第14話 フィート&デザートムーン vs サズラヮ王子

『……みゃ!』

「うわっ!?」


 サズラヮ王子の曲刀が僕を切り裂くより、ほんの一瞬だけ早く。

 僕の体は何かに弾き飛ばされ、サズラヮの斬撃は空を切った。


「デザートムーン!」

『ふしゃああああっ!』

「へぇ。今度はご主人を守れたな」


 風の魔法球の内部で炎の魔法球を爆発させることによる衝撃波。これを同時に複数発生させることで、デザートムーンが僕を弾き飛ばしたのだ。


「やるじゃねえか、猫ちゃん。だが!」


 サズラヮ王子がにやりと笑う。

 その次の瞬間にはサズラヮ王子は、尻餅をつく僕の頭上で曲刀を振り上げていた。魔力によって無理やり自分を移動させる、本来人体の構造上不可能な動き。


「『摩擦軽減』」

「はぁっ!?」


 そしてそのままサズラヮ王子はあらぬ方向に突っ込んでいき、近くにあった商店の壁に頭から突っ込み、石壁を破壊して店内に転がり込んだ。


「ぐあああっ!?」

「ありがとう、デザートムーン。助かったよ」

『みゃ!』


 サズラヮ王子の超高速移動のタネは、おそらく強大な魔力で自分を押し出すこと。そしてその移動法には弱点がある。

 自分でも知覚できない速度での移動ゆえに、途中で減速するような小回りがきかないのだ。だから『摩擦軽減』のような簡単な魔法にも対応できず、ああして制御を失ってしまう。


 ……それにしても、うん。頭から石壁をぶち破って突っ込むというのは、相当痛そうだ。特に身体強化魔法も使ってなかったみたいだし、サズラヮ王子はこれでリタイアだろう。


「思ったよりあっけなかったけど、これでサズラヮ王子は攻略完了だ。いきなり主戦力の一角が釣れて、しかも倒せるなんて。これはラッキーだったね」


 そうデザートムーンにつぶやいて、僕は安堵のため息を漏らした。





「おい、時間だぜ。睡眠魔法追加すんぞ」

「あーい。……しっかし厳重だなぁ。十分おきに睡眠魔法ってよぉ」

「そんだけやべえんだろ、このガウスとかいう奴が」


 ハルトールとサズラヮがすでに去った、『desert & feed』店内。

 その厨房ではガウスやルル、さらに他の魔法生物たちが眠らされた上で縛られていた。


 厨房で話しているのは、彼らの見張を任されたサズラヮの部下たちだ。

 彼ら以外にも、『desert & feed』の内外にはあちこちにサズラヮの部下が配置されている。これはハルトールの指示だ。フィートやメルフィとの交渉材料として、この店内の捕虜たちは重要だった。


「やべえっつってもなぁ。こいつアレだろ。補助魔法盛り盛りで人数有利もあった上で、うちの王子に負けてんだろ?」

「ばーか。そりゃうちの王子がもっとやべえんだよ。いちおう『クラウゼル三英雄』ってくくりにはなってるけどな。戦闘力で言やぁ、その3人の中でもうちの王子がダントツよ」

「そんなもんか?」

「おーよ。……そういやお前、この隊に来たのが1年前くらいか。帝国と戦ってたときのあの人を知らねえんだな」

「まあな。なんだなんだ、うちの王子はそんなにやべえのか?」

「やべえなんてもんじゃねえよ。はじめてガチで戦ってる人を見たときはビビったね。そうだなぁ。あれを見て俺は……」


 見張のひとりはぶるりと身震いして、


「……こいつは人間じゃねえ。そう思ったよ」





「……お前がラッキーだったか、そうじゃないか。そりゃあまだわからねえが」


 背後から聞こえてきた声に、僕とデザートムーンは素早く振り返る。


「しかし少なくとも、これで俺を倒したってのは早計じゃねえか?」

「……化け物ですね。これだけのダメージを負って、なんで普通に立ってられるんですか」

「お前にだけは言われたくねえよ」

「そうでした」


 石壁の中からふたたびサズラヮ王子が姿を現わす。

 特にダメージが無効化されるわけではないらしく、頭から普通にシャレにならない量の血を流していた。一刻も早く治療を受けるべきだと思う。

 しかしそんな状態にもかかわらず、サズラヮ王子は一向に傷を気にする様子を見せない。僕の方を見て獰猛な笑みを浮かべる。


「はん。しかしこんな小細工で対抗してくるってことは……どうやらお前、そのペンダントを外す気はなさそうだな」

「こちらにもいろいろと事情がありまして」

「そうか。ちと残念ではあるが、まあいいさ。それを付けた状態のお前でも、それなりに食いではありそうだからなぁ!」


 サズラヮ王子が大股でこちらに近付いてくる。どうやら戦闘を続ける気満々らしい。

 また摩擦軽減を使われることを恐れてか、魔力による高速接近は使わないようだ。


 ……うん、そうだな。だったらこちらの次の手は決まった。


「『風の箱舟』!」

『みゃん、みゃん、みゃ~~~ん』

「く……ははっ! 舐めてんなぁ、お前ら!」


 僕の体が地面をすべるように動き、デザートムーンが風の魔法球+炎の魔法球による衝撃波で空中を跳ねるように移動する(ちなみに水の魔法球で自分へのダメージをなくしつつ衝撃波だけを伝えている。かしこい)。

 どちらも人間が普通に移動するより速い速度で、サズラヮ王子から遠ざかる方向への移動だ。普通に歩いては追いつけないだろう。


「その移動法、たぶん射程距離はそんなに長くないですよね? ぐずぐずしてると、圏外に出ちゃいますよ」

「ははっ! いいぜ。お望み通り高速移動で追いついてやんよ!」


 サズラヮ王子の姿が消える。瞬間、僕はまた対応して魔法を使う。


「ただし! 移動先は空中だがなぁ!」

「!」


 サズラヮ王子は僕の目の前に現われる。今度はどこか違う方向に突っ込んでいく様子もない。

 よく見るとサズラヮ王子の足は地面に接していない。魔力で自分を射出したんだ。

 空気摩擦は地面との摩擦と比べてはるかに小さい。その摩擦を魔法で多少軽減されても、当初の予定地点と変わらない場所に移動できるというわけだ。

 かしこい。


 かしこい、が。


「……あ? なんだ、体が動かね……」


 僕がさっき使った魔法は『摩擦軽減』ではない。

 『魔力の檻』。設置型で、突っ込んできた対象の動きを一時的に止める魔法。


 拘束された側からの対策は簡単で、単純にものすごい力を込めれば振りほどける。

 たぶんサズラヮ王子も、地面に足を付けた状態ならすぐに振りほどけただろう。でもサズラヮ王子はいま空中にいる。


「てめ……っ! 俺の行動を誘導して……!」

「『魔力の天槍』!」

『みゃああああああああっ!』


 それでもサズラヮ王子なら、数秒あれば檻を振りほどけたかも知れない。だが数秒あれば十分だ。

 超高濃度の魔力の槍と、数十個の魔法球からの同時攻撃。

 僕とデザートムーンの全力の魔法がサズラヮ王子を貫いた。


「がああああああああああっ!!!!!!」


 相手の思考のルーチンを読み、行動を誘導して罠にハメる。

 この手の策略は実はけっこう得意分野だ。まあと言っても、人間相手にはさっき初めてやったんだけど。


 うん。こんなことを言ったらよくないかもしれないけど。サズラヮ王子の思考ルーチンが、人間よりも獣に近くて助かった。

 『desert & feed』の魔法生物たちを人質に脅されたりしたら、正直どうしようもなかったし。


「……デザートムーン。僕やっぱり、人間じゃない生物相手の方が得意っぽいね」

『みゃ~ぅ』


 今さらかよ、と言わんばかりにデザートムーンが鳴く。

 まあ、何はともあれ。サズラヮ第二王子の無力化に、今度こそ僕たちは成功したのだった。

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