第17話 奥の手いろいろ(味方編)
王国最速を謳われる自分とスノウホワイトでも、あれには追いつけない。
だから彼女は愛馬にまたがろうとはせず、短く指示の言葉を発した。
「ロナ」
「はい!」
ロナ・ファッジがシルフィードにまたがり、飛行開始の合図を送る。
『ぎゅるぉおおおおおおん!!』
「あ、ロナさん! こいつも連れてってくださいっす!」
『にゃ!』
「わ!? 急に投げないでよ!」
フレッドが放り投げたデロォンを槍の穂先でキャッチしつつ、シルフィードに乗ったロナが急浮上する。
追跡目標は
●
『ぐるぅああアあアアあぁあア!!!』
「メルフィさん!」
ルイスの声は悲鳴に近かった。
シュマグ王子がいた場所に突如出現した、人間の5倍はあろうかという巨大な異形の怪物。
冒険者たちの誰かが反応する間もなく、その巨大な手がメルフィのいた場所に振り下ろされていた。
どんな屈強な人間でも、あの手に押し潰されたらミンチは避けられないだろう。そう確信できるほどの巨大で頑丈そうな掌。
その掌のしたから、中性的でどこか楽しげな声が聞こえてくる。
「ふふ……。面白いわね。魔法生物たちの体組織を移植することによる人体改造、といったところかしら?」
『ぐるうウぅ?』
「不思議ね。ハルトールにそんな医療技術があるとは思えないのだけれど、誰があなたをそんな風にしてしまったのかしら?」
怪物の掌の下で、メルフィは平然と立っていた。
「メルフィさん!?」
「ふふ……。大丈夫、縛っている間にシュマグに『軽量化』を使っておいたわ。落下物から身を守るには、結局この魔法が一番よ」
「へ、いや、え? その怪物、もしかしてシュマグ王子なんですか?」
『グるうぅぅアあアアアア!』
名前を呼ばれたせいなのか、怪物……シュマグ・クラウゼルは暴れ出した。
眼、口、鼻、耳。体に空いたあらゆる穴から炎を噴出させながら、空中に飛び上がる。そしてそのまま大の字になって、メルフィに覆い被さるように落下してきた。
「ふふ……。正直ね。ちょっと嬉しいのよ、シュマグ」
『ぐるア!』
まるで蚊でも払うようにメルフィが手を振ると、落ちてきたシュマグは吹き飛ばされて壁に激突した。
「さっきはギルドのみんなの攻撃で気絶しちゃったでしょ? あれはすごくすごく嬉しかったけど……」
『ぐ……グルぁ……』
「でもやっぱり、17年前から私は……いや。僕は思ってたんだ。ずっとずっと」
自分よりはるかに小さいメルフィに気圧され、怯えたように後ずさろうとするシュマグ。だがうしろはついさっき自分が激突した壁だ。
「ふふ……。シュマグ兄様。あなたの顔面を思いっきりぶん殴ったら、どれだけ気持ちいいだろうって!」
『ぐ、グる、ア、あ、ひ』
「ガウスを殺そうとした17年前の恨み! 今ここで、晴らさせてもらうよ!」
「ひいいいいいいぃぃっ!!」
振りかぶったメルフィの拳が止まる。
そこにはすでに怪物はおらず、ただ怯えた様子のシュマグが立っていた。
「ひ……や、やめ……殴らないで……」
「……ふうむ」
メルフィは首を傾げた。
そして数秒ほど考えたのち、
「ぐぼがあっ!」
「うん。別にビジュアルが元に戻ったとて、殴らない理由は特に思い付かないな」
腰の入った右ストレートをもろに顔面に受けて、シュマグの意識はふたたび暗黒に落ちていったのだった。
●
ハエは
それは日常生活において誰もが実体験として体得する知識だ。うっとうしいハエを叩き潰すというただそれだけのことが、なんと困難をきわめることか。
といっても人間がハエを叩き潰すことの困難さは、速度よりもむしろその旋回能力によるところが大きい。実際のところ、一般的なハエの直線距離における飛行速度は時速数十キロ程度にすぎないのだ。
だが生物兵器たる
本来はペガサスが追いつくことなどできるはずもない、そういう生物なのだ。
にもかかわらず。
「『風』『風』『風』!」
『ぎゅるぉおおおおおん!』
ロナ・ファッジのまたがるシルフィードと
タネは単純。シルフィードは、飛びながら駆けている。
翼を振るって推進力とするだけでなく、ロナがタイミングよく生み出す風の足場を踏むことで、その馬としての脚力も速度に変換しているのだ。
もともと地上を走る馬たちと生活を共にしてきたロナと、『誰よりも速く地面の上を走る』シルフィード。この2人だからこそ可能な、空上を走るという超絶技巧。
ロナの魔力が尽きるまでの期間限定ではあるが、この技術使用時のロナたちの速度はクレール・ブライトすら上回る。正真正銘の王国最速だ。
『ぎゅるおおおおぉおおおおん!!』
「『風』! 『風』! いいよシルフィード! あれ捕まえたら、今日は好きなだけにんじん食べさせてあげるからね!」
このままだと、あと数十秒のうちに必ず追いつかれる。
本能によってそれを悟った
ぶわ、と。王都の空に黒い霧が広がる。吸い込んだ者を狂わせる狂気の霧。
しかしその霧は拡散することなく、
「相性差、ってやつだなぁこれ。あたしさ、風魔法が得意なんだよね。得意っていうか、それ以外まともに使えないんだけど」
『ぎゅるおぉ~~ん!』
魔法によって生み出された風で一カ所にまとめられた
そんな彼らを、
『にゃ~~~~ん』
水分の塊が、すっぽりと覆った。
ロナが差し出した槍の穂先。スライムキャットのデロォンは、そこにぶら下がっていた。
というか、より厳密にはお腹に槍がぶっささっていた。
「……ちょっと心配になるなぁ。それ、痛くないんだよね?」
『にゃ!』
ともあれ。
王都の空にて、ロナと
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