第20話 みゃ~~~~~~~~~~~!!!!!!

 『賢者の石』はずっと前に盗み出されていた。

 それを聞いて僕……フィート・ベガパークは思う。

 だったら結局のところ、エンペリオを蘇らせることなんて……


「エンペリオを蘇らせることなんて不可能だ。そう思うかい?」

「そりゃまあ」

「この国の国王になって帝国に戦争を仕掛け、強引に石を奪い取る……という方法は確かに使えなくなった。僕のこれまでの努力は無意味だった。でもね」


 ハルトール王太子は笑う。


「方法はある。失われた石のありかを突き止めればいいのさ」

「そんなことができるとは思えませんが……。盗まれたのが20年前で、しかも当時の状況は盗まれた側の帝国によって隠蔽されているんですよね?」

「うん。当時の状況を今からさかのぼって確認することは難しい。でもねフィート君、それでもわかることはある」

「わかること?」

「帝国の宝物庫の警備は、とても厳重だった。僕自身『賢者の石』を盗み出す方法を検討したからよくわかる。こっそりと忍び込んでお目当ての宝物を盗み出す、なんてことができるものじゃなかったよ」

「……? でも実際に盗み出されてるんですよね」

「そうだね。これが第一の根拠」


 言いながら、王太子はこちらに向かって歩いてくる。


 ……距離を詰められるのはちょっと怖いけど、まあ問題ないだろう。

 ハルトール王太子自身の戦闘能力はそれほどでもない。この場で最も恐れるべきは、うしろのエルフキャット軍団。となれば僕を狙った魔力球連打の攻撃範囲に自ら入ってくる王太子の行動は、むしろ僕にとって歓迎すべきものだ。


「根拠? なんの根拠です?」

「石が帝国から失われたのは20年前。厳密には23年前。時期的な符号、これが第二の根拠」

「……?」


 ハルトール王太子は僕の前、目と鼻の先にまでにたどりついた。


『ふしゃああああっ!』

「大丈夫。大丈夫だよ、デザートムーン」


 実際、問題ないはずだ。戦闘専門のサズラヮ王子相手ならともかく、ハルトール王太子相手ならこの距離で奇襲を受けても負ける気はしない。

 そもそも不意打ちの攻撃で体を切り裂かれても、僕の体は問題ないみたいだしね。

 だからきっとハルトール王太子がここまで近付いてきたのは、単純に僕と話をしやすくするためだろう。


 ……だよね?


「……余裕の表情だね、フィート君」

「え……ええ、まあ」

「それもそうか。君の体は斬られても再生した。それにいざとなったら奥の手がある。魔力制御のペンダントを外せば、君の体には莫大な魔力エネルギーが渦巻いているんだからね」

「なんの話です? いまは『賢者の石』の話をしてるんじゃ……」

「だから、『賢者の石』の話だよ。これが第三、第四の根拠だ」


 …………。

 え?


「僕がこの公会堂に来たのは指輪のためじゃない。フィート君、君に会うためだよ」

「王太子殿下、いったい何を」

「と言っても、結局のところはただの賭けだった。すべての符合が偶然に過ぎない可能性は十分にあった」


 言いながらハルトール王太子は手を伸ばし、僕の肩を掴む。


「……そしてどうやら。僕は賭けに勝ったらしい」

『みゃ……!』


 ハルトール王太子の完璧な笑顔がぐにゃりと崩れ、とても嬉しそうで無邪気な笑みに変わった。


「フィート君。君が、『賢者の石』だ」


 そして、僕の輪郭が歪む。





「……やれやれ、驚いたな。兆候があったとはいえ、まさかこんな急に逃げ出してくるとは」

『ぉ害、なた、れ、ぇすか』

「同情するよ。堅牢と名高い帝国の宝物庫も、まさか宝物が自分で逃げ出すとは想定外だろうな」

『う゛ぁ、ナ、たは、だレ、デスか』

「うん? いや、僕のことはどうでもいい。それよりも君、人間のふりをするならもう少し形を整えなさい。ほら、ここは引っ込めて、ここはもっと色を均一にして……』


 なんだろう、この記憶。


 いや、なんだろうじゃないよ。決まってるじゃないか。

 僕が。『賢者の石』が、帝国の宝物庫を脱げだしてきた直後の記憶だよ。


 今まで忘れてた。まだこの時点では脳の形もちゃんとしてなかったから、記憶の蓄積がうまく行われてなかったんだ。


「……うん、これでよし。だいぶよくなったよ」

『あ、ア……。あ。ぼくは、どうすれば、いいですか』

「ついておいで。君の最初の友達は、もう決めてあるんだ」

『どォ……ともだ、チ』


 ……そう。そうだ。

 この人は。『先生』は、とても大事なことを言っていた気がする。

 忘れちゃいけなかったんだ。今度こそ一字一句覚え漏らさないように、しっかりと聞いていないと。


「名前がないのは不便だな。うん、君は今日から『フィート』と名乗りなさい」

『ふぃぃ、と』

「かつてこの世界に漂流した異世界人が使っていた、距離を表わす単位だよ。すでにある単位に取って代わる理由はまったくなかったんだけれど、一部の地域では今でもこれが距離の単位として使われている。あの素晴らしい人が使っていた言葉なんだから、元々自分たちが使っていたものより優れているに決まってるって理由でね」

『わガん、なぃ』

「はは、ちょっと難しい話だったかな? でも僕は、この名前が君にぴったりだと思うんだ。だって君は、『みゃ~~~~~~~~ん!!!!』だからね」


 …………。


 えっ?

 なんだいまの。なぜか急に猫の鳴き声がして、大事なところが聞き取れなかった。


「いいかい、フィート。君がこれから出会う友達は人間だ。でも彼のことは『みゃっ! みゃっ!』しなきゃいけないよ。だって君は彼とは違う、『みゃあっ! みゃ! みゃ~~~!!』だから」

『ぁ……』

「君は『みゃあ!』じゃない。君は『みゃあ!』じゃない。君は『みゃあ!』じゃない。絶対に忘れちゃいけないよ。有象無象の『みゃっ! みゃっ!』を滅ぼして、君は『ふしゃああああっ!!』になるんだ」


 ちょ……ちょっと待ってくれ。本当になんなんだ。

 猫の声が邪魔で、『先生』の言っていることが聞き取れない。

 これじゃダメだ。僕は結局、『先生』の言っていることを忘れてしまっていた。今度こそしっかりと聞き取って、言いつけのとおりにしなきゃいけないのに。


『みゃ~~~~~!!』


 ああもう! 本当にどうしたんだよ、デザートムーン!

 デロォンじゃあるまいし、いちいち大事なところばっかりこんなに邪魔する必要なんて……


 ……?

 デザートムーン? デロォン?

 誰だっけ、それ?


『みゃ! みゃ! みゃ!』


 ……いや、そうだ。

 デザートムーン。銀毛のエルフキャット。僕のカフェの最初の店員。

 銀色の髪に赤い瞳。砂漠で見えるという赤い月を連想させるその外見から、僕がその名前を付けたんだ。

 なんで忘れてたんだろう。


「いいか、絶対に忘れちゃダメだぞ。『みゃ!』でも『みゃ!』でもなく、『みゃ~~~~~ん』こそがクラス『みゃああああああ!!』」

『うン。ワスれ、なぃ』


 ちがう。

 本当に忘れちゃいけないのは、『先生』の言葉なんかじゃなかった。


「……デザートムーン」

『みゃ!』


 そして。

 僕の輪郭は、ふたたびフィート・ベガパークの形を取り戻す。





「デザートムーン!」

『みゃぁ!』

「……ふう。意識混濁状態から復帰したみたいだね。やれやれ、厄介なことになった」


 気が付くと僕はまた、エウレイア公会堂の中央ホールに立っていた。

 少し離れたところにハルトール王太子。そんな王太子と僕の間に、デザートムーンが立ち塞がっている。


「……守ってくれたんだね、デザートムーン」

『みゃ!』

「本当に、魔法生物ってヤツは便利だね。ごく数秒で『賢者の石』を生命エネルギーに変換するための理論構築はしていたのに、その数秒すら与えてもらえなかった」


 ため息をついて、ハルトール王太子は首を横に振り、


「……ま、仕方ないか」


 そして、魔力を纏わせた手を高く掲げた。


「デザートムーン!」

『みゃ!』

「ガチ戦闘で決着と行こうか」


 うん。

 望むところだよ、ハルトール王太子殿下。

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