第22話 完全制圧
「……ふ~~」
『みゃ! みゃ!』
「うん、ありがとうデザートムーン。どうやら終わったみたいだよ」
「……。終わった、だって?」
横たわったままのハルトール王太子が、うめき声に近い声で抗議する。
「僕はまだ死んでないよ、フィート君」
「でも、まともに動けない状態ではありますよね?」
「まあね。……ふう。そうだね、この状態で君に突撃するほど、僕もバカじゃない」
実際に
本物と同等の火力を再現するには、ペンダントで制限された状態の魔力では足りなかったららしい。
まあとはいえ、普通の人間が浴びれば死ぬ程度の火力ではあったはずだ。僕もまあ、死んでもいいかと思って放った攻撃だったし。
でもハルトール王太子は死んでいない。きっと魔法生物の移植手術で、耐火性能の高い生物の皮膚でも移植されていたんだろう。
「……いちおう聞いておきますが、ハルトール王太子」
「うん?」
「もう奥の手はないですよね? 正直、どんでん返しはお腹いっぱいですよ」
「あはは。……うん、もう何もないよ。完全に万策尽きた。君の……君たちの勝利さ」
「……なるほど」
少なくとも僕が見た限りでは、ハルトール王太子の言葉に嘘はないように見えた。
……うん。
でもよく考えたら僕、人の嘘とか見抜けないんだった。
あんまし聞いた意味なかったな。
「ま、いいや。とりあえず僕がやるべきことは終わったみたいですし、あとはあなたを見張りながら待たせてもらいますよ」
「好きにするといいさ。今さら僕にはどうすることもできないんだし」
そうさせてもらおう。
『にゃ……?』『ふにゃぉ』『み~~~』
すっかりおとなしくなったエルフキャットたちの面倒を見ながら待つこと数分。
「……お」
メルフィさんのツイスタに新しい記憶が投稿された。
おそらく指輪を見付けた記憶の投稿だろう。思ったよりも早かったなぁ。
さっきのハルトール王太子……いや、もう王太子じゃなくなるのか。ハルトール王子の言葉を借りよう。
長かった夜も、これでようやく終わりだ。
僕はツイスタを操作し、メルフィさんの記憶を再生した。
●
「ふ……ふ。そんな……」
メルフィリア・メイルは苦痛に呻きながら、うつ伏せに横たわっていた。
「こちらカンシーン。冒険者ギルド、制圧完了しました」
「了解。引き続き警戒を怠るな」
「はっ」
聞こえる声のひとつは、王宮内務局局長カンシーンのもの。
そして水晶玉越しにそれに応えるもうひとつの声は、
「ランバーン、にいさま……」
「……カンシーン、レイアードの声が聞こえたぞ。油断するな。実力者は確実に眠らせておけ」
「はっ。失礼いたしました!」
がつんっ!
後頭部に強い衝撃が加えられ、メルフィの意識が遠のいていく。
ブラックアウトする視界の中でメルフィは必死でツイスタを操作した。
なんとか投稿を完了するのとほとんど同時に。
メルフィの意識は、闇の中へと落ちていった。
●
「……え」
なんだ、これ。
「……なんだ。どうしたんだいフィート君。何かあったのか?」
……メルフィさんが投稿した記憶は、何者かに冒険者ギルドが制圧され、メルフィさん自身もまさに意識を奪われる……という内容のものだった。
メルフィさんのつぶやきと記憶の中で聞こえた声からすると、襲撃の主犯はランバーン・クラウゼル第一王子らしい。
……ああもう、まだ続くのか! いい加減終わりでいいだろ。どれだけ奥の手を隠し持っていれば気が済むんだよ、こいつら!
「なあ、フィート君? ツイスタの投稿になにかあったのかい?」
「……もう演技はいいですよ、ハルトール王子」
「演技……? 待ってくれ、僕は本当に何も知らないぞ」
「そんなはずが……」
こつ、こつと。
足音がして、僕は振り返った。
公会堂中央ホールの正面入り口から歩いてきたひとりの男。
男はその手に水晶玉を持っていた。
「ハルトールの言っていることは本当だよ、フィート君。弟は何も知らない」
「……あなたは」
水晶玉には、壮年の男性が映し出されていた。
「ランバーン兄様……?」
「手ひどくやられたらしいな、ハルトール」
ランバーン・クラウゼル第一王子。
冒険者ギルドの制圧劇は、やはりこの人が手を回していたようだ。メルフィさんの記憶とも一致する。
……だけど、よく考えると不思議だ。メルフィさんを含む冒険者ギルドの面々を制圧できるだけの戦力があるなら、最初からそれを動かしていればよかったはずだ。
それにハルトール王子も状況が飲み込めていないように見える。いやまあ、演技だったとしても僕には見抜けないんだけど……とは言え、この状況でそんな演技をする理由も思い付かない。
「兄様、これはいったいどういうことです? この緊急事態に急に連絡が取れなくなったと思ったら、いきなりこんな……」
「……そうだな、口で説明するより、見てもらったほうが早いだろう」
ランバーン王子はそう言うと、水晶玉の向きをずらして自分の背後を映してみせた。
……ああ、くそ。最悪じゃないか。
「……すまないフィート、しくじった」
「クレール隊長を責めないでやってくれ、フィート君。さしもの彼女と言えど、熟練の傭兵部隊からの奇襲は防ぎきれるものじゃない」
水晶玉の中では、僕の恩人……クレール隊長が縛り上げられていた。
……いや、隊長だけじゃないな。ちらりと見えた範囲でも、同じように縛られた天馬部隊隊員や、眠りこける魔法生物たちが見えた。
「説明を補足しよう。ここはフィート君のカフェ、『desert & feed』だ。王立天馬部隊の皆さんがサズラヮの部下たちを制圧したところを、さらに我々が再制圧した形だね」
「…………」
「というわけで。王立天馬部隊に加えて、君の魔法生物たちの大半、ガウス君、ルル、それに彼はフレッド君だったかな。それらすべての生殺与奪の権を私は握っていると、そう考えてほしい。……ああそうそう、冒険者ギルドの面々も同様だね」
「ま……待ってください、ランバーン兄様!」
明らかに動揺した様子で(さすがに演技ではないと思う)、ハルトール王子が話を遮る。
「さっきから話がまったく見えません。奇襲とはいえ天馬部隊を制圧できるクラスの傭兵部隊を、なぜ兄様がそんなにすぐに動かせるんです? それにその戦力があるなら、なぜ僕に教えてくれなかったんです? 最初から僕と兄様が連携していれば、もっと楽に……」
「……困るな、ハルトール。それじゃあ困る」
水晶玉の中で、ランバーン第一王子は深々と息を吐いた。
「この状況に付けられる説明なんてひとつしかないだろう。この程度のことはすぐに理解してくれないと困る」
「……兄様。まさか」
「そう。この傭兵団は、お前へのクーデターのために用意したものだよ」
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