第15話 奪還戦:『desert & feed』

「あ~。喉渇いた~~。お前水持ってね?」

「ねーよ。てかここカフェだろ。飲み物くらいそこらへんにあるんじゃね?」

「飲み物ならそこのティーポットに入ってたぞ」


 『desert & feed』店内。サズラヮの部下たちはそれなりにだらけつつ、しかしそれなりに統制だって警備を続けていた。


「お、サンキュ。……っておい、何も入ってねーじゃねえか!」

「え? っかしいな。さっき持ったときはたぷたぷに中身が入ってたんだが」

「くだんねー嘘ついてんじゃねえよ。はあ、期待して損したぜ」


 それなりに統制だった警備ではあったが、あくまで主な警戒は外部からの侵入者に対して、しかも人間サイズの相手を想定してなされている。

 つまり。元々店内にいた小さめの生物が床をてくてく歩く分には、案外気付かれなかったりするのである。


「ん? なんかあっちで物音がしたような……」

『にゃ~~!』

「なんだ猫か……」


 加えてサズラヮの部下たちは、あまり頭の良い方ではなかった。


 そんなわけで。

 ティーポットから出たスライムキャットのデロォンは、荒れ果てたカフェの中をわりと悠々と歩き回っていたのだった。


 デロォンは戸惑っていた。いつものように心地良い空間ですやすや寝ていたはずが、起きてみるといつの間にかカフェの様子がおかしい。

 だからデロォンは、自分が一番大好きな匂いのする方に歩いて行くことにしたのだ。


『にゃ~~~ん』


 厨房の鍵穴にジャンプして飛びついたデロォンは、そのまま鍵穴の中からとろとろと自分の体を侵入させていく。

 ものの数分で、デロォンは扉を開くことなく厨房への侵入に成功した。


「時間だ。また睡眠魔法追加の時間だぜ」

「わーってるって。はあ、めんどくせ~」


 厨房内にも兵士は2人いるが、彼らは主に囚われている人質たちの様子を見張るのが仕事だった。つまり、扉の方には注意を向けていない。

 『desert & feed』を見張る兵士たちの監視網の隙間を、デロォンはまったくの偶然によってくぐり抜けていた。


 そしてデロォンはついに目的地にたどり着いた。


『にゃ!』


 そう。キリンのニャアのたてがみである。

 ティーポット内に並ぶお気に入りスポットに向かって、デロォンは一目散に駆け出した。


 驚いたのは見張の2人である。

 突如厨房内に響いた足音。完全に虚を突かれた2人だったが、そこは仮にも訓練を受けた兵士。彼らは最低限、自分の役割を果たした。

 すなわち、


「「侵入者だあっ!!」」


 そう叫んだのである。


「な……なにっ! どこから入りやがった!」

「厨房からだ! クソ、マズいぞ! 人質に何かあったら王子にぶっ殺される!」

「おいお前ら、大丈夫か!」


 店内で警備していた兵士がいっせいに厨房に駆けつけ、がらりと扉を開く。

 そして彼らは、


『にゃ?』

「「「「は?」」」」


 戸惑った様子で自分たちを見上げる、1匹の猫を発見したのだった。





「突入」

「「「「はっ!」」」」





「……え?」


 カフェの正面入り口前を見張っていた兵士は、突然自分の体が地面に叩きつけられたことに気付いた。


『ぎゅるおぉ~~~~ん!!』

「なっなにがっ」

「てきしゅっうぼえっ!?」


 状況を理解できないままに、サズラヮの部下たちは次々と跳ね飛ばされ、打ちのめされ、戦闘不能に追い込まれていく。

 馬のいななきと、翼が風を切る音。意識を刈り取られる前にすべての兵士が共通して聞いたのが、それらの音だった。


「て、敵だ! おい、人質を……」

「遅い」

「がはあっ!?」


 最後に、人質に武器を向けようとした厨房内の見張り2人を、室内に乱入してきた白銀の髪の女が槍でなぎ払う。

 店外の兵士が最初に攻撃を受けてから、わずか3秒ほど後のことだった。


「クレール隊長! 店内、店外ともに、確認されていた全兵士の制圧を完了しました!」

「了解した。ありがとう、ロナ」

「お、王立、天馬部隊……!」

『きゅるおぉ~~~ん!』


 銀髪の女……クレール・ブライト王立天馬部隊隊長は大きく息をつき、腰をかがめて戸惑った様子のデロォンを撫でた。


「ふう。なぜか急に見張の兵士たちが店内に注意を向けてくれて、おかげで突入の機会を得ることができたんだ。どうやら君のおかげだったみたいだな」

『……にゃ?』

「……ぐそぉ。聞いてた話と違うぞ。王子は、天馬部隊には今回の一件は伝えてないって……」

「うん? まだ意識があったのか。……そうだな、私たちがこの事態を知ったのは、サズラヮ第二王子から教えられたからじゃない」

「だったら。なんでぇ……」

「彼から聞いたんだよ」


 クレールが扉の方を指し示してみせる。

 ちょうどそのとき。厨房の扉を乱暴に開けて部屋に駆け込んできたのは、


「ああっ! デロォン! 無事でよかったっす! ほ、他のみんなは……」

「見たところ大きなケガはない。眠らされているだけだろう」

「そ、そうっすか! よかった、本当によかったっす……!」


 『desert & feed』店員、フレッド・ムスタだった。





「あれ。どうしたんすか、お頭」

「……ちっ。その様子だと何も知らねえみてえだな」


 日も暮れてかなり経った頃。フレッドの借家を尋ねてきたのはかつての上司、ピーターだった。


「ええと……なんの話っすか?」

「商人ギルドから命令が来た。おそらくシュマグ王子の差し金だ。通りを見張って、ある人物を見たら報告するようにってな。んでもって、その報告対象のひとりがフィート・ベガパークだった」

「え……えええ!? なっ、ど、どういうことっすかお頭! なんで店長がそんなお尋ね者みたいな扱いされてるんすか!?」

「それがわからなかったから俺もお前に聞きに来たんだよ。無駄足だったらしいがな


 ピーターが顔をしかめて頭を掻く。

 こうしてフレッドの家に来ている以上、通りを見張ってフィートを通報しろという命令に従う気はピーターにはないらしかった。


「どうしたもんかな……。フィートには世話になったし、俺にできることはしてやりてえんだが。しかしこの状況、俺たちにできることなんて何もねえよな」

「……いえ、そうでもないっすよ」

「あん?」

「こんな状況で助けになってくれそうな人を、俺はひとり知ってるっす!」


 王立天馬部隊隊員、ロナ・ファッジ。

 かつてスケールスネークの胃袋の中で彼女と仲良くなったフレッドは、連絡が付く水晶玉の位置情報を聞いていた。


「お頭、いつも言ってたっすよね。商人にとって最大の武器は、人との繋がりだって」

「……! はは。俺の下にいた頃はあんだけ物覚えが悪かったクセに、商人じゃなくなってからいっぱしの口をききやがって!」

「へへ、申し訳ないっす!」


 こうして、フィートたちと王族たちの対立は、王立天馬部隊に伝わった。


 そもそも水晶玉はそれなりに高級品である。商店の閉まった夜の王都を進むフィートたちは水晶玉を調達することもできず、味方になってくれそうな人物に連絡を取ることもできない状態だった。

 シュマグの商人ギルドへの影響力を生かし、フィートたちの居場所を把握する。ハルトールたちの取ったこの作戦が、皮肉にも唯一天馬部隊に状況を伝えたのだった。

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