夢だった魔法生物カフェを開いてまったり暮らします

第1話 花吹雪とハチミツ

 クラウゼル王国の王都はいつもにぎやかだ。多くの人が行き交い、語り合い、常に活気があふれている。

 そしてそんな王都の大通りにあっても、彼らはひときわ目立つ存在だった。


「うわーっうわーっ! 懐かしいなぁ! 私が士官学校にいた頃から全然変わってないや! あ、あのお店まだやってるんだ!」

「はぁ……。相変わらずエルフのくせにやかましい女ですね。認識阻害魔法を使っているとはいえ、やりすぎて正体がバレても知りませんよ」


 やけに目深にフードを被った4人組の男女。うちの1人である長身のエルフはやたらとはしゃぎ回っており、おかげで通りを行き交う人々からちらちらと視線が浴びせられていた。


「しかしまあ、びっくりするほど平和にゃんね。例の政変が起きてからまだ20日ほどしか経ってないとは思えないにゃん」

「上の人間が誰だろうと、結局民草はそんなに気にしてないってことだろ」

「はは、違いないにゃんな」


 そう言って笑う大柄な男のフードは、頭の部分が少しふくらんでいた。

 フードの外から見てもわからないが、これは彼の頭から生えている猫耳のせいだ。


「第三王子ウーリ・クラウゼルが死亡。第六王子にして王太子だったハルトール・クラウゼルは意識不明の重体。そして行方不明だった第五王子のレイアード・クラウゼルが突如として表舞台に姿を現わし、王太子に就任。……ううん、これがぜんぶ一夜の出来事かぁ。これだけ聞くと、レイアード・クラウゼルによる周到な陰謀にしか聞こえないね」

「王位を追われた男の、17年越しの復讐劇。そそられる筋書きではありますね。それが事実であると断じるほど私は愚かではありませんが」

「ルーク、お前なら真相を知ってるんじゃにゃいのか?」

「あー、ある程度はな。でもその話を聞くなら、俺よりもっと適任なのが他にいるだろ」


 そう言って4人組のうちの1人……英雄ルークは、通りの先に見えてきた建物を指さして見せた。


「事件の当事者。俺たちがこれから向かう『desert & feed』の店長、フィートのヤツがな」





『くあああっ! くあああっ!』

「ああこらもう、ダメだってば! それは君たちのオモチャじゃないんだよ!」


 僕の懇願をよそに、空中でシザークロウたちがメニュー表を細かく切り刻んでいく。色とりどりの紙切れがはらはらと地上に降りそそぐさまは無駄に美しい。花吹雪みたいで華やかだなぁ。


 ……いやいや、現実逃避してる場合じゃない。すべてのメニュー表がバラバラにされる前に、残ってる分に防護魔法をかけておかないと。


「お客さんには全員に防護魔法をかけてるけど、まさか備品にまでそれが必要になるとは……。やっぱり一筋縄じゃ行かないなぁ」

「店長すみませーん! またゴワベアーが、はちみつと間違えてデロォンちゃん食べちゃいましたー!」

「う、またか……。いま行くよ!」


 予想はしてた。予想はしてたけど,予想以上に大変だった。

 完全に収拾が付かない。色んな種類の魔法生物たちが、新しくなった『desert & feed』店内で無秩序にはしゃぎ回っている。


 新天地に移転した『desert & feed』のサイズは、前の店舗の3倍以上にも及ぶ。おまけに店舗の半分ほどが椅子のない森林地帯だった以前と違って、店全体に点在するように落ち着けるスペースが設けられている。

 くわえて、魔法生物たちの数も大幅に増えた。お店に出る魔法生物の数と種類は毎日違うけれど、だいたい50から60ほどの魔法生物たちが常に出ている。


「やることが多すぎる……! ええと、とりあえず散らかっちゃった紙切れを片付けて……」

『みゃ!』


 振り返るとすでに風の魔法球が床に散らばった紙切れを舞い上げ、1カ所に吸い込んでいくところだった。


「ありがと、デザートムーン! 助かったよ!」

『みゃ~~』


 優秀な店員に感謝の言葉を述べてから、ゴワベアーの元へと急行する。

 足下にまとわりついてくるミニマナラビットをかわし、どういうはずみで乗ったのか空調設備の上から下りられなくなっているカーバンクルをついでに救出し……


「店長! 水棲馬ケルビーって餌やり体験できましたっけ!」

「店長! ランドシーホールの姿が見えません!」

「店長! 天馬部隊の人が、ペガサスをカフェに提供してるんだから割引しろって言ってきてます!」


 ……ああもう!

 僕はいったい、いつになったらまったり暮らせるんだ!





「……ふう」


 昼食時から少ししてようやくカフェの喧噪も少し落ち着いた。僕は厨房の片隅に腰掛けてカームティーをすすり、ほっと一息つく。


 ……つかれた。今日は特にトラブルが多かったなぁ。


「あ、いたいた。探しましたよ!」

「わ! なに、またトラブルでも起きた?」

「トラブル……? いえ、そういうわけでは」


 突然うしろから声をかけられ、僕は驚いて振り返る。

 また何か問題でもあったかと思ったけれど、どうもそうではないらしい。


「あ、ロバート君か。お疲れさま」

「そちらこそだいぶお疲れみたいですね、。……あ、ごめんなさい。カフェこっちでは店長と呼ぶべきでしたね」

「あはは、どっちでも呼びやすいほうで呼んでくれていいよ。どうしたの? 局のほうでなにかあった?」


 ロバート君は現在、魔法生物管理局で高危険度生物管理班の班長を務めている。

 おそらくそれに関連してなにか僕に報告があるのだろう、と尋ねてみたんだけれど……しかしロバート君は首を横に振った。


「いえ。実は局長に個別で話がしたいという人が来ていまして。普通ならアポなしでの面会なんて断るんですが……それがその、来ているのがあの英雄ルークでして」

「ルークが?」


 ……ルークめ。会いに来るなら連絡くらいしてくれればいいのに。

 まあいいや。なにはともあれ、旧友と久しぶりの再会だ。僕は飲みかけのティーカップを手にして立ち上がった。


「わかった、すぐ行くよ」

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