第23話 バッドエンド

「2年前に王位継承権を放棄したときから、準備は進めていた。信頼の置ける傭兵団や冒険者パーティを複数、長期契約で雇用する。よく調べればわかったはずだ。彼らの活動の内容自体は契約前後で変わっていないが、2年前から活動の範囲が王都近辺に限定されるようになっている」


 水晶玉の中で、ランバーン王子は滔々と語る。


「……要するに、兄様が一声かければ戦力を集められる状況は整えていたということでしょう。そこまではいい。ランバーン兄様の能力なら、そのくらいのことができることはわかっています」

「ああ。わからないのは動機のほうだろう?」

「その通りです! ランバーン兄様なら、王位継承権の放置を父様から指示された時点で、それが僕の差し金であると気付いていたはずです。それでも継承権を放棄したのは、僕が王位を継いだ方が王国民のためになると思ったからだ。違いますか?」

「そう、その通りだよ。私にとって王国民の幸福はすべてに優先される。相変わらず人間に対する洞察力は一級品だな、ハルトール」

「……矛盾している。あなたは自ら選んで王位継承権を僕に譲った! それなのに、同時に継承権を力ずくで奪い取る算段もしてたっていうんですか?」


 ……ううむ。兄弟でなにやらややこしいことを話しているみたいだけれど、ぶっちゃけ僕としてはどうでもいい話だ。


 いま考えなきゃいけないことはひとつ。ランバーン王子の目的はなんだ?

 もしもハルトール王子と敵対する立場にあるのであれば、交渉次第で味方になってくれる可能性もあるかもしれない。


「いいやハルトール、私の目的は最初から一貫している。この軍備は単なる保険だよ」

「……保険、ですって?」

「私からすると、お前の目的は意味不明だった。なぜ王位継承を目指す。なぜ帝国と戦争をしたがる。それが理解できない以上、完全にお前を信頼することはできなかった。お前の最終目標が王国民の幸福と重ならないなら、私はお前を止めなくてはならなかったからな」

「…………」

「用意していた軍力も、使わなくていいならそれでいいと思っていた。……だが今日、転機があった」

「……転機」

「シュマグから情報提供を受けて、私もお前と同じようにフィート君の目的地が公会堂であることを突き止めた。そこで私はいま水晶玉を持っている部下に命じて、公会堂に潜ませておいたんだ。水晶玉を通して会話も聞いていた。そこでハルトール、私はお前の真の目的を知ったというわけだ」


 ……あ。そうか。そういうことか

 たったひとつの命のために大勢を犠牲にしようとする人間は王にふさわしくない。僕とハルトール王子の会話を聞いて、おそらくランバーン王子はそう判断したんだ。


 『desert & feed』と冒険者ギルドを制圧したのは、おそらく僕らを脅迫してメルフィさんによる王位継承を諦めさせるためだろう。

 メルフィさんが王位を継ぐより、自分が王位を継いだほうが『王国民の幸福』ってやつにつながると、きっとランバーン王子は考えたんじゃないかな。


 ……うん。であれば問題ない。

 だってメルフィさんが王位を継ぐことに決めたのは、帝国と戦争をしようとするハルトール王子の王位継承を止めるためだ。

 ランバーン王子は(ちょっとやり方は過激ではあるけれど)王国民のために行動しようとする人みたいだし、王政運営の知識も豊富だ。ランバーン王子が王位を継ぐのであれば、メルフィさんもあえて自分が王子であることを明かそうとはしないだろう。


 よかった。一時はどうなることかと思ったけど、どうやらなんとかなりそうだ。

 ランバーン王子の頼みを承諾すればそれでいい。たったそれだけで、僕の大事なみんなの命は助かるんだ。


「……というわけで、フィート君。君にお願いがあるのだが」


 お。きたきた。

 水晶玉の中のランバーン王子が、おごそかに頭を下げる。


「君には『賢者の石』として、その命を使ってハルトールのペットを蘇らせてほしい」

「はい! わかりました!」


 ……。

 …………。


 …………ん?


「あ、待ってください。今のはやっぱりナシでお願いします」


 話が違った。


「……ええと。結局ランバーン王子は、ハルトール王子に味方することを決めたわけですか」

「ああ」


 ランバーン王子はあっさりとうなずく。


「エンペリオが蘇れば、ハルトールが帝国と戦争する理由もなくなる。弟に王位を継がせる上での唯一の懸念点がなくなるんだ」

「ああ……。そうも考えられますね。でも逆に、ハルトール王子が王になりたがる理由もなくなるんじゃないですか?」

「王にはなってもらうし、国民のために全力で王政を運営してもらう。ハルトールが断ることはできない。


 ……なるほど。

 蘇ったエンペリオを人質に、ハルトール王子に言うことを聞かせるつもりなのか。


 そう考えると、僕にエンペリオを蘇らせるというのは合理的な一手だ。ハルトール王子がまたエンペリオ復活のために無茶なことをするのを避けつつ、彼に人質という弱点を付与することにもなるわけだから。


「そういうわけだ。もともとはハルトールへのクーデターのために用意した兵力だったが、結果的に弟に利する形で使うことになったな」

「……ランバーン兄様」

「言うことを聞いてくれるな、フィート君?」


 うん。

 うーん。

 う~~~~~ん。


 ……エンペリオを蘇らせれば、たぶん僕は消える。

 ガウスさんの説明でも『賢者の石』で蘇らせられるのは一人きりという話だった。たぶん生命の蘇生に使うエネルギーが莫大すぎて、『賢者の石』の持つエネルギーすべてを消費しないと間に合わないんだ。


 もし万が一、命を繋ぐことができたとして。今度はきっとランバーン王子に消される。

 エンペリオが再度蘇る手段があれば、ハルトール王子がランバーン王子の支配を脱する理由になりかねないからね。

 大量のエネルギーを消費してしまった僕に、ランバーン王子の刺客から逃れることはできないだろう。


 う~~~~~~~~~ん。


 …………。

 死にたくないなぁ。


「フィート君、悪いがそう多く時間はあげられない。即決が難しいなら、決断しやすくしてあげてもいいが」

「やめてください。……いいですよ、ハルトール王子。僕を使って、エンペリオを蘇らせてください」

「よせ、フィー……!」


 水晶玉の奥から声が聞こえ、すぐに聞こえなくなった。

 ……クレール隊長。ごめんなさい。

 お世話になった恩をちっとも返せなくて申し訳ないけれど。でもどうやら、僕に選択の余地はない。


「おい、ちゃんと拘束しておけ。……失礼した、フィート君。決断してくれて嬉しいよ」

「いえ。ただできれば、人質を手荒には扱わないでもらえませんか」

「もちろんだ。必要以上に危害を加えるつもりはまったくないし、目的が果たされればすぐにでも解放しよう」


 ……嘘はない、と信じよう。


「僕としては望外の展開だが……いいのかい、フィート君?」

「いいわけないでしょう。でもこの状況じゃ他にどうしようもない。命にかけられた値札の金額を比べてみれば、僕がすべきことは明白ですから」


 ナイトライト。レイククレセント。ノム。ルビー。デロォン。ニャア。サニー。ガウスさん。ルルさん。フレッド。クレール隊長。ロナ。天馬部隊のみんな。メルフィさん。それにおそらくはルイスも含めた、冒険者ギルドの面々。

 僕の命ひとつでこれだけの命が買えるなら。……まあ、お得な取引ではあるんじゃないかな。


 結局のところ、状況はさっきと変わらない。

 ランバーン王子の頼みを承諾すればそれでいい。たったそれだけで、僕の大事なみんなの命は助かるんだ。


「さて。それじゃあまあ、手早くすませてください」

「ああ。……ありがとう、フィート君」


 仰向けに倒れるハルトール王子に近付き、手を伸ばす。

 ハルトール王子は体を起こし、伸ばされた僕の手をつかんだ。

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