第18話 『賢者の石』の使い方
『種族の区別なし! なかよく眠る魔法生物たち #desert&feed #寝顔かわいすぎ #すべての魔法生物好きに届けたい』
『冒険者ギルド、こんな時間に極秘の緊急ミッション中です』
「うん。カフェもギルドも問題ないみたいですね」
「みたいだね。まいったなぁ……」
ツイスタに投稿された2つの記憶……つまりフレッドが投稿した『並んで眠る魔法生物たちの記憶』と、メルフィさんが投稿した『冒険者たちと一緒に物探しをしている記憶』。
これはどちらも僕たちの陣営の勝利を暗に伝えるメッセージだと見て間違いないだろう。
ツイスタを介した通信があれば、水晶玉を持っていない僕でも遠隔地と連絡を取れるというわけだ。
ツイスタへの投稿は強制的に全世界に公開されるので、あまり直接的に状況を伝えるわけにはいかない。
戦いのことが公になれば、ハルトール王太子は僕らのことを正式に反乱分子として宣言せざるを得ない。そうすると王都の全兵士が敵に回って僕らは戦力的に不利になる。王太子としても、メルフィさんがレイアード王子だという主張が公になって、僕らを制圧したあとの世論に悪影響が及ぶのは避けたいはずだ。
つまり現段階でこの夜の一連の戦いが公になることは、僕の陣営にとってもハルトール王太子の陣営にとっても望ましくないのだ。
とはいえ。フレッドとメルフィさんがやったように、一般的な投稿に偽装して状況を伝えることは可能だ(なんでフレッドがいま『desert & feed』にいるのかはわからないけど)。
現に僕も、さっき道すがら記憶を投稿しておいたし。
「そういえばフィート君。さっき投稿してた君の記憶はどういう意味なんだい? 物を叩いたり引っ掻いたりする音だけの、妙な記憶だったけど」
「いや教えないですよ。内緒です」
「あはは、だよね! なんだろう、何かの暗号かなぁ」
うん、暗号といえば暗号ではある。
この世界の人間には絶対に解けない暗号だけど。
「そんなことより、王太子殿下。完全に詰みみたいですね」
「ん……。うん、まあ。王位継承権は、完全にレイアード兄様のものだろうね」
あっけらかんとハルトール王太子は答えた。
相変わらず、その顔には。最初に出会ったときと同じ、あまりにも完璧に調整された笑顔が貼り付けられている。
「いま僕が動かせるまともな戦力は、この便利なエルフキャットたちと僕自身だけだ。そしてその貴重な戦力は、どちらも冒険者ギルドから離れたこの公会堂にいる」
「……ええ。メルフィさんたちが指輪を探し当てる前にギルドに戻るのは不可能に近いでしょう」
「人質になり得たガウス君や魔法生物たちも、どうやら解放されちゃったみたいだし。僕の手元に残しておいた切り札はない。うん、認めるよ。レイアード兄様の勝利を止める方法は、僕にはない」
自分に勝ち目がない理由を淡々と説明するハルトール王太子は、とても落ち着いていた。
あるいは落ち着いているように見えるだけなのだろうか。ああもう。僕ってやつはどうして、こんなに人の真意を探るのが苦手なんだ。
いいや。探り合いは性に合わない。というか僕には無理だ。
直球で聞いてみることにしよう。
「王太子殿下。ひとつ聞いてもいいですか?」
「なにかな?」
「結局あなたは、なぜここまでして国王になりたかったんです?」
「やだなぁフィート君。わかってるんだろう? 帝国と戦争がしたかったからさ」
「答えになってませんよ。なぜ帝国と戦争がしたかったんです?」
「うん。実は『賢者の石』という
「だから、答えになってませんって。なぜ『賢者の石』なんかほしがったんです?」
「石の力で世界を支配したかったのさ。僕を支配し、虐げ、苦しめてきたこの世界に、僕は復讐するんだ」
うん。
やっぱり、ここだ。
「嘘ですよね」
「……なにが?」
「あなたが『賢者の石』をほしがった目的は、世界の支配なんかじゃない」
ハルトール王太子の完璧な笑顔が、一瞬だけ歪んだ気がした。
●
ほう、と。
主のないハルトールの私室で、フェザーオウルのエンペリオが一声鳴いた。
●
『落ち着いてください、兄様。エンペリオが起きちゃうじゃないですか』
メルフィさんの回想の中で、ハルトール王太子はそう言っていた。
フェザーオウルは小型のフクロウ種。一般的な寿命は10年に満たない。ハルトール王太子は少し前にカフェで僕と話したとき、換毛期のエンペリオの世話が大変だと嘆いていた。
『そのエネルギーすべてを使えば、死者すら蘇らせられると言われるエネルギーの塊だぜ。自由に使いこなせれば世界だって思いのままだろうよ。もっとも『賢者の石』は意思を持っていて、邪悪な意思を持つ者には協力を拒むって話だがな』
『desert & feed』での会話の中で、ガウスさんはそう言っていた。
そのエネルギーすべてを使えば、死者すら蘇らせる。人間を蘇らせられるなら、人間以外の魔法生物だってきっと蘇らせられるだろう。
「フェザーオウルのエンペリオを蘇らせる。そのためにあなたは、『賢者の石』を手に入れたかったんですね」
「…………。あ、は」
ハルトール王太子の顔に、歪んだ笑顔が浮かぶ。
はじめて。
はじめて、この人の本当の表情を見た気がする。
「あはっ……うん、正解。すごいね、フィート君」
「いま飼っているエンペリオは、2代目なんですね?」
「や、5代目。最初のエンペリオが僕と出会った時点でそれなりに老鳥だったからね。それと近いのを選ぼうとすると、どうしても先の寿命は短くなっちゃうんだよ」
「…………」
「ま。いくら見た目が近いのを選んでも、最初のエンペリオほど便利なのは見付からないんだけどさ」
「……王太子殿下は、最初のエンペリオのことが本当に好きだったんですね」
「好きだった? バカ言っちゃいけない。あいつが特別な機能の付いた道具だったってだけさ。だからこうして手間を惜しまずにもう一度手に入れようとしている」
自嘲気味に笑って、ハルトール王太子は首を振る。
その両目はどんな暗闇よりも暗く輝いていた。
「僕は諦めないよ、フィート君。エンペリオは必ず蘇らせる。……そのためなら、人間が何人死んだってかまわない」
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