第29話 最終決戦:『desert & feed』③

「ひぃっ! バカなバカな! ランバーン王子の傭兵団がこんな簡単に……!」

『くう゛ぁあああぁ~~っ!!』

「うおおおおぉっ! 『火炎魔法』! 『火炎魔法』!」

「ふふ……。ランバーン兄様が用意したわりには、大した戦力じゃなかったね」


 冒険者ギルドの制圧権を取り戻したメルフィリア・メイルは、そんなことをつぶやいた。


「おらおらぁ! 『火炎魔法』『火炎魔法』『火炎魔法』~~!!」

「フィート君がやったのかな……? 急に私とルイス、サニーちゃんに魔力があふれてきたおかげで、さしたる苦労もなく傭兵団を制圧できた」

「ファ~~はファ~イア~の~ファ~~! へいっ!」

「ふふ……。あの、ルイスちゃん。もうあらかた片付いたし、あとは冒険者のみんなに任せてていいのよ……?」

「いやいやメルフィさん、こんな気持ちいいの、そうそうやめられないですよ! あ~~もう、私にこんな力があったら、冒険者の夢をあきらめなくてよかったのに!!」


 ルイスはとても楽しそうだ。

 ……まあ本人がいいならいいか。自由にさせておくことにして、メルフィは記憶を投稿すべくツイスタを操作する。


 ……が、ダメだ。どうも魔力網の一部が焼き切れているらしく、ツイスタが機能していない。ため息をついてメルフィはあきらめることにした。


「ふふ……。ここに大した戦力はなかった。それはつまりもう片方に戦力を集中させているということ、だったりするのかしらね……?」

『くうぁ~~~っ……』

「ふふ……。ええそうね、サニーちゃん。私も心配だわ。……でもきっと大丈夫よ」

『くうぁ~~?』

「だってほら。あなたの同僚も、それにいちおうガウスも。とっても頼れる子たちだもの。でしょう?」

『くう゛ぁあぁあぁ~~~っ!!』


 メルフィは微笑んで、サニーの柔らかな背中を撫でる。

 『desert & feed』で戦う人間と魔法生物の勝利を、ただ祈りながら。





「ぐ……このっ……!」

「あ~あ~。くっそ。思ったより厄介だな、お前ら……」

『ぎゅるおぉ~~~~ん!!』


 『黒斧』デュパンが苛立った声を漏らす。


 未熟な女兵士がひとりに、知能の低い魔法生物が2匹。原因不明の超強化を受けているとはいえ、『黒斧傭兵団』精鋭部隊全員なら簡単にねじ伏せられる相手……の、はずだった。

 だが実際にはそうではなかった。


 店内を縦横無尽に駆け回る女兵士とペガサスは、徹底的なヒット&アウェイを仕掛けてきている。攻撃、即風の足場で離脱。

 『黒斧傭兵団』側も致命傷を負わされることはないが、じわじわとダメージが積み重なってきている。


『SHHHHHH!!!!』


 輪をかけて厄介なのは、スケールスネークの方だ。

 自身の体を縮小することで体全体を常時発動の『縮小魔法』圏内に入れ、あらゆる攻撃の規模を縮小させて身を守る絶対防御。

 さらにその状態から遠隔地を対象に繰り出される『縮小魔法』。……本来は縮小状態で放つ魔法など、規模も射程距離も大したことはないはずだ。だがあふれんばかりの魔力量があるらしい現状では、縮小状態から放たれる『縮小魔法』でも十分脅威になる。

 攻防一体の構え、というわけだ。いくらなんでも隙が見当たらなさすぎる。


「くそ……。にしてもこいつら、ちまちまちまちまと……。これじゃあそっちもいつまでも倒れねえぞ。やる気あんのか……?」

「わっはっは! ほらもう一撃!」


 再度突っ込んできたロナが傭兵の1人を槍で突き、反撃を受ける前に風の足場で急旋回して後退する。

 さっきからずっとこれの繰り返しだ。狙う相手も選んでいるようで、デュパンにはそもそも近付いてこない。対応できないヤツらも情けないが……


「あん……? なんか、おかしくねえか……?」


 不意にデュパンの脳裏に疑問が浮かぶ。

 なぜあの女兵士は、攻撃したあと急旋回して戻っていくんだ?


「……ヒット&アウェイを徹底するなら、一撃入れてそのまま前方へ抜ければいいはずだろ。いくら風の足場で急旋回できるっつっても、旋回のタイミングでどうしても隙は生じる……」


 なぜわざわざリスクを犯してうしろに下がる?

 ……数秒考えて、デュパンは答えにたどり着いた。


「ち……! 俺としたことが……!」

「……! マズい、バレた!」


 身を翻し、デュパンは後方に走る。

 なぜあの女兵士はわざわざうしろに下がる?


 簡単だ。常に自分の位置を『黒斧傭兵団』の前方に保ち、デュパンたちが背後を振り返るのを防ぐため。

 天馬部隊が拘束されている店舗の一角で、ひとりの男が驚いた顔でこちらを見ている。天馬部隊隊長の拘束を外そうとしていたらしい。


 ……おそらく、スケールスネークの縮小魔法だ。遠隔地に飛ぶ縮小魔法で傭兵団の目を盗んで男を縮小させ、それによって拘束を抜け出せるようにしたのだろう。


「フレッド! はやく逃げて!」

『SHHHHHHH!!』

「もう遅い……」


 ひと息の間に人質たちの前にたどり着いた『黒斧』デュパンは、その巨大な戦斧を振り上げる。

 おびえた表情でこちらを見上げる男には、逃げる暇すら与えられない。


「終わりだ……」


 戦斧が振り下ろされる。





 ランバーンが集めた傭兵たちの中で、2番目に強い者は誰か。その問いに答えるのは難しい。

 『黒斧』デュパンはその筆頭ではあるだろうが、冷静なときの『魔剣士』ヘイグウィンは彼に匹敵する。この2人のどちらも勝てない相手に、相性差で『神の指先』が勝利することだって考えられる。


 だが。ランバーンが集めた傭兵たちの中で、最も強い者は誰か。その問いに答えるのはとても簡単だ。

 なんでも屋のティム・ティッド。

 きっと当の傭兵たち自身に尋ねたとしても、満場一致で彼の名を挙げることだろう。


「ひひひひひひっ! いひっ! いひひひひひひひっ!!」


 裏社会で知らぬ者のない彼の出自は、しかし謎に包まれている。

 とある孤児院の出身だという噂があるが、それだって根拠の薄い眉唾ものの話だ。


 出自以外も謎だらけの男だが、はっきりしていることがふたつ。

 人間とは思えないほど強いこと。とにかくどんな依頼でも必ず遂行すること。

 彼に依頼するような人物にとっては、そのふたつだけがわかっていれば十分だった。


「いひっ! いっいひっ! いひひひひっ!」

『――――――!!』

「なんだなんだ、気味の悪い笑い方しやがって。何がそんなにおかしいんだてめえよぉ~~!!」


 頭上と前方から絶え間なく降りそそぐ氷塊を短刀のひと突きで粉砕し、ガウスの振るう剣をゆらりゆらりと受け流す。

 その合間に問われて、ティムは口の端を吊り上げて笑った。


「いひっ! そりゃあ笑いもしまさァ。あっしは生まれてこの方、こんなに面白かったこたァねえ!」

「話の分からねえヤツだな、てめえはよぉ~~! てめえが面白がってることは見りゃあわかんだよ。何が面白いのかって聞いてんだろうが!」

「いひひっ! こいつァ失礼。いひひひひっ!」


 おかしかった。

 ティムは心底おかしくて仕方がなかった。


「あはァ! 自慢じゃねえが、あっしはそれなりに戦闘の経験を積んでましてねェ。最初の一太刀で、相手の力量はおおよそわかるんでさァ」

「ああん? 大して自慢になることじゃねえな。俺だってある程度は読み取れるぜ。お前みたいなのは読みづらいがなぁ~~!」

「だから、あはァ。最初の一撃。氷塊の一発目を砕いて、剣撃の一発目を受け流して、その時点であっしは彼我の圧倒的な実力差を理解したわけでさァ」

「……てめえ、舐めやがって。いいぜ、俺の本気はまだまだこんなもんじゃねえ。全力を見せてやるよぉ~~!」


 表情に怒りと屈辱を滲ませて、ガウスの剣撃が一段階素早さを増す。

 どうやら何か誤解させちまったみたいですねェ? ティムは内心でそんなふうに笑い、鋭さを増した攻撃への対処に意識を集中させた。


「おらおらおらおらぁ!!」

『―――――――!!』

「いひひっ! いひひひひっ!!」


 ああ。それにしてもやっぱり、『先生』の考えはわからないなァ。

 いったいどうして、これが致命的な失敗なんでやしょう。

 このティム・ティッドをして、初撃で敗北を確信させる。それほどの力を与えた彼のどこが『失敗作』なんでやしょうか。


「いひっ。それがわからないから、あっしも『失敗作』なんですかねェ……」

「おらぁっ! 遠慮すんな! 行くぞ、キリン!」

『――――――!!』

「……がッ!」


 雨雲から雷が降りそそぐ。

 電気を纏った剣がそのままティムに振り下ろされ、不用意にそれを受けたティムの体を痺れさせた。


『――――――!』


 キリンの体当たりで体勢がさらに崩れる。ティムの手から短刀がこぼれ落ちた。


「おやァ……。見事な連携で。しかしガウスの旦那、あんたはなんで痺れてねェんで?」

「痺れてるに決まってんだろうが。気合いで耐えてんだよ、俺はよぉ~~!!」

「いひ。ああ、お見事ォ……」


 ぶおん、と風を切る音。

 ふたたび振り下ろされたガウスの剣が、容赦なくティムの体を切り裂いた。





 ぶおん、と風を切る音。

 振り下ろされた『黒斧』デュパンの戦斧は――しかし、フレッドの体を切り裂かなかった。


『くぉ~~~~ん!』

「ルビー!!」


 いつの間にここまで来ていたのか、水棲馬ケルビーのルビーが身を挺してフレッドをかばっていた。


 デュパンの斧は代わりにルビーの体を切り裂いた……のだが、切り裂かれる端から傷口が塞がっていく。ルビーの持ち前の再生力が、流れ込む魔力によって超強化されているのだ。


「ちっ……。だがもう一撃……!」

『くぉ~~んっ』

「うわっ、おい! ルビーに何するっすか!」


 ぐん、とルビーを下に押さえつけ、その体を踏み越える。

 驚きはしたが、稼がれた時間はほんの一瞬。デュパンがふたたび斧を振り上げる。


「うわぁっ!?」

「死ね……!」


 ごいん!


 哀れなフレッドの体を、冷酷な戦斧が体を切り裂いた。


 ……に、しては。

 カフェに響き渡ったその音は、少しばかりコミカルすぎた。


「あ……が……」


 『黒斧』デュパンの体が、その場にずるりと崩れ落ちる。

 周囲で見ていた黒斧傭兵団の面々に動揺が走る。

 そしてその動揺は。ゆらりと立ち上がった人影の銀色の髪が揺れたところでさらに高まった。


「感謝する、フレッド君。助かったよ」

「い、いえいえ。間に合ってよかったっす。本当に……」

「く……クレール・ブライト……!!」

「ふう。できれば君たちには降伏を勧めたいところだな。君たちの隊長も顎を砕かれて伸びてしまっているしね」


 クレールが指し示したとおり、槍の柄で顎を突かれたデュパンは完全に気を失っていた。

 クレールの言葉に、しかし黒斧傭兵団の面々は首を横に振る。


「世界最強の傭兵団を舐めないでもらおうか。この程度の苦境はなんでもない。隊長なしでもなんとかしてやるさ」

「……そうか。残念だ」


 クレールがぶんと槍を振る。


「いいだろう。ならば最後のひとりまで私が相手を――」

「待ってくれ!!」


 いまにも激突せんとする両者を止めたのは、それまで黙って成り行きを見守っていた男……ランバーン・クラウゼルの声だった。


「無意味な抵抗は不要だ。全面的に降伏する。私も残った傭兵団も、全員だ」

「……とのことだが、どうする? それでもどうしても、というなら相手になるが」

「冗談よせよ。こんな完全に詰んでる状況、雇い主が言ってるなら喜んで降伏させてもらうさ」


 そんなわけで。敗北を悟ったランバーン・クラウゼルの一声で、カフェでの戦いに終止符が打たれたのだった。


「隊長! 無事でよかった!」

「ロナ。君もよく頑張ったな」

「へへっ! ありがとうございます!」

『ぎゅるおぉ~~~ん!』

「ああ、わかってるよシルフィード。君もよくやった。明日は市場で一番艶のいいにんじんを食わせてやるさ」


「ルビー! ノム! 助けてくれてありがとうっす! 本当に嬉しかったっすよ!」

『SHHHH...!』

『くぉ~~~~ん!』

『にゃ! にゃ~~ん』

「「「「あば……ぼ……ば……」」」」

「……デロォンは、いい加減その人ら出してあげるっすよ。本当にそろそろ死にかねないっす」


『みゅ~~』

『きゃんっ! きゃんっ!』

「うん、君たちの言うとおりかも……。ウチは目先の楽さばかりを追い求めて、『信頼』という最も大切な財産を失い続けていたんだね……」

「……おいあんた、本当に大丈夫か?」

『――――――』


 こうして。

 魔法生物カフェ『desert & feed』の長い夜は、終わりを告げたのだった。





 そして、物語はエウレイア公会堂に戻る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る