第6話 元凶と会ってみよう

「……来ちゃったなぁ、結局」


 うん、認めよう。僕は好奇心に負けた。


 ルークたちが『desert & feed』を訪れた数日後、カフェの定休日。

 ルークやデアポリカさんの忠告にもかかわらず、結局僕はベル・ワーケン邸の前にいた。


 森のそばに建てられた、庭付きのそれなりに大きな家だ。

 周囲にほかに人が住んでいる場所はない。一番近い村まででも30分ほどかかる。

 ルークの地図がまあまあ雑だったこともあって、ここまでたどり着くのにちょっと苦労した。結局村で聞き込みをして、なんとか正確な住所を突き止めたわけだけど。


『ワーケンさん? ああ、森の近くの変人じいさんね』

『あんなとこに住んでるんだから、よっぽどの人嫌いなんだろうと思ってたんだけどねぇ。でもたまに妙な風体の男が出入りしてるんだよ。よくわからん人だねぇ』

『うちにもたまに調味料なんかを買いに来るよ。ご老体でよくあんな長い距離を歩いてくるなぁって感心してるのさ。ああただ、何日か前に来たときはちょっと様子がおかしかったね。ボケてきてるのかも』

『俺はよく森に木を切りに行くから、そのたびに家の前を通るんだ。いい人だよ。いつもあいさつしてくれるしな。でも王都でクーデターみたいなのがあったころからから、いつ見てもぼーっとしてるようになっちまった。こっちにも反応を返してくれねえ。なにかショックなことでもあったのかねぇ』


 まあ副産物としていろいろな噂話を聞くことができたのでよしとしよう。

 ……ボケはじめている、か。大丈夫だろうか。ちゃんと話は聞けるんだろうか。

 いやそもそも、ボケていなかったとして。いきなり訪ねていって、まともに話を聞かせてくれるものなんだろうか。


「……ごめんくださーい」


 まあ、迷っていてもしかたない。

 意を決して僕は、小さな門の前で声を張り上げた。


「すみませーん。こちらがベル・ワーケンさんのお宅だと聞いて……」

「フィート・ベガパークか」


 ぎょっとして振り返る。


 小柄で腰の曲がった老人が、穏やかな目でこちらを見ていた。


「……あなたが」

「ああ、ベル・ワーケンだ」


 思いのほか若々しくしっかりした声で、その老人は邸宅の方を指し示す。


「入りなさい。なにもないところだが、せめてお茶でも出そう。……といっても、君のカフェほどの味は期待しないでくれよ?」





「……さて、なにから話そうか。聞きたいことはあるかい?」


 入れてもらったお茶を一口すする。……おいしい。

 良い茶葉を使って丁寧に入れている。先ほどの言葉は謙遜だったらしい。


「……。まず、そうですね。事実確認から。『賢者の石』として帝国の宝物庫にあった僕に、明確な意識を持たせたのはあなたですか?」

「ああ,懐かしいな。見張の兵士に金を握らせて宝物庫に水晶玉を置かせ、毎夜のように君に語りかけたんだ。兵士たちは水晶玉を置く程度なら盗難に結びつかないと思っていたから、買収は難しくなかったよ」

「……。なぜそんなことをしたんです?」

「クラス7の魔法生物を作りたかったからだよ」


 まるで天気の話でも語るかのような気軽さで、ベル・ワーケンは語る。


「クラス7……ですか?」

「うん。魔法生物の危険度分類は知ってるだろう? かつて魔法生物をクラス1から6に分類した僕は、人間やエルフをクラス6魔法生物に分類した。学会から不謹慎だのなんだのわけのわからないことを言われて、クラス6分類という存在はなかったことになったけどね」


 かつて『魔法生物学の父』ベル・ワーケンは、魔法生物を人間に対する危険度に応じてクラス1から5に分類した。

 人間はクラス6の魔法生物だ……というのは魔法生物に心得のある人間同士で交わされるある種のジョークだ。人間にとって一番危険な魔法生物は人間だ、というジョーク。そのはずだった。


 まさか当のベル・ワーケンが、そもそもそれと同じ考えを持っていたとは。

 そしてさらには、クラス7……『人間以上に人間の脅威となる魔法生物』を作ろうとしていたとは。


「僕の研究人生の後半は、クラス7魔法生物を作り出すことに捧げられてきた。管理局局長になって魔法生物たちの品種改良を繰り返したり。孤児院を創設して、有望な子供たちに特別な教育や人体改造を施したりね」

「……そんなことまで」

「軍事転用実験みたいなくだらないことに時間を取られたせいもあって、魔法生物の品種改良はいまいちうまくいかなかった。でも孤児のほうはそれなりに順調だったよ。一般的な人間よりはるかに優秀な存在を作り出すことに、ある程度成功していたんだ。『英雄』ルーク。何でも屋のティム・ティッド。このふたりに比べると落ちるけれど、ハスターなんかもそうだね」


 生理的な嫌悪感を覚えて、僕は身震いした。

 そんな僕を見て、ベル・ワーケンは目を細めて薄く笑う。


「不快かな? 僕の話を聞くのは」

「……ええ、まあ」

「それは残念だな。フィート君、君なら僕に同意してくれると思ったのに」

「同意? なにをバカな……」

「覚えていないのかい? キリンやなにかの件で論功行賞があったあと、ハスターと君がなにを話していたか」


 ……?


「なんの話です?」

「ハスターは君に、管理局の魔法生物が実験の対象にされていることをどう思うか尋ねた。『管理局に飼育されることで、魔法生物たちはよりよい環境で生きられている。両者の利益になっているのだから別に構わないと思う』……と、君はそう答えたんだよ」


 なんでそんなことを知ってるんだ。


「……自分がやっているのも、それと同じことだと言いたいんですか?」

「同じだろう。僕が実験の対象にしていたのは、僕の孤児院がなければ飢えて死んでいたような哀れな孤児たちだ。被験者が人間であること以外、君が肯定した管理局とまったく同じ構図じゃないか?」

「…………」


 それは。


「認めがたいかい? だが君の根底には、人間の情念から逸脱した冷徹な合理主義が潜んでいる。そしてそれこそが、僕の希望だったんだ」

「希望、ですか」

「ああ。……すこし話が飛んだね。もっと順を追って話そう」


 ベル・ワーケンはまた一口お茶をすすった。

 僕もつられてお茶をすする。すこし冷めてきてはいるけれど、やはり良い味だ。


「ルークやティムはとても強かった。強かったけれど、僕の目的には適わなかった。結局のところ彼らは人間だったからだ」

「……? どういう意味です? 人間の範囲を超えて強いなら、それはクラス7と呼べるんじゃないんですか?」

「そうじゃない。そうじゃないんだよフィート君。クラス分類は人間にとっての脅威度によって行われる。強力な魔法生物でも、人間に友好的だったり有用な特質を持っていたりすれば低危険度に分類されるだろう?」

「それは……まあ。いや待ってください。じゃあつまりあなたは、とでも言うんですか?」

「そのとおりだよ、フィート君」


 いや、まあ。理屈はわからなくもない。

 だけど。


「……待ってください。それじゃあなたは単に優れた魔法生物を作りたかったのではなくて、より人類の脅威となる存在を作りたかったと……そう言うんですか?」

「うん。さすが理解が早いね」

「なん……なんでそんなことをするんです?」


 いや、強力な魔法生物を生み出したい……というのなら、その意図は理解できるんだ。

 ベル・ワーケンのやり方は強引にすぎるけれど、生物を品種改良してより人類にとって有益な存在にする……というのは古くから行われてきた行為だ。

 だけど話を聞く限り、この老人の目的はそうではないらしい。むしろその逆。人類にとって脅威となる存在を生み出すこと。


 意味がわからない。いったいなんのためにそんなことを……


「え? いやだから、さっき言ったろう。クラス7魔法生物を作りたかったんだよ」

「……。いや、その。なぜクラス7魔法生物を作りたかったのか、というところを聞きたいんですが」

「質問の意味がわからないな」


 ……僕は、心のどこかで期待していた。

 僕の質問を聞いた目の前の老人が豹変して、高らかに笑い出すことを。自分がかつて人類からどれだけひどい仕打ちを受けたかを語り、クラス7魔法生物を使って人類を滅ぼす計画を話し出すことを。


 だがベル・ワーケンは、心底不思議そうな顔で首をかしげるだけだった。


「クラス7は手段ではなく目的だよ。それによってなにかがしたいってことは特にない。強いて言うならそうだね。目的は自分の知的好奇心を満たすこと、かな」

「……そんなことのために」

「ああそうか、フィート君はフィールドワーク派だったね。だったらまあ、ピンと来ないのも無理はないか」


 カップをかたむけ、ベル・ワーケンは紅茶を飲み干す。

 相変わらず穏やかな微笑みを浮かべたまま。


「科学者というのはね。リストの空きを見付けたら、それを埋めずにはいられない生き物なのさ」

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