第12話 敵サイド

「……いたた」

「遅かったな、ハルトール。何してたんだ?」


 『desert & feed』店内に顔をさすりながらハルトールが入るのを、サズラヮが迎え入れた。

 店内、特にカフェエリアは荒れ放題に散らかっており、つい先ほどまでここで激しい戦闘があったことを示している。だがその戦いの一方の当事者であるガウスやルル、ナイトライトの姿は既にそこにはなかった。


「何って、気絶してたんですよ。本当に痛かった……」

「はは、あれは痛そうだったなぁ」

「自分の顔面の骨が砕け散るのを感じる、というのはなかなか貴重な体験でした。ま、とはいえこのくらいで済んだのは対策の成果でしょう」


 ハルトールは痛そうに顔をしかめる。が、その顔面に目立った傷の跡はない。


「戦況はどうなってます?」

「おおむね片付いた。捕まえた奴らは全員気絶させるか眠らせるかして、そこの厨房にまとめて突っ込んでる。部下を何人か割いて見張らせてるよ」

「いえーーい! 見張ってるぜーー!!」

「相変わらず無意味に騒がしい部下ですね。……しかしその言い方から察するに、何人かは取り逃したんですね?」

「レイアードとデザートムーン、あとグリフォンに逃げられた。あと、フィート・ベガパークも持って行かれたな」

「……レイアード兄様とフィート君。一番大事な2つを取り逃してるじゃないですか」

「問題ねえよ。ついさっきシュマグから連絡が来て、居場所は知れてる」


 言って、サズラヮは床に広げた紙を示した。

 紙には王都の地図が記されており、さらにいくつかの地点に赤と青の印が付けられている。


「赤はレイアードとグリフォン、青はフィートとデザートムーンの目撃情報があった地点だ。ちなみにフィートは普通に歩いてたらしいぜ」

「……うん。やっぱり、フィート君が立っていたように見えたのは見間違いじゃなかったんですね」

「言っとくが、確かに俺はあいつを斬ったぞ。幻術のたぐいじゃねえ」

「わかってますよ。僕はともかくサズラヮ兄様が幻術に騙されることはありえない。ただ単純に、フィート君が僕の予想以上に人間離れしてたってだけです。いや、人間離れというか、ここまで来ると生き物離れしてますが……」


 ハルトールは頭を振って思考を切り替える。切断されてもくっつく異常生命体のことはひとまず置いておこう。いま重要なのは、レイアード第五王子の復位を阻止することだ。


「さて。シュマグ兄様の監視網はうまく機能しているみたいですね」

「おう。商人ってのは便利なもんだな。みんな緊急連絡用の水晶玉を持ってるし、こんな時間に通りの監視を命令されても金さえ約束すれば文句も言わねえ。レイアードたちは夜に紛れて隠れ急いでるつもりだろうが、商人ギルドを掌握しているシュマグなら簡単に居場所を把握できるってわけだ」

「……赤がレイアード兄様で、青がフィート君? いったいなぜ、この状況で二手に分かれる必要があるんです?」

「さあ? 知らねえが、別にどうだっていいだろ。俺たちが警戒しなきゃいけないのは、冒険者ギルドに向かってるレイアードの方だけだ。なんせギルドに隠されてる指輪さえ確保できれば、俺たちの勝ちなんだからな」

「……いえ。もしかしたら僕たちは、騙されていたのかもしれません」

「あん?」


 ハルトールは、地図をなぞりながらつぶやくように話す。


「……そうだ。レイアード兄様の正体を示す指輪が冒険者ギルドにある、というのはガウス・グライアの口から語られたにすぎない。僕は集音魔法でカフェ内の会話を聞いていましたが、見てはいなかった。たとえばレイアード兄様が筆談か何かで、ガウスにそう言うように指示していたとしたら……」

「はあ? なんのためにそんなことするんだよ」

「もちろん、僕たちの注意をギルドに集中させるためです。僕がレイアード兄様を見張っていたことは、兄様なら感づいていたかもしれない。だから僕たちが冒険者ギルドに戦力を集中させることを狙って、ギルドに指輪があるという嘘を僕たちに伝えた」

「……いちおう筋は通ってるな。だがハルトール、考えすぎじゃねえか?」

「かもしれません。しかしこの状況で、重要な戦力であるフィート君が冒険者ギルドに向かっていないのは気になる。もしやフィート君が向かっている場所こそ、真の指輪の隠し場所なのでは……?」


 実際のところ。

 


 指輪は本当に冒険者ギルドに隠されているし、メルフィは自分が監視されていることに気付いていなかった。フィートの進行方向には、特に何もない。

 ハルトールやエルフキャット軍団、サズラヮといった戦力を一気に冒険者ギルドに注ぎ込めば、メルフィが指輪を手に入れる前に制圧できる可能性はきわめて高い。


 だがフィートがメルフィと別れたことで、ハルトールの脳内に迷いが生じることになった。


「……フィート君の方に戦力を差し向けるか? いやでも、今度こそフィート君はペンダントを外して戦ってくるはずだ。となれば中途半端な戦力投入は無意味。冒険者ギルドとフィート君追跡の両方に割くためには、手元の戦力では不足する」

「なあ。戦力が足りないなら、やっぱ直接の部下以外にも動員かけるべきじゃないか? 特に王立天馬部隊あたり、動かせればだいぶ楽になるだろ」

「ダメです。僕はまだ王太子で、兵士たちに直接命令を下す権限を持っていない。特にフィート君と関わりの深い王立天馬部隊は、状況を知れば彼に味方しかねない。むしろ今回の件が彼女たちに伝わることは絶対に避けなくてはならないんです」

「ふん……。そんなもんかね。でもだったらどうするんだ?」

「もちろん決断するんですよ。フィート君を追うか、冒険者ギルドに向かうか。二者択一、外したら負け濃厚です」


 あまり時間はない。ハルトールは脳を回転させる。

 あらゆる要素を無視しない。監視が気付かれていた蓋然性。ガウス・グライアの演技力。各地点における戦力比。フィート・ベガパークの思考能力。…………。


 10秒ほど考え込んだあと、ハルトールは顔を上げた。


「決めました。。フィート君の行動は、ブラフである可能性が高い」

「了解。ま、お前がそう言うならそうなんだろうよ」


 魔力。知性。統率力。美貌。演技力。

 様々な長所を持つハルトール・クラウゼルの最大の武器は、それでも人間観察能力である。

 フィートのブラフは、ハルトールには通じなかった。


 結局のところ。

 勝者には勝者たるゆえんがあるのであり、ゆえに勝者は常に勝者なのだ。






 ……しかし。


「お、王太子殿下! 王太子殿下!」

「……僕の水晶玉か。うん、僕は優しくて素敵な王太子殿下さんだけどね。悪いけど緊急事態なんだ。報告なら後にして……」

「いえ、それが! その、きっ、こっ、こちらも緊急事態でして!」


 しかし。

 この複雑きわまる世界では、時に勝者の定義すらも書き換わる。





「おい、ハルトール。いまいち理解できなかったんだが、今のは一体なんの通信だったんだ?」

「………………フィート君に」

「あん?」

「フィート君に、全戦力を投入します」


 ぎらつく目で、ハルトールはそう宣言した。

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