の膝の上で丸くなった。


 夕陽が沈みかけている。淡く照らされた王都と平原地帯は、いっそ幻想的なほどに美しかった。

 ……帰宅にかかる時間を考慮すると日が暮れかけているのはあまり歓迎できない事態なんだけれども、ひとまずそれは置いておこう。


『みゃ……』

「……うん、まあ。眠かったら寝てもいいよ。暗くなってからでもなんとか帰れるでしょ、たぶん」


 僕の言葉を理解したわけではないだろうけれど、やがてデザートムーンはすやすやと寝息を立てはじめた。

 自分の膝の上で安心しきった様子で眠るデザートムーン。

 うん、飼い主冥利に尽きるね。たぶんデザートムーンが目覚めるころには完全に日が沈んでいるんだけれども、ひとまずそれも置いておこう。


 ゆったりと流れる時間の中で、僕の思考もぼんやりと方向性なくただよう。

 ……こんな状況で頭に浮かぶのは、やっぱりカフェの魔法生物たちのことだ。


 相変わらずデザートムーン大好きだけれども、自分を慕うエルフキャットたちに囲まれてなんだか威厳が出てきたナイトライト。

 最近人見知りしなくなってきて、人に触られることを好みはじめたレイククレセント。

 乗馬体験コーナーが大人気のルビー。案内役のフレッドも誇らしげだった。

 ノムはなんだかカルト的な人気が出てきた。新調したガラス球も気に入ってくれている様子だ。

 デロォンは相変わらず客のティーポットに潜り込んでいる。最近気付いたんだけど、たぶんやっちゃいけないことだとわかっていてやっている。人を驚かせるのが好きなのだ。

 そんなデロォンに懐かれているニャアは、たいていいつも奥まったところにぽつんと立っている。とはいえ人嫌いはだいぶ緩和されてきているようだ。

 サニーはやっぱり僕に付いてくることが多いけれども、女性客に過剰反応するようなことはなくなった。ロナと仲良くなったみたいなので、その影響かもしれない。

 それにいきなり大量に加わった新顔たち。寝起きする場所は違うけれど、もともとのメンバーともだいぶ仲良くなってきている。


 ……ふわぁ。

 自分があくびをしたことに数秒遅れて気付く。気付けば僕の意識もぼんやりしてきた。

 どうやら寝ちゃいそうになってるな、とゆるやかな思考の中でぼんやりと僕は思う。


 ……まあいいか。

 どうせしばらく動けないんだし、ちょっとくらい寝ちゃっても。


 やわらかくてあたたかい、膝の上のデザートムーンの体温を感じながら。

 僕はゆっくりと眠りに落ちていった。












―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 というわけで、これにて『魔法生物カフェ』は完結となります。

 お付き合いいただいた皆さま、ご愛読本当にありがとうございました!!!!


 本当は感謝の言葉を20行くらいは書き連ねたいのですが、それは近況ノートの方に回すとして。ちょっとだけ業務連絡です。




①今後の展開について

 『魔法生物カフェ』本編はこれにて完結ですが、今後も不定期にミニエピソードを投稿しようと思っています。

 まだ詳しいことは決めてないんですが、特に劇的な展開のない、カフェの日常を描いたものになる予定です。ちゃんとまったり暮らします。


②キャラクターの裏設定などの公開

 今後近況ノートにて、『魔法生物カフェ』キャラの裏設定やこぼれ話なんかを書いていこうと思ってます。

 ご興味のある方はぜひ、ユーザーフォローなどいただいてお待ちください。だいたい週2~3くらいの投稿ペースになる予定です。


③次回作について

 これは本作とは関係のない次回作の宣伝です。

 イカに変身する能力を持って異世界に転生した男が、イカを崇拝するお姫様に目を付けられて、いつのまにかイカが支配する世界を目指す教団のトップになり……みたいな話を投稿します。

 『魔法生物カフェ』よりはだいぶ短い、全30話くらいの物語になる予定です。

 連載開始はちょっと先のことになりそうですが、興味を持っていただけた方はこれもユーザーフォローなどしてお待ちください。




 そんな感じですね。

 それではまた。繰り返しになりますが、ご愛読本当にありがとうございました!!!!

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