第11話 夜に駆ける/夜に賭ける/夜に欠ける

 がたんごとん。がたんごとん。

 どうやら、世界が揺れている。


『みゃ~~!』

「きゃーっ! ムーちゃんこっち向いてー!」

『くうぁああ~~っ!!』

「うんうん。わかるよサニーちゃん、その気持ち」


 遠くの方で楽しげな声が聞こえる。

 デザートムーン。魔法生物のみんな。カフェのお客さんたち。

 かつてルークに話した夢そのままの素敵な空間。


『――――――』

『SHHHHH....!』

『みゅ~~~』

「ノム! こっちのごはんもおいしいっすよ!」

「ふふ……。楽しいわね」

「いやぁ、ほんとだな。メルフィよぉ~~」


 町を破壊したキリン。威圧的な見た目のスケールスネーク。人々から恐れられていたエルフキャット。

 今や誰もそんなこと気にしていない。互いが互いを容認できる素晴らしい世界。

 僕は言うことを聞かない体を必死で動かして、その世界に近付いていく。


『きゃんっ! きゃんっ!』

『くぉ~~~ん』

『にゃあ』

「近付いてきてる。……辛い決断をさせてしまってすみません、クレールさん」

「気にするな。一番辛いのは君だろう」


 ああ。やっとたどり着いた。

 僕はその幸せな世界に、無理やり自分の体をねじり入れる。


 ぼとり、と。僕の体が、『desert & feed』に滴った。


「……来たか、フィート」

『るぅぅぅぅ……ク?』

「はぁ……。勇者が魔王を倒して大団円なんて、いくらなんでも物語として捻りがなさすぎる。俺はもうちょっと予想を裏切る展開の方が好みだったぜ」


 ルークが剣を構えている。子供の頃に何度も見た光景だ。

 だけどなぜだろう。ルークが構える剣の切っ先が、僕の方を向いている。


『るゥく。ボくはァ、かふェをひら、カフェ、かっカッかふぇふぇふぇフェ』

「みんな下がって。決着を付けようか、フィート」

『ふぇっ、ふぇ、フェふぇふぇへぇふふへはははひはははひひふへひひひははははふっはぇひひっふふははふへ』


 なぜだろう。さっきまでみんな楽しそうだったのに、いまは誰も楽しそうじゃない。

 なぜだろう。僕が大好きだったみんなが、僕に怯えた視線を向けている。

 なぜだろう。なぜだろう。なぜだっだっだっだだだだダだだダダだっ、は、だらららららるだだダだだダだだダダっだっだダダダダだだダダダっ


『……みゃ?』


 ――――あア、そうカ。

 ボくが、化ケモのダカラか。





 がたんごとん。がたんごとん。

 どうやら、世界が揺れている。


『みゃ! みゃあ!』

『くぁ~~~っ!』

「…………。デザートムーン。それに、サニー?」


 無意識のうちにこぼれた僕の言葉は、ちゃんと人間のものだった。

 なぜだかはわからないけれど。たったそれだけの事実に、僕はたまらなく安堵した。


「ふふ……。起きたのね、フィート君」

「……メルフィさん」

「ずいぶんとうなされてたみたいね」

「ひどい悪夢を見た気がします。内容はよく覚えてないんですが……」


 次第に思考がはっきりしてきた。

 僕はいま、走るサニーの背中であおむけに横になっているらしい。お腹の上にはデザートムーンが座っていて、どこか心配そうに僕の方を見つめている。

 僕が頭を預けているのはメルフィさんだろう。まるで馬のようにサニーにまたがっている。


「記憶はどうかしら? 自分がどうなったか覚えてる?」

「……たしか。サズラヮ王子に、まっぷたつに切断された気がします」

「ふふ……。そうね。その通りよ」


 自分のお腹を見てみる。デザートムーンが乗っているおかげでわかりづらいけれど、たぶん繋がっているんじゃないだろうか。

 身に付けていた服もすぱっと切り裂かれたらしく、お腹のところだけ素肌が露出している。夜の冷たい風が当たって、ちょっとばかり肌寒い。


「んん。メルフィさん、僕って人間じゃないんですかね」

「ふふ……。まあ状況を見る限り、明らかにそうね。ショックかしら?」

「いえ、別に。それ自体はどうってことないんですが。だけど」


 種族:人間というプロフィールに特にこだわりがあるわけではない。

 というかフィート・ベガパーク人間じゃない説はたまにルークが唱えてたし。今さらと言えば今さらだ。


 だけど。


「だけど?」

「……いえ。今は僕の個人的な悩みのことは置いておきましょう。そんな場合じゃない。僕がいったん死んだあと、何が起きたのか教えてください」

「個人的な悩みて。ふふ……。すごい割り切り方ね。いいわ、説明する」


 ハルトール王太子とサズラヮ王子の攻撃から、メルフィさんはどうやって逃げた? いま僕たちはどこに向かってる? これから何をすればいい?

 そしてなにより。メルフィさんとデザートムーン、サニー以外のみんなはどこに行ったんだ?


 サニーの背で揺られながら、メルフィさんは語る。


 カフェの魔法生物たちの猛攻。ナイトライトによるエルフキャット軍団封じ。意識のない僕が作り出したらしい魔力障壁。メルフィさんが見抜いた王太子のもくろみ。カフェからの撤退。サズラヮ王子の部下たちの交戦。


「ふふ……。初めはね。サズラヮの部下たちの戦いは、こちら有利に進んだわ」

「そうでしょう。いくら強くたって普通の人間の部隊相手なら、うちの子たちはそうそう負けないですよ」

「そうね。本当に強かった。あのまま行けば、誰ひとり欠けることなくカフェを離れられたと思う。……でもね。形勢不利を悟った敵は、切り札を切ってきたの」

「切り札?」

「狂気の霧。帝国最強の生物兵器、蠅の女王ベルゼマムよ」


 ……そう来たか。


 かつてキリンのニャアに寄生していた蠅の女王ベルゼマムは、すでに処分されている。蠅の女王ベルゼマムを『魔獣』とする立場を取っているクラウゼル王国が蠅の女王ベルゼマムを保持しておくことは、国際協約上許されないからだ。


 だけど思えば、そうだ。かつてニャアが蠅の女王ベルゼマムに寄生されて暴れていたとき、同時に魔法生物管理局でも収容違反が起きていた。

 あのとき、管理局の魔法生物たちも狂気の霧を吸入していたと聞く。つまりハルトール王太子の管理する蠅の女王ベルゼマムは、2匹いたんだ。


「どうやらサズラヮの部下たちは、帝国兵たちと同じように狂気の霧の影響下でも敵だけを攻撃するよう訓練を受けていたようだったわ。敵の超強化に加えて霧で動きを制限されて、私たちは次第に追い詰められていった。正直、もうダメかと思ったわ」

「……どうやって切り抜けたんです?」

「ニャアちゃんが霧を吸い込むことも厭わず敵の集団に切り込んで、突破口を開いてくれたのよ。あれがなければ、間違いなくあそこで全滅だった。……それでも逃げられたのは私とデザートムーンちゃんに、フィート君を背中に乗せたサニーちゃんだけだったけど、ね」


 ……そうか。ニャアが。

 ニャアはかつて狂気の霧に呑まれた経験がある。おそらく霧への恐怖心は、人一番強かったはずだ。


「ふふ……。ニャアちゃんを含めたみんなの奮闘のおかげで、なんとか希望は繋がっているわ。すぐに冒険者ギルドに向かい、ハルトールの部下たちを制圧して、ガウスが隠した指輪を見付ける。それで私たちの勝ちよ」

「……メルフィさん。ひとつ考えがあります」

「ふふ……。なにかしら?」


 ニャアが、みんながつないでくれた希望を無駄にはできない。

 ならば、僕の取るべき行動はひとつだ。


「僕は冒険者ギルドには向かいません」

「……え?」

「うまく行けば、ハルトール王太子を罠にハメることができるかもしれない」


 相手の思考のルーチンを読み、行動を誘導して罠にハメる。

 この手の策略は実はけっこう得意分野だ。まあと言っても、人間相手にやるのは初めてだけなんど。

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