第13話 冒険者ギルドにて

 冒険者ギルドには、ふたつの大きな役割がある。

 ひとつは依頼の仲介者としての役割。魔物の討伐に隊商の護衛、危険地帯からの物資採取などなど。英雄ルークの活躍で王都付近の魔物は激減したが、腕っ節が強く信頼の置ける冒険者の需要は常にある。

 もうひとつは宿泊施設としての役割だ。冒険者ギルドは、根無し草の冒険者たちが無料で宿泊できる施設を提供している。この宿泊施設には常時20人前後の冒険者が滞在しており、加えてギルド職員の一部もここで寝起きしている。


 元冒険者ギルド受付嬢にして現『desert & feed』従業員のルイスは、いまだに職場近くの住居を見付けられず、この宿泊施設で暮らしていた。

 すでに日が沈んでかなり時間が経っている。普段ならこの時間はベッドに潜り込んでムーちゃんとのふれあい記憶をシャッフル再生しているところ、なのだが。


「おい、そこの金髪女! サボってるだろう! 僕様の目はごまかせないぞ!」

「……は~~い。すいませ~~ん」


 ため息をついたルイスは、ふたたび備え付けの引き出しの中身をひっくり返す作業に戻った。


 理知的で穏やかなランバーン第一王子。圧倒的な強さを持ち、クラウゼル三英雄の中でも最強と目されるサズラヮ第二王子。快活でどんな人間にも分け隔てなく接するウーリ第三王子。そして言わずと知れた人気者、ハルトール第六王子。

 基本的に王都民から好かれている王子たちの中で、唯一蛇蝎のごとく嫌われている男。それが、第四王子であるシュマグ・クラウゼルだ。

 商人ギルドに蛭のように吸い付き、あらゆる手段を以て王都民から搾取する。彼の行動原理は、とにかく金だった。

 

 そんな彼が少し前に大量の憲兵を連れてこのギルドに現われた。そして宿泊施設にいた全員に、冒険者ギルド内に隠された指輪を見付けて差し出すよう命じたのだ。

 なんらかの黒い目的があることは明らかだった。とはいえそれがどんな目的なのかは見当も付かない。それに完全武装の憲兵に囲まれた第四王子に楯突くというのは、命知らずな冒険者たちの基準においてもかなり無謀な行動だった。


 というわけで。ルイスを含む数十人は、小さな指輪を求めて冒険者ギルド内を探し回っているのだった。


「おい馬鹿、重いって! もうちょっと軽くしろよ!」

「メルフィさんじゃねえんだ。そんなに『軽量化』使いこなせねえよ。お前こそこのくらいのタンス、自力でなんとかしろ」

「できるか! 俺はガウスさんじゃねえんだぞ!」


 隣の部屋で、冒険者たちが醜い争いを繰り広げている。

 たしかにこの場面でガウスさんやメルフィさんがいないのは痛い。たしか『desert & feed』に行くと言っていたが、まだ帰ってこないんだろうか。引き出しの奥からくしゃくしゃになった誰かの借用書を引っ張り出しながら、ルイスはそんなことを考えてまたため息をついた。


 と、そんな時。


「あ、メルフィさん! おかえりなさい!」

「よかった、帰ってきたんですね!」


 ギルドの正面ホールの方から、そんな声が聞こえてきた。


「……ふー。よかった。夜更かしせずにすみそうだ」


 今度は安堵のため息をついて、ルイスは正面ホールの方に向かった。

 メルフィリア・メイルは補助魔法……中でも生活魔法にきわめて長けた魔法使いだ。探し物においてこれほどありがたい人物はいない。

 彼女が帰ってきてくれたなら、こんな指輪探しイベントもすぐ片付くだろう。


 そう思ってルイスは正面ホールに顔を出した、のだが。


「……え?」


 そこにあった光景は完全に予想外だった。

 1匹のグリフォン……サニーを引き連れたメルフィが、ホールの入り口に立っている。そしてそんな彼女に、シュマグ第四王子の引き連れる憲兵たちが槍を突きつけている。


「やあやあやあ! 久しぶりだね、レイアー……あー……メルなんとか・メール! また会うとは思わなかったよ!」

「ふふ……。ええ、お久しぶり。あなたもこの一件に噛んでたのね」

「そうとも! ようやくハルトールの手を逃れたと思ったら、今度は僕様がお前の前に立ち塞がるのさ。どうだ、驚いたかい?」

「ふふ……。そうね、驚いたわ。17年前はずいぶん偉そうなことを言っていたあなたが、今じゃすっかりハルトールの小間使いなんだもの」

「……殺せ」

「「「はっ!!」」」


 シュマグの命令に応じて、憲兵たちがメルフィを刺し殺すべく槍を突き出す。

 が、その槍は生成された大量の魔力の盾によって防がれた。

 見ていた冒険者たちがとっさに盾を生成し、メルフィを守ったのだ。シュマグが舌打ちして振り返る。


「おい。下級国民の分際で何してるんだ、冒険者ども」

「そ……そっちこと何するんだ、ですか、シュマグ王子!」

「なぜ君たちごときに質問の権利があると思っているのか……いや、いい。教えてやろう。この女は王国に対する反逆者なのさ」

「なっ……!」


 驚く冒険者たちに、シュマグは片眉を上げてあざけった。


「詳しい経緯を知る必要はない。だがこれだけは覚えておけ。この女は国家の敵で、この女を助ける人間も国家の敵だ」

「…………」

「さて、冒険者諸君。次に僕様たちの邪魔をしたら、お前たちは一生犯罪者だ。それだけのリスクを背負ってでもこいつを助けるだけの覚悟が……お前たちにあるかな?」


 そう言ってシュマグは、あざ笑うように唇を歪めてみせた。

 そして次の瞬間。そんなシュマグの顔面に、大量の魔法攻撃が一斉に命中した。


「がぼあばぼがばっ!!??」

「シュマグ様あっ!?」

「……覚悟? あるに決まってるでしょ。ガウスさんとメルフィさんが赤ん坊の私を見付けてくれなかったら、私は路地裏で凍死してた」

「ルイスの言うとおりだぜ。俺たちギルド職員は、ほとんど全員があのふたりに保護された孤児なんだよ」

「かつての腐った冒険者ギルドのせいで、アタシの恋人は満足な武器も買いそろえられずに魔物に殺された。ありがとなシュマグ。あんたのおかげで、ギルドを一新してくれたふたりに恩返しする機会ができた!」

「くそ、これだから冒険者は野蛮で嫌いなんだ! 我ら憲兵団、シュマグ様をお守りするぞ!」


 夜の冒険者ギルドがにわかに活気づく。憲兵たちに魔法を放つ者。自室に戻って武器を取ってくる者。憲兵たちもそれに応戦する。


「ふふ……。ありがとう、みんな」


 こうして、冒険者ギルドの戦いは始まった。





「……んん。今さら不安になってきた。あのハルトール王太子に、僕の考えたブラフなんかが通じるかなぁ」

『みゃ~~』


 夜の大通りを歩きながら、僕はぼやく。明かりひとつない夜の道は本当に真っ暗で、目の前に浮かぶ『照明魔法』の小さな光だけが道を照らしていた。


「できればこのへんで、ハルトール王太子がサズラヮ王子あたりが襲撃してくれると、僕としても安心なんだけど」

「その願い、叶えてやるよ」

「え」


 突如聞こえたサズラヮ王子の声。

 さすがに3回目ともなると慣れたものだ。僕にも『あ、これまたまっぷたつにされるヤツだ』と思考する程度の余裕はあった。

 でもそれだけだった。夜に紛れて突如襲撃してきたサズラヮ王子の曲刀が僕の腹部に襲いかかる。それを回避する余裕は、ない。

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