第2話 再会

 金髪碧眼、無駄に凜々しい顔立ち。

 数年ぶりに再会した旧友は、以前と何も変わっていないように見えた。


「よ。久しぶりだな、フィート」

「うん。いやまあ、20日前にも会ったけどね」

「精神世界はノーカンだろ、ノーカン」


 どういう理屈なのかはわからないけれど、そういうものらしかった。


 僕たちの再会は、『desert & feed』店内の一席で行われた。ここで会いたい、というのがルークの希望らしい。

 勇者ご一行がこんなところにいたら騒ぎになってもおかしくないんじゃないかと思うんだけど、案外誰もこちらには注目していない。ルークの知名度も思ったほど大したことないんだろうか。


「そうそう、パーティメンバーも連れて来てるからいちおう紹介しとくぞ。このちっさいのがデアポリカだ」

「あ、うん。よろしくね、デアポリカちゃん」

「…………」

「……? あ、もしかして緊張してるのかな」


 黒い髪の女の子は黙ってじっとこちらを見つめている。……どこか戸惑っているようにも見えるな。

 その様子を見ていたルークが苦笑する。


「あー、気にすんな。こういう状況では『私の方があなたより年上なんですが。子供扱いしないでください』って返すのがこいつの持ちネタなんだよ。たぶん今回はフィートの方が年上だったから、定番の返しが使えなくて固まってるんだろ」

「なるほど……」

「持ちネタ言うな。……ふう。いや、失礼しました。はじめましてフィートさん。素敵な……ふん。まあそれなりに素敵なカフェですね」

「あ、はい。ありがとうございます」


 デアポリカちゃん……さん? ともかく彼女が発した言葉には年を重ねた人間特有の落ち着きがあって、なるほど確かに外見相応の年齢ではないようだった。


『みゅ~~~!!』

「にゃ~~~!!」

「……で、あっちでおたくのエルフキャットと追いかけっこしてるのがガーグ。あれもうちのパーティメンバーだ」

「おお……。あの人、人間だよね? なんで猫耳と肉球と尻尾が付いてるの?」

「趣味らしい」


 なるほど。


 立派なあごひげを蓄えた中年の男性が、とても楽しそうにナイトライトと追いかけっこをしている。

 ぴょんぴょんと跳び回り、天井の梁の上を走り、さらにそこから音もなく床まで着地し……大柄な人間の男が本物の猫さながらの動きをしているところは、ちょっとばかり異様ではあった。

 すごいな。あれ、たぶんなんの身体強化魔法も使ってないぞ。純粋に本人の身体能力だけで、ネコの運動神経を再現してる。


『みゅ~! みゅ~!』

「にゃ~~~!! ははっ、楽しい! なんて楽しいんだこのカフェは!!」

『みゅっ!?』


 突然人間の言葉を発したガーグさんに、ナイトライトが明らかに驚いた素振りを見せる。

 ……うん、そうだよな。僕も驚いた。人間が人間の言葉を発しただけのことで、別に驚くことじゃないはずなんだけどね。


「ユニークな人だね」

「そうだな。ああでも、もしアイツと直接話すことがあったら『ユニークなネコだね』と言ってやってくれ。その方が喜ぶ」

「覚えておくよ」

「ちなみに、ネコが絡まなければ、まあ、それなりに頼りになります」


 ……そうは見えないけれど、まあ。人は見かけによらないということだろう。

 ああいや、ネコなんだっけ。まあでも、ネコも見かけによらないからね。


「あともうひとり、シトロンってのがいるんだけどな。知り合いを見付けたとかでどっか行っちまった。お前に紹介しときたかったんだが」

「ちっ。本当にまったく相変わらず、エルフのくせに落ち着きのない女です」

「あはは、それは残念。また今度会ったときに紹介してよ」

「……あ~~」


 ……?


 妙に歯切れ悪くルークが言いよどむ。

 珍しいな。やりすぎなくらいはっきり言い切るのがルークの持ち味なはずなのに。


「ま、こっちの話はいったん終わりだ。それよりフィート、こっちからも聞きたいことは山ほどあるんだぜ」

「……そうですね。私からも聞きたいことがあります」


 話を変えられてしまった。

 まあいいか。きっとなにか事情があるんだろう。気を取り直して僕はうなずく。


「うん。なんでも聞いてよ。僕に答えられることだったらいくらでも……」

「では聞きますが! なぜ私にエルフキャットたちが集まってこないんですか! さっきからずーっと待ってるのに! 魔力量が多い人間はエルフキャットに好かれると聞いていたから、私はここに来るのをずっとずっと楽しみにしていて!!」

「……あ~」

「落ち着けデアポリカ。つーかなんかずっとほんのり不機嫌だったのはそれかよ」


 数分の検討の結果、デアポリカさんが自分たちに使っていた『認識阻害魔法』なるものが原因であることが発覚した。

 さらに数分をかけてデアポリカさんが魔法の中身を調整すると、店内のエルフキャットたちがいっせいに彼女に集まってきた。

 床に仰向けに寝転がったデアポリカさんに、十数匹のエルフキャットたちがいっせいに群がる。


『みゃ~~』『みゅ~~』『うにゃあ』『にゃあん』「にゃ~~」

「ふ……ふふ。これこれ……。これこそが私が求めていたものです……」

「よかったな。……つーかフィート、これいいのか? うちのバカが店中のエルフキャットを独占してるわけだが」

「いいよ。エルフキャットはそもそもそういう生き物だし。それにエルフキャット以外にも魔法生物はたくさんいるしね」


 それより僕としては、群がるネコたちの中に中年男性がひとり混じっていることが気になるな。

 たぶんただエルフキャットになりきっているだけなんだろうけど。それでも幼い少女の体を嗅ぎ回る中年男性という絵面は……ちょっとなかなか厳しいものがある。


「で、だ。フィート」

「あ、ああ。ルークも聞きたいことがあるんだっけ」


 そう。ルークにしてみれば、聞いておきたいことは山ほどあるだろう。

 20日前の政変の顛末。現在の王都の政治力学。それに僕の正体……『賢者の石』としての僕の出自。


「何から話そうかな。……そうだな、まずは20日前、ルークと話したあとどうなったかについて」

「あん? 何言ってんだフィート、んな話はあとでいいだろ」

「え?」

「そんなことより、だ。お前のこのカフェについての話を聞かせてくれ」


 言ってルークは、周囲をぐるりと指し示してみせる。


「立派なカフェだ。懐かしいな。ガキの頃、魔法生物カフェを建てるのが夢だって言ってたよな。聞かせてくれよ。俺の幼馴染みはどうやって夢を叶えたんだ?」

「……はは。うん、そうだね」


 そうだね。うん、そうだ。

 そういうことなら、話したいことはいくらでもある。

 うなずいて僕は語りはじめる。そうだな、語りはじめはあの場面からがいいだろう。


「魔法生物管理局で働いていたんだけど、クビになっちゃってね。久しぶりに家に帰ると、内装がめちゃくちゃに荒らされてて……」

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