第16話 奥の手いろいろ

「うーん。誰もいない夜の公会堂って、ちょっと不気味だなぁ」

『みゃ』


 エウレイア公会堂。商人ギルドが中心となって建設された施設で、大規模な式典の時に使われる。メルフィさんがガウスさんの命を救った場所でもある。

 僕としては特に思い入れのある場所、というわけではない。ただ僕の目的地は『ガウスさんが指輪を隠してもおかしくない場所』である必要があって、この公会堂はその条件を満たしていた。


 もちろん夜間は立ち入り禁止なんだけど、特に取られて困るものもないからだろう。警備はわりとゆるくて、正面扉の施錠だけ魔法で解除すればあっさり侵入できた。


 ……さて。

 理想を言うと、僕の進路から目的地を読んだハルトール王太子がここで待ち構えていてくれるのがベストだ。特に何もないこの公会堂に敵方の一大戦力を引きつけられているってことになるわけだからね。

 まあいくらなんでも、そう上手くいくとは思ってないけど……


「こんばんは、フィート君」

「!」


 中央ホールの真ん中に足を進めたあたりで、背後から声が聞こえた。

 振り返る。……よし。よし!


「王太子殿下」

「うん。かっこよくて素敵な王太子殿下さんだよ」

『ふみゃあ』『みぃ~~』『うにゃ!』


 そこにはハルトール王太子と、20匹を越えるエルフキャットたちがいた。

 完璧だ。どうやら僕のブラフは、ハルトール王太子にも通用したらしい。


「いちおう聞いておこうかな。この公会堂に指輪はあるのかい?」

「……さあ、どうでしょう」

「おや。やっぱり引っかけだったか。ここには何もないんだね」

「……! それは……」

「フィート君は素直だね。その反応で確信できたよ。やっぱり指輪は冒険者ギルドか」


 ……デザートムーンがあきれ顔でこっちを見上げている気がする。うん、やっぱり人間相手の駆け引きは苦手だ。


「い、いや! 今さら気付いたってどうにもなりませんよ。現にあなたという戦力はこの公会堂にいるわけですから」

「まあね。冒険者ギルドも、もしかしたら君のカフェも、僕やサズラヮなしじゃ制圧される可能性が高い。……でも、うん。戦場に出ていたこともあるフィート君なら、知ってるんじゃないかな?」

「……? 何をです?」

「戦いというのは単なる戦力値のくらべっこじゃないってことさ。勝ったと思ったところで思わぬハプニングが起きる、なんて……よくあることだよ」





「ぐ……戦況は……。僕様の憲兵団は……」

「ふふ……。驚いたわ。あれだけの攻撃を受けてずいぶんと早いお目覚めね、シュマグ兄様。ただ残念だけど、決着はすでに付いたわよ」


 シュマグ・クラウゼルが目を覚ましたとき、冒険者ギルドの戦いはすでに終わっていた。

 連れてきていた憲兵団はみな拘束されているようだ。冒険者たちはまた指輪を探しはじめている。だが見付けた指輪はシュマグではなく,メルフィに手渡されるのだろう。


「ぼ……僕様は……終わりなのか……」

「ふふ……。そうでもないわよ。私が王太子になったら、今までのように好き勝手にはさせないつもりだけど。だけどあなたに商才と統率力があるのは確かだものね。今後は王都のためにその力を振るってもらうことに……」

「……ふざけるなよ」


 シュマグの眼が赤く燃える。


 比喩表現ではない。

 シュマグの眼が、本当に赤い炎に包まれていた。


「ふふ……!? シュマグ、あなた……」

「僕様は誰にも負けない。誰の言いなりにもならない。そのためにハルトールのおぞましい話にも乗ったんだ。そのために僕様は、人間をやめることにしたんだ……!!」


 シュマグの皮膚が厚くこわばって、拘束していた縄を引きちぎる。筋肉が膨れ上がり、その体は見る間に元の数倍の大きさになった。喉から絞り出されたうめき声は、もはや人間のそれではない。


『うぐぅうるぅあぁアアアああァあ!!!!!』

「ふふ……。『身体強」


 言い終えるより早く。

 シュマグの巨大な掌が、メルフィに向かって振り下ろされた。





「ひゃははぁっ!!」

「!」


 一瞬の油断があったことは否めない。

 サズラヮの部下たちは制圧ずみ。仮に意識の残っている兵士がひとりやふたり暴れても、近くにいる天馬部隊隊員がすぐに取り押さえられる。


 だがその気の緩みが、致命的な隙となった。

 立ち上がったサズラヮの部下のひとりが、ロナに向かって何かを投げつける。


「あ、ぶなっ!」


 とっさに身をかわすロナ。サズラヮの部下が投げつけた何かはそのまま壁にぶつかり、砕け散った。


 ぶうううううん! 不快な羽音がカフェの店内に響く。


蠅の女王ベルゼマム……!」

「ひゃはあっ! 全員狂わせて道連れだぜぇ!!」

「く、この……!」


 近くにいた天馬部隊隊員が槍の柄で投げた男の頭を突き、昏倒させる。

 男の方はそれで片付いた。だが蠅の女王ベルゼマムの方はそうはいかない。


「く。みんな、霧を吸い込むなよ!」

「大丈夫です、隊長。問題ありません!」

「……! よし、蠅の女王ベルゼマムを確保する!」


 天馬部隊はかつて、キリン騒動の際に蠅の女王ベルゼマムに煮え湯を飲まされている。

 その時の反省から、蠅の女王ベルゼマムは対策済みだった。人間、ペガサスともに、呼吸を止めて戦闘できるよう訓練していたのだ。


 ゆえにこのアクシデントも問題ない。その、はずだったのだが。


「た……隊長! 目標、上空に浮上!」

「な……!」


 窮屈なガラス瓶から解放された蠅の女王ベルゼマムは、突如として与えられたその自由を最大限生かすことにしたようだった。

 すなわちその場に留まろうとせず、上空に向かって飛び去ったのだ。


 考え得る最悪の事態。

 なんせ一般的に、蠅の女王ベルゼマムの飛行速度はペガサスを上回る。逃げに徹された場合、ペガサスでは蠅の女王ベルゼマムに追いつけない。


 そして蠅の女王ベルゼマムなどという生物兵器が人口密集地帯の王都で野放しになってしまえば。

 何人もの命が犠牲になることは、想像に難くなかった。

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