第21話 『賢者の石』の使い方

 戦いはまず、エルフキャットたちの魔力球による連撃からはじまった。

 ハルトール王太子の合図にあわせて、色とりどりの魔力が僕の方に降りそそぐ。


「『魔吸障壁』!」

「そう来ると思ったよ」


 上方に障壁を張って対抗した僕の懐に、ハルトール王太子が潜り込む。

 カフェの時と同じ展開だ。問題ない。どんな攻撃を受けても僕が死ぬことは――


「――じゃ、ない!」


 間一髪、僕はうしろに飛びのいた。


 王太子に触れられたとき、僕は一瞬で意識を奪われた。

 さっき自分で言ってたじゃないか。おそらくは触れることをトリガーにして、彼は『賢者の石』を生命エネルギーに変換する魔法を使えるんだ。


 なんとか回避は間に合いそうだ。ハルトール王太子の手は虚しく空を切――


「……うるぅ」

「!?」


 突然ハルトール王太子の腕が伸び、手が数倍の大きさに膨れ上がる。

 まずい。これじゃ僕の体に触れられてしまう!


『みゃっ!』

「うるおおおおぉっ!!」


 危ないところだった。デザートムーンが自分の体を、王太子の手と僕の体の間に割り込ませる。おかげで僕の体に王太子の手は直接触れられない。

 が、衝撃を殺すことまではできなかった。人間離れした膂力によって僕とデザートムーンはまとめてなぎ払われ、中央ホールの端まで吹き飛ばされる。


『みゃあっ!』

「『大泡』!」


 デザートムーンを抱きかかえた状態で、巨大な泡のクッションで衝撃を緩和する。

 状況がいまいち飲み込めない僕を、ハルトール王太子は待ってくれない。突然王太子の足がバネのように大きく縮み、そして異様な速度で僕の方向に跳びかかってきた。


「人体改造……! それも管理局局長のポジションをほしがった理由のひとつってわけですか」

「うるぉおおおおっぁぁぁあああっく!!!!」


 叫びながら王太子の口が嘴に変化し、炎を吐き出しはじめた。僕とデザートムーンはあわてて二手に分かれ、それを回避する。


 ちなみにこうしている間にもエルフキャット軍団の攻撃は止まっていない。

 なんとか障壁を展開して防いではいるが、王太子の攻撃にも注意を割かざるを得ないこの状況では限界がある。いくつかの攻撃は障壁をすり抜けてしまっているし、その攻撃がいつ僕やデザートムーンに命中してもおかしくない状態だ。


「ぐるああぁっく! ぐるるああぁぁっく!!」

「わ、火噴き鳥の威嚇音だ。珍しい……!」

『みゃ! みゃ!』

「あ、うん。ごめんデザートムーン、そんな場合じゃなかったね」


 どうやら王太子は、自分の体の各部位を既存の魔法生物のそれに変化させられるらしい。すっごい。誰が手術したのか知らないけど、とんでもない超技術だ。


 ふたたび王太子の足が大きく縮む。あれはバネ羽根蛙の脚だな。おそらくまた猛スピードでの突っ込みが来る。

 猛スピードでの突っ込み。うん。この手の攻撃への対処は、ついさっき見付けたところだ。


 空中にこっそりと『魔力の檻』を設置。直線軌道で僕に突っ込んできた王太子は、間違いなくこの檻に捕まるはずだ。

 やっぱり僕、人間以外の生物への対処の方が得、い……


「……あれ」

「ぐるああああっく! ……なんてね。あは、実は僕の場合、知能は人間のままなんだ」


 跳弾。

 ハルトール王太子は天井に跳び、そして天井からふたたび僕の方に跳躍してきた。

 回避は不可能。さっき守ってくれたデザートムーンは近くにいない。


 あっ。これまずいな。


「終わりだ、フィート君」

『みゃ!』


 ハルトール王太子のかぎ爪の付いた手が、僕に向かって振り下ろされる。





 勝った。


 そう確信して、僕……ハルトール・クラウゼルは口元を緩めた。

 フィート君の体勢を見るに、どう考えても回避は不可能だ。魔法による対処も間に合わない。デザートムーン君とも距離がある。


 今夜は予定外のことばかり怒ったけれど、結局のところ最高の結末を迎えることができた。まさか帝国との戦争を待たずして、『賢者の石』の力を手にすることができるとは。


 さあフィート君、長かった夜もこれで終わりだ。

 立ち尽くす彼……『賢者の石』に向かって、僕は手を振り下ろす。


 その瞬間。


「は?」


 フィート君の輪郭が、ぐにゃりと歪んだ。

 おかしい。僕はまだ彼に触れていないのに。


 まるで何かに圧縮されるようにフィート君の形が下に縮み、僕の手は空を切った。


「……っ、く」


 バランスを崩した僕の体は公会堂の床に落下した。素早く転がって体勢を立て直し、フィート君の方向に向き直る。

 ……フィート君は、フィート君の形に戻っていた。意識もはっきりしているように見える。


「ええと。……なんだい今のは」

「僕の形を変えてみました。とっさのことでしたが、うまく行きましたね」

「…………」


 まあ彼のフィート・ベガパークとしての形は、人間に擬態するために『賢者の石』のエネルギーによって成形されたものにすぎない。

 そういうことができても不思議ではないか。


 不思議ではない、けどさぁ。


「ちょっと理不尽すぎないかい? なんでもありじゃないか、そんなの」

「いや、そう言われましても……」


 ……まあいいさ。

 たしかに驚かされはしたが、当然この程度のことで諦めるつもりはない。

 ふたたび僕は自分の脚を変形させ、大きく縮ませる。このバネ羽根カエルを移植した脚は、こうして予備動作として縮めることで超高速、超長距離の跳躍が可能になるのだ。

 移植手術には大きなリスクを伴ったが、その甲斐はあった。フィート君は本当に厄介な相手だけど、こうして身に付けた魔法生物の力があ、れば……


「……お、おい。おいおいおいおいおい」

「いやあ……はは。僕の体、本当に便利ですね」


 


「僕も自分の脚、バネ羽根カエルみたいにしてみました。自分が人間の体をしてるって固定概念を取り払ってしまえば、こんなこともできるみたいです」

「……っ。ほんっとうに! 理不尽だなぁ!!」


 脚に貯めた力を解放し、フィート君に一直線で迫った。

 それに呼応してフィート君も頭上に跳び、僕を回避する。


 よし、ここだ……!


「ぐるああああっく!!」


 口を火噴き鳥の嘴に変化させ、顔を上に向ける。

 タイミングは完璧。火噴き鳥の吐き出す炎は、火龍種などの一部の例外を除けば生物界最高峰の火力を誇るらしい。いま炎を吐き出せばフィート君は確実に丸焦げだ。


 炎によるダメージは致命傷にならないだろうけど、それでも一定時間は意識を奪えるかもしれない。サズラヮ兄様の斬撃でまっぷたつになったときも、しばらくは意識を失ってたみたいだし。

 自分を形を自在に変えられるフィート君に触れるには、まず意識を奪うことが必要不可欠。これこそが僕に残された勝利への道筋……


「ごおおおおおおおおっ!!!!」


 ……などという僕の思惑は、実に浅はかだった。


 頭上に見えたのは、火龍種の中でも最上位に位置する黒火龍ブラックドラゴンの頭部。火噴き鳥など比較にならない業火のブレスが、頭上から降りそそぐ。


 あのねフィート君。再三言わせてもらうけど。

 ちょっと理不尽すぎるぞ、君。


 そんな抗議の声を吐き出す間もなく、僕の体は爆炎に包まれた。

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