第28話 最終決戦:『desert & feed』②

「ぐあああああっ!」

「くそっ、誰かあの女を止めろぉ!!」

「うっひょ~! たのし~~!!」

『ぎゅるおぉ~~~~ん!!!!』


 もともと狭い屋内において、ペガサスに乗っての戦闘は推奨されない。

 『desert & feed』は元が植物園で会ったこともあってかなり広い施設だが、それでも飛び回るのに支障がないわけではない。あちこちに置かれた備品が障害物になるし、高度にも走行距離にも制限はかけられる。


 にもかかわらず。ロナとシルフィードは、その制約を一切感じさせないほど自由に店内を駆け回っていた。


 風の足場を生み出すことによりシルフィードが空中を走ることができるロナの独自走法。

 その速度は王国最速を誇り、さらに本来不可能な空中制御をも可能にする走法。だが常に魔力を消費するため、ロナの魔力切れによる時間制限だけが制約としてあった。


 しかしいま、ロナは無限に近い魔力量を手にしている。


「いいよシルフィード! このまま全員仕留めちゃおう!」

『ぎゅるおおぉぉ~~~ん!!』

「くそ、いい加減なんとかしろ! あいつひとりに何人やられてんだ!!」

「全員でかかるぞ! 倒せない相手じゃねえ!!」


 ごいん! ごいん! ごいん!

 店内を縦横無尽に駆け巡るロナは、次々に傭兵たちの頭をぶん殴って昏倒させていく。

 躍起になった傭兵たちは声を掛け合い、総掛かりでロナを追いかけようとする。さすがに歴戦の強者ぞろいだけあって、包囲網は的確にロナを取り囲もうとしていた。


「よ~し! 狙い通り!!」

『ぎゅるおぉ~ん!!』

「なにっ!?」


 それを見て取ったロナとシルフィードは、目の前に生み出した風の足場を蹴って急旋回する。

 本来ありえない速度での旋回によって包囲網をあっさり突破したロナたちは、一直線に目的地を目指した。すなわち、


「まずい! あいつ、天馬部隊の連中を解放するつもりだ!」

「へへ。今さら気付いても遅いって!」


 多くの傭兵がロナによって釣り出されたおかげで、天馬部隊員たちが拘束されている一角は手薄になっていた。

 誰よりも速くシルフィードは駆ける。当然、取り残された傭兵たちが追いつくことなどできない。


「よし! これであたしたちの勝ち……」

「させねえよ……」

「え」


 一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 ただ気が付くとロナは何かに弾き飛ばされ、シルフィードの上から転がり落ちていた。


『ぎゅるおぉ~~ん!?』

「はぁ~~。だから俺ぁ言ったんだよ。人質は全員足の腱を切り落としとくべきだってよぉ……」

「く……『黒斧』!」


 素早く体を起こしたロナは、目の前の巨漢に向かって槍を構えた。


 『黒斧』デュパン。

 先の帝国との戦争でクラウゼル三英雄に匹敵するほどの戦果を上げながら、その度を過ぎた残虐性ゆえ英雄と呼ばれることのなかった男だ。


「あ~……。お前ら、解放される前に天馬部隊殺しとけ」

「了解」

「なっ……! そんなこと絶対にさせない……!」

「ふああぁ……。めんどくせえなぁ、ったくよぉ」


 気怠げに部下に指示を出した『黒斧』はロナに向き直り、その巨大な黒い斧を構えようともせずにあくびした。


「刃物を手にして粋がるガキと同じだなぁ、こりゃ……」

「……!」

「つえぇ武器を手に入れて気が大きくなってやがる。教えてやるよぉ……。んなもんじゃ越えられねえ壁があるってこと……」


 ロナは槍の柄をぎゅっと握りしめる。


 たしかに目の前の相手は格上だ。だがここで退くわけにはいかなかった。

 魔力量の増大だけが得たものではない。どういうわけか、体の調子がすこぶる良いのだ。いまなら『黒斧』相手でも勝ち目はあ


「はぁ……」

「え」


 一瞬の瞬きのあと、デュパンはロナのすぐ目の前にいた。


 脇腹に激痛が走る。なぜだろう。

 思考になる前の閃きに近い感覚によって、ロナは答えを知る。

 自分の脇腹に、巨大な戦斧が食い込んでいるのだ。





「ボクがこの世界で一番カワイイ!!!!!!!!!」


 そんな風に叫ぶ人間を見て、あなたならどう思うだろうか。

 あるいはあなたは、その勘違いを笑うかもしれない。だがそれは、多くの人間がかつて信じていたことなのだ。


 生まれ落ちたとき、人間の赤ん坊の多くが無条件に愛情を注がれる。なぜ自分はこんなにも愛されるのだろうか? なぜ自分だけが特別なのだろうか?

 経験から赤ん坊は誤った学習をする。自分がこの世界で一番カワイイのだ。だからこそ自分はこんなにも愛されるのだ、と。


 多くの人間は成長するにつれ、自分が間違っていたことを知る。自分は特別カワイイわけではないと、意識化では理解する。表面上は納得する。


 だが深層心理においては、赤ん坊の頃の誤解は残り続ける。

 ボクがこの世界で一番カワイイのだ。自分よりカワイイものなど存在するはずがないのだ、と。誰もが心の奥底では、そんなふうに考えるのだ。


「……と。ここまでがボクの持論。理解してくれるかい?」

『……みゅ……?』

「そうか。本当にクソカワイイなお前死ね」


 ナイトライトの魔力球からの攻撃を剣で受け流しながら、『魔剣士』ヘイグウィンは滔々と自らの理論を語っていた。


「ふぅ……。まあいい。言っておくけど、根拠のないでたらめじゃないよ。人にはカワイイものを見ると無性に攻撃したくなる一面がある、ということはすでに実験によって証明されている。結局のところボクら人間は、自分よりカワイイものの存在が許せないのさ」


 本来魔力による光線は、剣撃のような物理的な力による干渉を受けない。ゆえに受け流すことなどできないはずである。

 しかしヘイグウィンは剣に薄く魔力を纏わせることで、光線への干渉を可能にしていた。


「そしてその本能は当然、ボクにも備わっている」

『みゅ~~~!!』

「……ボクは世界一美しいエルフだ。それは誰もが認めるところだ。当然だよね。ボクがこの美貌を維持するのに、どれほど血の滲むような努力をしていることか……!」

『きゃんっ! きゃんっ!』


 ヘイグウィンの魔力は常人にしてはかなりのものだが、それでも現在のナイトライトには遠く及ばない。

 真っ正面から撃ち合えば、一瞬でナイトライトが勝利するだろう。


 ゆえにヘイグウィンは、ナイトライトの攻撃を正面から受けない。卓越した技術で光線を受け流し、わずかに軌道をそらす。

 たったそれだけで、ナイトライトの攻撃はヘイグウィンに当たらない。


「……だけどある日、ボクは気付いた。『カワイイ』。ボクがどれだけ努力しても1度も言われない賞賛の言葉を、なんの努力もなしに得ている存在がいるってね」

『みゅっ! みゅ~~!!』

『きゃんっきゃんっきゃんっ!!』

「ああ……。だからボクは許せないんだ。無垢な少女が。餌をついばむ小鳥が。ふわふわのぬいぐるみが。ポップな色調の小物が。なんの努力もしていないくせにボクよりもカワイイ、お前たち全部全部の全部がなぁ!!!!」


 ぐん、とヘイグウィンが体勢を低くした。


「見切った!!」


 そしてヘイグウィンは一息に飛び出す。光線と光線の隙間を縫ってぐんぐんと距離を詰める!

 ほんの数秒で、ナイトライトとヘイグウィンの間にあった距離はなくなっていた。


『みゅ……!?』

「聞かせてもらうよネコちゃん! キミのカワイイカワイイ断末魔をなぁ~~!!」

「『魔力追尾』」

「へぶっ」


 突然背後から、とてつもない衝撃がヘイグウィンを襲う。

 かわいくも美しくもない声を漏らしてヘイグウィンは倒れた。


「は……? なに、が……」

「お~~……。当たりさえすれば一発か。なかなかやるじゃん、ネコちゃん……」


 うすれゆく意識の中で、ヘイグウィンは必死で下りようとするまぶたをこらえた。


『みゅ?』

『きゃんっ! きゃんっ!』


 けげんそうにこちらを見る黒猫と、勇ましく吠え立てる小さな狐。


「あぁ……。くそ、カワイイ、なぁ……」


 そんな言葉を最後に、ヘイグウィンは気を失った。





「おぉ~~。ルルって言ったっけか? なかなかやるじゃねえかよぉ、お前よぉ~~」

「はぁ……まあ……」

「あん? どうしたどうした。なんか元気ねえな」


 今しがたナイトライトの魔力球攻撃に追尾性能を付与して『魔剣士』ヘイグウィンの撃破に貢献したルル・マイヤーは、なぜかいつも以上に物憂げな様子だった。


「や、なんつーか……。なんか知らんけどウチらのチーム、みんなめちゃくちゃ強くなってるじゃないっすか……」

「おうよ! どうやったかは知らんが、この規格外の力はおそらくフィートだろうよ! はっは! あいつもなかなか粋なことするよなぁ!!」

「……あ~~」

「これだけの力を他者に貸し出すには、きっと相当な覚悟が必要なはずだ! 俺ぁ嬉しいぜ! もちろんこの力で敵をぶん殴れるってのもそうだが、フィートがそれだけ俺たちを信じてくれたことが嬉しい!! よっぽど俺たちを信頼してくれてなきゃぁ、こんなことはできねえよ!!」

「ウチ、もらってないんすよね……。その、超パワー的なヤツ……」


 ガウスは固まった。


「……いや? 別にいいんですけどね……? てか当たり前っすよね。ウチけっこうフィート君のこと雑に扱ってたし。そりゃあそんなヤツに力を分け与えたりしたくないっすよね」

「あ~~~。その。まあ」

「だからこのカフェにいるウチら陣営の生物で唯一なんの強化もされてなくても気にしてないですよ……? いやほんとに。ほんとに」

『みゅ……』


 とても気まずい空気が流れた。


「……あ~、と。あ、そうだ! ほら、いまお前目覚めてるじゃねえか! 睡眠魔法をかけられてたっぽい俺たちが目覚められたのはたぶん与えられたエネルギーのおかげなわけで、お前が起きてるってことはフィートからエネルギーをもらってたって根拠に……」

「や、うちは睡眠魔法にタイミングを合わせて体内に反対色相の魔力を展開してたんで、そもそも眠ってないだけっすね」

「な……あ、そうなのか。でも眠ってなかったなら、どうして俺たちを助けるために動いてくれなかったんだぁ?」

「見張りがいる状態でウチひとりで抵抗しても無駄でしょ……。あとまあ、なんつーか。やるべきことをサボるのが習慣になってるというか……」


 そういうところじゃないか?

 とガウスは思ったが、口には出さないでおくことにした。


 と。

 不意に背後に気配を感じて、ガウスは素早く振り返った。


「やァやァ。こんにちは、ガウスの旦那ァ」

「……ティム・ティッド。まさかお前がランバーン王子の下に付いていたとはな」


 ひょろりと痩身の、しかしやたらと背の高い黒髪の男。

 こんな場所には似つかわしくない正装をびしっと決めた男が、へらへらと笑いながらそこに立っていた。


「あはァ。実はまあ、あっしの本当の雇い主はランバーンの大将とは別にいるんですがね」

「……なんだと? どういう意味だぁ~~?」

「お気になさらず。何を隠そう、今しがた契約解除を言い渡されたところでしてね。それならそれで好きにやらせてもらおう、と思いやしてェ……」


 相変わらずへらへらと笑いながら、ティム・ティッドがそのひょろ長い手をだらりと弛緩させた。


 ガウスの額を汗がつたう。

 何度か刃を交えた経験から、それがティム・ティッドの戦闘態勢であることをガウスは知っていた。


「あのぉ……」

『みゅ……』

「悪いがお前ら、下がっててくれ。こいつぁなかなか使相手だ。……お前らを守りながら戦う自信は……」


 言いかけてガウスは、1匹の魔法生物が自分のすぐそばで静かに佇んでいることに気付いた。


「……あぁ。お前ならまあ、例外か。なんつったってまあ、過去の戦績から言えば俺より強いんだからなぁ~~」

『―――――』

「あはァ。何人でも何匹でも構いませんや。始めましょうぜ、旦那ァ」


 ひょろ長い影がゆらりと動く。

 対峙するのは1人と1匹。人間ガウスとキリンのニャアが、ティム・ティッドを迎え撃とうとしていた。





「へ……?」

「あ? ……ち。命拾いしたなぁ、おい……」


 『黒斧』デュパンの斧は、ロナを切り裂かなかった。

 戦斧は脇腹に食い込み、そのまま体を真っ二つにする直前だった。だがその瞬間、


「っ!」

『SHHHHH...』


 とっさにロナは飛びのき、ふたたび槍を構える。

 デュパンから目はそらせない。だが背後から聞こえる鱗のこすれる音が、強力な援軍の到着を知らせていた。


「へえぇ……。スケールスネーク。しかもどういうわけか、体から離れた場所に縮小魔法を飛ばせるのか。面白ぇ。おいお前ら、人質殺すのはあとにしろ……」

「了解」

「光栄に思えよ……。俺の一撃を受けて生きてやがったことに敬意を表して、世界最強の『黒斧傭兵団』、その精鋭部隊全員でお前らを潰してやる……」

「ありっがたいなぁ! 涙が出てきそう!!」

『SHHHHHH....!!』

『ぎゅるおぉ~~~ん!!!!』


 敵は10人ほど。おそらくは全員が、素の状態のロナよりもはるかに格上の強敵。

 だがそれでもやるしかない。覚悟を決めて、ロナはまた槍の柄を握りしめた。

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