第4話 進路相談
「……元いた世界に戻る?」
「ああ」
こともなげに……というより、こともなげな風に見せたげに、ルークはうなずいた。
「実はここ数年はずっと、転生前の世界に行く方法を探しててな。デアポリカ、ガーグ、シトロンの3人はそのための調査に協力してくれてたんだ」
「協力していたのです」
「そうなのにゃん」
たしかに、世界的な英雄が4人も集まって何をしているのかというところは気になっていた。
まさか別の世界に行く方法を探していたとは、さすがに予想もしてなかったけど。
「……でもさぁ。ルークみたいに転生してくるって話ですら、おとぎ話レベルでしか聞いたことない話だよ。生きたまま異世界と行き来するなんてこと、ほんとにできるの?」
「できるさ。まだ他の世界にたどり着いちゃいないが、実は数日程度この世界から離れるところまではうまく行ってるんだぜ」
「えっ」
「ほら、フィート。クーデターが起きた日、事情があってそっちに助けには行けないって言ったろ。あのとき俺の体はこの世界になかったのさ」
なかなかすごいことを言っている。こんなことルーク以外が言っていたら、誇大妄想にしか聞こえないだろう。
でもまあ、本当なんだろうな。ルークだし。
「でもちょっと、意外だったな」
「うん? なにがだ?」
「いや、ルークがそこまでして里帰りしようとするタイプだと思わなかったからさ。……まあでも、わかるよ。いくら新しい世界に馴染んでても、やっぱり元の世界の家族や友達は恋しいよね」
「あ、いや。違う違う。俺が元の世界に戻っても、家族にも友達にも会えやしねーよ」
「え?」
え?
「俺もあんまよくわかってねーんだけどな。この世界と俺が前いにいた世界を行き来すると、時系列がぐちゃぐちゃになるんだとさ。デアポリカ曰くな」
「……現時点ではただの憶測ですが。しかし英語という言語やフィートさんの存在を考慮すると、蓋然性はかなり高いですね。おそらく世界間を移動するときに通過する6次元的空間において、時間という4次元方向の軸は特段の絶対性を有さないのだと思われます」
「どうしようルーク、まったく意味がわからない」
「ほっとけ。こいつはたまにこういう意味のわからんことを言う」
エルフキャットたちの隙間から、デアポリカさんのじとっとした視線がこちらに突き刺さった。どうやら呆れられているらしい。
「ま、理屈は置いといてだ。結論はわかっただろ? 俺が元いた世界に戻るが、元いた時代に戻るわけじゃねえ。かつて俺が生きていた時代の1000年前に戻るかもしれないし、1000年後に戻るかもしれないわけだ」
「……いや、うん。結論はわかったけど、意図がわからないよ。それだけ時代が違ったんじゃ、ルークが元いた世界とはほとんど別物だろ。わざわざそこに戻る意味なんてないじゃないか」
「なーに言ってんだフィート。逆だよ逆。未知の世界だからこそ行ってみたいんだろうが!」
ルークが目を輝かせて力説する。
「わくわくするだろ! この世界と違う法則によって動く世界! 未知の環境を切り開くスリル!」
「しますね」
「するにゃあ」
「俺はこの世界が好きだが、この世界に留まっていても新たな刺激は得られない。魔王だってほとんど狩り尽くしたしな。だから自分を取り囲む世界まるごと取っ替えちまおうってわけさ!」
……うん。
正直言って、僕にもそのロマンは理解できる。きっとルークが向かう先には、この世界とまったく違う生物体系があり、この世界とまったく違う生物たちが日々を暮らしているんだろう。
「なあフィート。俺はお前にお別れを言いに来たと言ったが……実は別れずに済む方法がひとつだけあるんだ」
「……」
「俺と一緒に来ないか?」
それは。
それは、実に心躍る誘いだった。
「お前なら背中を預けられる。ガキの頃、一緒に魔獣と戦ったのを覚えてるだろ? また一緒に冒険しようぜ、フィート!」
●
「しかし思い切ったわね、ルル。安定した公務員の地位を捨てて、まさかの学者助手とは」
「……まーね」
ルルはカフェの一席に腰掛け、死んだ目で相づちを打った。
向かいの席に座ったシトロンは、対照的にとても楽しげな顔で話している。
「でも、うん。すごくいいと思う! だってルル、士官学校にいた頃から生物学の授業は熱心に聞いてたものね。他の授業はサボりまくってたのに」
「なんでそんなこと覚えてんの。気持ちわる……」
学生のころ。ルル・マイヤーは、魔法生物学者になりたかった。
しかし彼女は自分の才能を信じていなかった。自分の夢が叶うなどと思ってもいなかった。
だから学者にはならず、安定していてさほど努力が必要なさそうな公務員になっておくことにした。それが賢い選択だと自分に言い聞かせながら。
それでも魔法生物管理局などという職を選んだあたり、わりと未練たらたらで見苦しいな……などとルルは過去の自分を振り返る。本当に安定していて楽なことだけを求めるなら、管理局職員よりも適した就職先はあったはずだ。
「でもなんで急に? なにかきっかけでもあったの?」
「まー……うん。最近ちょっと、自分の生き方に疑問を持つことがあって。新しい生き方に挑戦しようと思い立ったというか……」
「……? なんかよくわからないけど、いろいろあったのね!」
なかなか的確にまとめたな、とルルは思った。実際そう、いろいろあったのだ。
「やっぱしこう、新しい環境に挑戦するのって大事だよね。私もいま似たような状況だから、気持ちわかるよ」
や、別にウチはそう思わないけど。
ウチはたまたまいまやりたいことが新しい環境にあっただけだし。自分にとって大事なものをすでに持ってるなら、今いる環境を守り続けることのほうが正しいってことも全然ありうるでしょ。
……とルルは思ったが、口には出さなかった。ここから話が広がるとめんどくさいな、と思ったからだ。
「……そーだね」
「うん!」
嫌味な上司が一刻も早く帰ってくることを願いながら、ルルは紅茶をすすった。
●
「いや、ルーク。僕は行けない」
そう言って僕は首を横に振った。
さほど驚いた様子もなく、ルークは苦笑交じりにうなずいて応える。
「一緒に行きたいとは思ってるよ。でもこのカフェを離れることはできないからさ」
「そう言うと思ったよ」
「ごめん。せっかく誘ってくれたのに」
謝った僕の頭をルークが小突く。
「バーカ、謝るなよ。俺たちは生きてる物語がちげーんだ」
「物語?」
「『魔法生物カフェを開いてまったり暮らす』ってのがお前の物語なんだろ? 俺のとは違うが、それは誇るべきストーリーだぜ、フィート」
うん。
そうだね。
うなずいた僕に、ルークが満足げに笑う。
「さてと。フラれちまってお別れが確定したことだし、あとは最後の一時を楽しい思い出で埋め尽くさなきゃいけないわけだが……しかしフィート、もうひとつだけつまんねえ話をする必要がある」
「つまんない話?」
「ああ。まー正直、今さらな話ではあるんだけどな。お前には知る権利があると思うんだよ」
……ああ。そうか。
そこまで聞いて、ルークが何を話そうとしているのか直感的にわかった。
なるほど。たしかに今さらな話って気もするし、それでも詳しく知りたい話でもある。
「俺たちが暮らした孤児院の創設者。……『先生』についての話だ」
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