第27話 最終決戦:『desert & feed』①

「うわああああっ! くそぉ、あちぃ! あちぃ!!」

「みな落ち着け! この炎は幻だ。実際に燃えているわけではない!」

「んなこと言ったって実際にあちぃんですよ! ぐああああっ!!」


 ランバーンは舌打ちした。どうやら精神力の弱い者は、あの狐が出す幻の炎で実際に焼かれているように感じるらしい。

 そしてパニックになった彼らに追い打ちをかけるかのように、


『―――――』

「ぎゃあああああっ!!」

「かっ雷だ! 雷が降ってきてる!」


 キリンが生み出した雨雲から、傭兵たちに雷が降りそそぐ。

 ランバーンは歯噛みする。時に大金をつぎ込み、時に理想を語り合い、時に詭弁を振るい。あらゆる手段を以て集めたランバーンの手勢たる傭兵たちが、次々と倒れていく。


 そしてそんなランバーンの頭上からも、


「は――」


 雷は降りそそいだ。


 ……。

 …………。

 ………………。


「……ん?」

「『耐電障壁』。やァれやれ、無事だったかよ大将」

「……ティム・ティッド」


 いつまで経っても雷による全身への痛みは訪れなかった。

 いつの間にか目の前に立っていたのは、ランバーンが雇用した傭兵のひとり。彼が雷を防ぐ障壁を頭上に張り巡らせたらしい。


「大将がいつまでも呆けてちゃァ困る。よく見ろよ。この場にいるのはあんたが集めた世界最上位の傭兵たちだろ? 幻の炎に心を焼かれる雑魚ばっかりじゃァねえんだぜ」


 言われてランバーンは周囲を見渡す。


 ……たしかに、幻の炎の中でも平然と立っている者が何名か見えた。

 『魔剣士』ヘイグウィン。『神の指先』の幹部たち。そして世界最強の傭兵団と謳われる『黒斧傭兵団』の面々。ほかにも名の知れた傭兵が何人か。


 冷静に考えてみれば、それはそうだ。

 ランバーンがこの場に用意したのは、下手すれば小国なら落としかねないほどの大戦力。たかがカフェの愛玩動物などに全滅させられることなどありえない。


「さァて。ちょっと落ち着いたところで大将、俺たちへの指示は?」

「……カフェを再度制圧しろ。人質に1匹だけ残しておけ。あとは殺しても構わん」

「あいよォ」


 ランバーンの指示に、傭兵たちが目的意識を共有して動き始める。

 しかし。


『ふしゃあああああっ!!』

『SHHHHHHH...』

『くぉ~~~~ん!!』


 眠らされ、監禁されていたはずの魔法生物たちが厨房から姿を現わす。さらに、


「はははっ! フィートフィートフィートよぉ~~!! やってくれるじゃねえか!! ここまでいいとこなしだったこの俺に、挽回のチャンスをくれるとはよぉ~~~~!!」

「うっわすっご……。魔力があふれて止まらないや。これがフィートの見てた世界かぁ」


 どうやら強化されたのは、魔法生物たちに限った話でもないらしい。

 厨房からガウス・グライアが姿を現わす。さらに取り押さえられていた天馬部隊の女も拘束を振り切って槍を構えている。

 今のところ彼女以外の天馬部隊隊員は、物理的な拘束が功を奏しているらしく動けない様子だ。しかし拘束されている彼女たちにも、謎の強化が入っている可能性は高いだろう。


「くそ。厄介な!」

「あァっは! 心配いりませんや大将。少なくともこのティム・ティッドに関してはねェ」

「……頼りにしているぞ」


 本心からの言葉をランバーンは吐いた。

 ランバーンの目的を達成するためには、もはや彼らに頼るしかないのだから。





 厨房を出た魔法生物たちの中で、真っ先に動いたのはスケールスネークのノムだった。


『SHHHH...!!』


 ノムが真っ先に目指したのは、拘束された天馬部隊隊員たちがひとまとめに転がされているカフェの一角。

 別に天馬部隊の隊員に用があったわけではない。女性隊員たちにひとり混じっている、どこか田舎っぽいひとりの男を一刻も早く解放したかったからだ。


 しかしそんなノムの前に、5人の男女が立ち塞がった。


『SHHHHHH......!!』

「おお……。そう猛ることはありません。ヘビよ、今宵の出会いに感謝しましょう」

「「「「感謝しましょう」」」」

『SHHH...HH...?』


 男たちは、友好的な笑みを浮かべながらノムに語りかける。


「ヘビよ。教えてください。あなたは神を信じますか?」

「信じるでしょう?」

「当然信じるだろう!」

「安心してほしい。我々は畜生の類だからと差別することはない」

「神を信ずるならば種族など関係ない。救いはみな平等に与えられるのだ!」

『SHHHHHHHHH.....!!』


 当然ノムに彼らの言葉など理解できない。

 ノムはただ、鎌首をもたげて威嚇音を発した。


 それを見て立ち塞がる男女は、悲しげに目を伏せる。


「答えては……もらえないのですね」

「ああ……。なんということだ。我らの問いかけを無視するとは」

「つまり君は神を信じないのですね」

「つまり君は神の敵なのですね」

「つまり君は我ら『神の指先』の敵なのですね」

「神敵誅すべし」

「「「「神敵誅すべし!!」」」」

『SHHHHHH....!!』


 『神の指先』を名乗る者たちの手の中に、光の槍が錬成されていく。

 とても悲しそうな目をした彼らは、ノムに向かって一斉にその槍を構えた。





「ふ……ふふっ……!!」


 ランバーン王子の指令を受けて最初に動いたのは、『魔剣士』ヘイグウィン。

 漆黒の髪に、金と青のオッドアイ。長い耳は彼がエルフ族であることを示す。立っているだけで絵画のようだと評されるほど美しいその男は、ただ一点を目指して駆けた。


 その目的地にいたのは、


『きゃんっ……!』

「ふふ……! 許せない。キミ、許せないよ……!」


 いまだ『幻燈』を放ち続ける、ファイアフォックスのレイククレセントだった。


「絶対に許せない。許せないから、斬ってあげるよ……!」

『きゃんっきゃんっ!!』

『みゅ~~~~!!』


 そんなヘイグウィンの行く手を、無数の魔力球から放たれた魔力の光線が阻む。

 エルフキャットのナイトライトだ。あふれんばかりの魔力を手にしたナイトライトが、レイククレセントを守る騎士のように横に付き従っていた。


 ヘイグウィンはやむをえずうしろに飛びのき、光線を回避する。


「ち……! キミも許せない。許せないなぁ……!」

『みゅ~~~!!』

「なっ……なんだそのカワイイ鳴き声は……! ああダメだ。本格的に許せない。キミは絶対にボクの手で切り裂いてやる……!」

『みゅ?』


 ヘイグウィンは細身の剣をすらりと抜き放ち、ナイトライトとレイククレセントに突きつけた。


「許さない……! ボクよりカワイイものを、ボクは絶対に許さない……!!」

『みゅ~~?』

『きゃんっ! きゃんっ!』

「うわっ! やめろ! いちいちカワイイ鳴き声を出すな!」





『SHHHHH....?』

「ふふ。戸惑っているようですね」

「あなたの縮小魔法がなぜ効かないか、不思議なのでしょう?」

「『神の指先』たる我々には、何もかもすべてお見通しなのですよ」


 実際のところ、ノムは戸惑っていた。

 練習した遠隔地への縮小魔法をいくら放っても、『神の指先』たちが縮む様子を見せないのだ。


「ふ。我らのまとう光は魔法を無力化する」

「神に仕える我らだからこそ会得できた、最強の防護術」

「物理攻撃に死ぬほど弱いという欠点はありますが、それでも非力なヘビ畜生には破れますまい」

「最初からあなたに勝ち目はないのです」

「まあしょせん畜生のあなたには理解できないでしょうが」

「ふっふっふ」

「「「「ふっふっふっふっふ」」」」


 縮小魔法を無効化しつつ、光の槍で攻撃する。彼らの連携は実際のところ完璧だった。

 その連携が功を奏し、ついに光の槍はノムに突き立てられる。


 ただし。


『SH...』


 槍が突き刺さったのは、ノムの頭部に取り付けられたガラスの球体だった。

 多重に防護魔法がかけられたガラスの球体だったが、光の槍には魔法を無力化する効果があった。ガラスの球体が粉々に砕け散る。


「ふははははっ! 神敵誅すべし!」

「「「「神敵誅すべし!!」」」」


 そのまま光の槍はノムの頭に向かって振り下ろされ……

 そして、振り下ろした男ともども一瞬で小さくなり、ノムの口の中に呑み込まれた。


「……ん? アレクトール、どうしたのですか?」

「小さくなってヘビに呑み込まれたように見えましたが……」

「バカな……! 猊下、これはいかなることです! 『神の指先』たる我々が、ヘビ畜生などに敗れるはずが……!」

「待ちなさい。……アレクトール、あなたは神を信じますか?」

「……。返事がない」

「やはり。我が問いかけに答えなかったということは、アレクトールは神敵。ゆえにヘビ畜生に敗れたのでしょう」

「な、なるほど……! さすがは猊下!」

「神敵誅すべし!」

「「「神敵誅すべし!!」」」


 しかし、と。『猊下』と呼ばれた男は首をひねる。

 実際奇妙だ。なぜアレクトールは、あのヘビの縮小魔法を無効化できなかったのだろうか。


 理解できないのも無理はない。

 スケールスネークの頭部周辺には常時縮小魔法が発動しており、絶え間なくその影響下に晒されたことで光の防護術による打ち消しが許容限界を越えた……などということは、当然彼らが知る由もないのだから。


 しかし彼らは日々『神』と向き合う聖職者。わからないものをわからないまま理解することには慣れている。


「……理由はわかりませんが、あのヘビ畜生の頭部付近は危険なようです。胴体のあたりを刻みましょう」

「かしこまりました、猊下」

「我々はアレクトールのごとき神敵とは違う。それを照明してみせましょう」

「あばぶばぼぶばぼぶ」


 気を取り直した『神の指先』の面々は、ふたたび槍を構えてノムと対峙する。


「さあ行きましょう。神敵誅すべし!」

「「神敵誅すべし!!」」

「あばばぶうぶばぼぼぼぼぼ」


 なんだ? と。息を合わせようとしない愚かな手下に顔をしかめて『猊下』は振り返った。

 そして見た。


「な……。そんな。我々がいつの間にか、縮小魔法による攻撃を受けていたと言うのですか……!」


 そこにいたのは、巨大なネコ。

 身の丈が人の3倍はあろうかというネコの中で、『神の指先』幹部であるファイエンタールが溺れている。


「そ、そんなはずはありません。我らのまとう光は未だ健在!」

「神が我らを守ってくださっているはず! 猊下、これはいったい!」

「わ……私とて意味が……。い、いや。これは……」


 手下たちより一足はやく『猊下』は気付いた。

 やはり自分たちは縮小魔法などかけられていない。


 単純に。目の前のネコが、ものすごく巨大なのだ。


『にゃ?』

「ひ……!」


 もともとスライムキャットには水分を吸収し、個体としての大きさを維持する機能がある。

 ただし水分を吸収すればするほど際限なく大きくなるわけではなく、備えている魔力量で維持できる範囲以上の大きさにはならないという制限がある。


 普段のスライムキャットならば、だが。


 あふれんばかりの魔力量を手に入れ、さらにキリンのニャアが降らせた雨によって大量の水分を吸収したデロォンは、とてつもない大きさにまで膨張していた。


「あぼぼぼぶぶあばばばぶ」

「ひぃ……。げげ猊下。神は、神は我らを見捨てないのですよね?」

「あ、む、無論だとも。きょ、巨大なネコよ。あなたは神を信じますか……?」

『にゃ~~~~~~ん♪』


 巨大なデロォンはいつものように気まぐれに、目の前の人間たちに飛びついた。

 逃げる暇などあったものではない。遊んでほしいと跳びかかってくるネコを回避できる人間など、この世にいるはずもないのだ。


「うわああああああっ!!」

「「うわああああああっ!!!!」」


 ぱきぃん、と。『猊下』の耳に嫌な音が届く。圧倒的な質量によって、『神の指先』たちがまとう光が破壊された音だ。

 そしてそのまま『神の指先』たちはそろって、巨大なネコの中で溺れることになったのだった。


「「「「あばばぶぼぼぼぼぼぼぼ」」」」

『SHHHHHH....』


 そしてそんなデロォンの横を、我関せずといった様子でノムが通り過ぎていく。


 障害となる人間たちは排除された。目的地である拘束されたフレッドの元まで、もうまもなくたどり着けることだろう。

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