第3話 旧交を温めよう
「提案があるんだ、フィート君」
「はあ」
ランバーン王子の言葉に、いくぶん気の抜けた声を僕は返した。
ハルトール王子との戦いの翌日、僕は王宮に呼び出されてランバーン王子と面会していた。
メルフィさんが王位を継承することは決定したものの、ランバーン王子は今後も王宮内務の中核を担う人間として働くらしい。
昨日の敵は今日の友というわけだ。……いやまあというより、ハルトール王子という屋台骨が失われた現状、ランバーン王子がいないと王宮の業務が回らないのだろう。
気の抜けた返事を返したと言ったけれど、別に僕もランバーン王子に対してふてくされているわけではない。
ハルトール王子との戦いの翌日でまだ魔力が戻りきっておらず、いまいち頭が回らないのだ。
「君のカフェ、『desert & feed』だがね。はっきり言っていまあの店の外装も備品もぐちゃぐちゃで、とてもじゃないが営業できる状態ではない」
「半分くらいはランバーン王子の傭兵団がやったと聞いてますが……」
「それについては本当に申し訳ない」
ランバーン王子が深々と頭を下げる。
……いや、まあ。別にこいつ絶対に許さねえ! などと思ったりはしないけど。
とはいえ、さすがに思うのだ。いくらなんでも人のカフェで破壊の限りを尽くしておいて、頭を下げればそれでチャラというのは虫がよすぎはしないだろうか。
「……まあ、いったんその話は置いておきましょう。それで提案というのは?」
「うむ。『desert & feed』の新店舗の再建を、我々王政に任せてくれないだろうか」
……お?
「もちろん資金はすべて王宮が負担する。元のカフェより数倍大きな規模のものにしよう」
……おお?
「それはありがたい話ですが……いいんですか? 仮にも公金をいちカフェにつぎ込むなんてこと」
「誰にも文句は言わせないとも。公的事業に公金を注ぎ込むのは当然のことだ」
「……公的事業?」
「うむ。ここからが提案の骨子だ。『desert & feed』の新店舗は、魔法生物管理局前の中庭に建設する。そして管理局の魔法生物たちもカフェに出てもらうのだ」
お……
おおおお!!
「それは……正直、願ってもない話ですね。いきなりそんな話になるとは思いませんでしたが」
「もともと構想はあったんだ。店舗への多数の来店者。グッズの売り上げ。ツイスタにおけるインフルエンス力。君のカフェがこれまでに積み上げてきたものは、魔法生物たちが生み出す経済効果を証明するに十分なものだった」
……なるほど、経済効果。
自分のカフェについてそんなふうに意識したことはなかったけれど。でもまあ、そのおかげでこんな話が出たのなら……うん。これまで『desert & feed』をやってきてよかったな。
「今後、管理局の魔法生物たちは観光資源として活用するつもりだ。ちまちまと国民に隠れて軍事転用のための実験を繰り返すより、よほど効率が良いし健全だと私は思う。君がどう感じるかはわからないがね」
「いえ、素晴らしいことだと思います。魔法生物たちのかわいさはもっと広く知られるべきだし。……あ、でも。カフェの内装については僕にも関わらせてください。色んな種類の魔法生物たちが共存する場になるなら、それぞれの環境の設備にはかなり気を配らないと」
「もちろんだとも。というより君には、カフェ建設および魔法生物たちの飼育管理の責任者になってもらいたいと思っている。かまわないかい?」
「ええ、やらせてもらいます!」
満面の笑みで僕はうなずいた。
「そうか。頼りにしているよ」
にっこりと笑って、ランバーン王子もうなずいた。
●
「……で、今やこのデカいカフェの店長ってわけか。なかなかのサクセスストーリーだな」
「カフェの店長、兼魔法生物管理局局長ね」
「はは。出世したなぁ、フィート」
ルークが笑う。……いやけっこう大変なんだよ、ほんとに。
『魔法生物たちの飼育管理の責任者』って言ったらまあ、たしかに管理局局長のことではある。僕はたしかにそれに対して『やらせてもらいます』と言った。
とはいえいつの間にか局長就任を承諾したことになってた時には、さすがに驚いたけど。
ハルトール王子が去って空いた局長のポジションに僕を推薦したのは、どうやらメルフィさんらしい。
すでに僕は管理局をクビになった身だし、公務員再就職不可の原則に対する特例にもなってしまう。反発の声が心配だったんだけれども、管理局内からも国民からも異論はほとんどなかったそうだ。
キリンの一件で僕がそこそこ有名になっていたことや、王位継承権変動のごたごたでそもそもそれどころじゃなかったことなんかがその理由だろう。
僕としてもまあ、直接魔法生物たちの面倒を見ることができるポジションは望むところである。
そんなわけで僕は結局、メルフィさんとランバーン王子の思惑に乗ることにしたのだった。
「で? ふたたび勤め人になった感想は?」
「まあ初めての業務じゃないし、それなりになんとかやってはいるよ。幹部級の人員不足が深刻だけどね」
「人員不足?」
「そう。実は最近やめちゃった班長がひとりいてさ」
ため息をつきたくなる。彼女が抜けた穴は、当初思っていたよりずっと大きかった。
ただひたすらサボってたように見えて、部下を効率よく働かせることはものすごく上手かったんだなぁ、あの人。
●
「ルル! やっぱりルルだ! うわっ、すごい久しぶり!!」
「げ……」
突然声をかけられて、ルル・マイヤーは思わず声を漏らした。
振り返るとそこにはきらきらとした笑顔を浮かべるエルフがいた。2度と会いたくないし、2度と会わないはずだと思っていたエルフだ。
「シトロン……」
「士官学校の卒業式以来ね! こんなとこで会えるとは思ってなかった!」
「……ウチも。こんなところで会ってしまうとは思ってなかったよ……」
ルルは露骨にため息をつくが、シトロンは意に介さない。久しぶりの再会にひとり盛り上がっている。
「ってまあ、そりゃ会うか。ルルはたしか魔法生物管理局に就職したんだもんね。ここは職場のすぐ隣ってわけだ」
「……や~~~、まあ……」
言い淀んでルルは、ちらりと視線を斜め後方に送る。
視線の先にいた人物はルル以上に露骨に、大げさにため息をついてみせた。
「はぁ……。どうしたルル。言ってやればいいじゃないか。魔法生物管理局などと言う胸糞の悪い職場にはとうに見切りを付けて、いまは私の助手として働いているとな!」
「え……」
「や、ウチは別にそこまでは思ってないんで……。てかもう約束の時間過ぎてますよね。このエルフは放っておいて、はやく管理局に向かいましょうよ……」
「ふん、いらん気を回すな。データを受け取るくらいのことは私ひとりでこと足りる。お前はここで旧交を温めていればいいだろう」
「え? や、ウチは別に……あっちょっ。……あーもう。相変わらず人の話を聞かない人だなぁ……」
大股でその場を去る大柄な男を見送って、ルルは舌打ちした。どうやらシトロンと会話を続ける以外に道はないらしい。
「えっと。ルル、いまの人は? てか管理局をやめたって本当?」
「本当だよ。……はぁ。いまの人はウチの新しい上司」
ルルはあきらめてシトロンに向き直り、聞かれたことに答える。
「上司?」
「そ~。……アルゴ・ポニークライ。駆け出しの魔法生物学者だよ」
●
「しっかし驚いたぜ。いまの話からするとこのカフェ、20日前には影も形もなかったんだろ?」
「まあね。もともとは数百日かける予定だったんだけど、魔力量のゴリ押しでなんとかした」
久しぶりに会った旧友との会話は弾むものだ。
僕とルークとの会話はひたすらつづき、終わる気配がない。いつしか話題は、このカフェの建物のことに移っていた。
「だからこのカフェ、実は9割くらいは僕が建てたんだよ」
「お~……。道理でところどころデザインが子供っぽいと思ったぜ」
うるさいな。
「ペンダントしてないから見当は付いてたが、フィート。お前完全に『賢者の石』としての力を使いこなせるようになったんだな」
「まあね。あれ以来ペンダントは付けてないけど、感情が暴走するようなことはないよ。1度魔力が抜けきったあと、徐々に戻ってくくる過程で体を慣らせたのがよかったんだと思う」
「ふうん。まあそれだけのエネルギーがありゃあ、このカフェを20日かけずに建てることも、客と魔法生物全員に防護魔法を使うことも簡単だろうな」
そんなことはない。防護魔法はともかく、カフェの建設はけっこう大変だった。
主に意匠を考えるのが。……子供っぽい、子供っぽいか。正面入り口のドアノブをデザートムーンの顔の形にしたのは、やっぱりやりすぎだったんだろうか。
「ま、デザインセンスはともかくとしてだ。それだけの力がありゃあ、お前の今後について心配してやる必要はなさそうだな」
「今までだって心配してもらってたような気はしないんだけど?」
「はは! 痛いことを付いてくるじゃねえか、フィート。でもまあそうは言っても、お前は俺の幼馴染みで弟分だからな。ずっと気に掛けてはいたんだぜ」
そう言ってルークは笑う。
「ましてやもう2度と会えないわけだからな。そりゃあお前の将来だってちょっとは心配するさ」
「余計なお世話だよ。僕だってもう子供じゃないんだから、いちいちルークに面倒を見てもらわなくた、って……」
……あれ?
いまなにか、すごく大事なことをさらっと言われた気がする。
「ムーフ。……ごほん。すみませんネコさん、ちょっと口の周りからどいてください。……ルーク、言いづらくてもちゃんと説明すべきです。大事な人なんでしょう?」
「……わーってるよ、もう」
エルフキャットに埋もれた幼女から指摘を受けて、ルークが顔をしかめて頭を掻く。
「ルーク。聞き間違いじゃなければいま……」
「ああ。2度と会えないって言ったよ。フィート、今日はお別れを言いに来たんだ」
ルークの顔は真顔で、冗談を言っているようには見えなかった。
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