第24話 エンディング拒否

 僕とハルトール王子の手が重なった、その瞬間。


「うわっ!」

「フィート君!?」


 強烈な衝撃波によって、僕の体は突然弾き飛ばされた。


「……デザートムーン」

『みゃあ!』


 銀色の髪に、燃える月のような赤い瞳。

 デザートムーンが、僕の前に立ちはだかっていた。


「助けてくれてありがとう、デザートムーン。でもいいんだ。僕は自分で命の使い道を決めたから」

『みゃ! みゃ!』

「……困ったなぁ。どうやってこれを伝えればいいんだろう」


 動物語翻訳魔法とか、あればいいんだけどね。


「いや、フィート君。僕が見る限り、デザートムーンには君の行動の意味は伝わってるよ」

「……え?」

「それでもなお、君を止めようとしているんだ。少なくとも僕にはそう見える」


 ……そう、なんだろうか。

 だとすれば、それはすごく嬉しいことだ。でもやっぱり困ることでもある。

 僕がここで自分の命を使ってエンペリオを蘇らせないと、人質に危険が及ぶことになる。


「言ったはずだ。あまり時間はあげられない、とな」

「……ランバーン王子」

「フィート君。デザートムーン君が邪魔をするなら、それを制圧しろ。忘れるなよ。人質は大勢いて、私はその中の一人を見せしめとする選択を取ることもできる」

『みゃ!』


 …………。

 うん。そうだな。そうしよう。


 できるだけ傷付けないようにデザートムーンを制圧する。『賢者の石』としての力をある程度使えるようになったいまの僕なら、それは可能なはずだ。


「どうした。早くしろ、フィート君」

「……わかってますよ」


 このまま動かずにいても事態は好転しない。むしろ時間が経てば経つほど、人質の命をリスクに晒すことになる。

 だからここはデザートムーンを倒す。それが合理的な選択だ。


「……なにを突っ立ている。自分の立場を理解しているのか?」

「わかってると言っているでしょう」


 そうだ。僕は理解している。

 いまこの場において、デザートムーンを制圧するのが正しい選択だ。


 理解している、はずなのに。

 なぜ僕の手は動いてくれないんだろうか。


「いい加減にしろ、フィート・ベガパーク!」

「…………」

「……いいだろう、実際に大切なものを失ってみないと理解できないらしいな」

「! 待、ってください! すぐに……」

「いいや待たない。臆病の報いを受けるがいい、フィート・ベガパーク! そして知るのだ。何かを失わずして『にゃ~~~~~~~~~ん』ということを!! ……なに?」

「おりゃああああああっ!!!!」


 水晶玉に映るランバーン王子の後頭部に、ぶっとい槍の柄がクリーンヒットした。

 ……え?


「ぐはあっ!?」

『ぎゅるおぉおおおぉん!!』

「おいこらバカフィート! 人間語が使えないデザートムーンちゃんの代わりに言ってあげるけどね、勝手にあきらめて命捨ててんなばーか!」

「ろ……ロナ」


 たぶんデザートムーンはそんなに口悪くないと思うけど。

 ともかく、水晶玉から聞こえてきたのはとてもなじみのある声だった。


 ロナ。それにデロォンとシルフィード。

 どういうわけだか拘束を受けていなかったらしい彼女たちが、ランバーン王子を殴り飛ばしたらしい。


「こっちはデロォンちゃんと一緒に潜伏して大逆転全員生存ハッピーエンド目指してたんですけど! フィートが会話で時間稼いでくれたら、もっと良いタイミングで奇襲できたかもしれないのに!」

「それは……ごめん。でもロナ、どっちにしても君に勝ち目はないよ。僕のことはいいから、すみやかに武器を捨てて投降してほしい」

「勝ち目が薄いのはわかってる! いまあたしめちゃくちゃ囲まれてるし。でもだからって諦めない。フィートが私たちのために命を懸けてくれたのと同じだよ。あたしのほうだってフィートのこと、『にゃ~~~~~~~ん』だもん!」

「ごめんロナ、肝心なところが聞き取れなかった」

「……も~! また次に会った時に言ってあげるよ! じゃあね!」

「あっ」


 水晶玉の映像がぶつりと途絶えた。

 ロナのやつ、カフェ側の水晶玉をぶっ壊したな。


 通信手段の破壊ってのは、人質作戦へのある種の対策ではある。『人質に危害を加えた』という情報を相手に伝える手段がないなら、人質を傷付ける意味はないわけで。

 だけど、うん。これは一時しのぎにしかならない。ロナたちはたぶんすぐに取り押さえられるし、ランバーン王子も予備の水晶玉くらいすぐに調達できるだろう。


 ……つまるところ。


「で、どうするんだいフィート君。勇敢な天馬部隊隊員に賭けてみるかい?」

「……ロナの気持ちは嬉しいけど。でも、僕がやることは変わりませんよ」


 つまるところ、状況は何一つ改善されていない。

 勝ち目が薄いのはわかってる、とロナは言っていたけど。勝ち目がない、と僕は言ったんだ。


「僕を使って、エンペリオを蘇らせてください」

「了解。となると、やっぱりデザートムーン君を制圧する必要があるね」

『みゃぁ!』

「わかってます。僕がなんとか……」

「いいよ、フィート君はそのままで。僕がやるからさ」


 ゆらりとハルトール王子は立ち上がり、その手をかぎ爪の付いた太い獣のものに変形させた。

 ……さっき受けたダメージが回復してる。あの回復力も魔法生物の部位移植の効果だろうか。もう戦えない、みたいなことを言ってたのはふつうに嘘だったわけだ。


『みゃ……!』

「やめてください王子。デザートムーンは僕が抑えておきますから!」

「できないことを言うもんじゃないよ。大丈夫、できるだけ傷付けないようにするさ」


 デザートムーンの頭上に、大量の魔法球が浮かび上がる。

 ハルトール王子の脚がぐぐっと縮み、超高速での跳躍を準備する。


 ……くそ、何をやってるんだ僕は。

 この期に及んでデザートムーンと戦うことができなくて、かえって危険な目に遭わせてるじゃないか!


「待っ……!」

「悪いが時間切れだよ、フィートく――」


 ハルトール王子の冷たい宣告が聞こえかけた、その瞬間。

 僕の視界は白に染まった。





「えっ」


 …………。

 えっ。


 気が付くと僕は、見渡す限り真っ白な空間にひとり立っていた。


「よぉ。久しぶりだな、フィート」


 背後から聞こえた声に振り返る。

 真っ白な空間に異物がひとつだけ。

 金髪碧眼の、僕より少しだけ年上の男だ。


「よく知らんがなんかピンチらしいな。どれ、お兄さんに聞かせてみな」

「……ルーク」


 自称異世界からやってきた男。僕の幼馴染みで、親友で、命の恩人。

 相変わらず軽薄そうな笑顔を浮かべながら、英雄ルークがそこに立っていた。

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