第8話 まっぷたつ
「ふふ……。そんなわけで、以上。一部私の想像で補ってはいるけれども、これがかつて私が経験した話の一部始終よ」
長い物語を語り終えたメルフィさんが紅茶をすすり、ほうと息をついた。
……メルフィさんが、クラウゼル王国の第五王子。いまだに信じがたいけれど、どうやら信じるほかなさそうだ。ハルトール王太子との不可解な繋がりや、常人離れした魔力なんかもこれで説明が付く。
「ふふ……。だから、まあ。ルル・マイヤーだったかしら。あなたの言うことは正しい。私は自分のために王族の責任を投げ捨てた。責められても文句は言えないわね」
「別に、7歳の子供の判断を責めるなんて無駄なことをするつもりはないっすけどね……。ただウチは、あなたには義務があるってことをわかってもらいたかっただけですよ」
「義務?」
「私に協力する義務ですよ。……いまハルトールは王太子の立場にいます。病身の国王の寿命が尽きたら、あの男が王位を継ぐことになるんだ……」
本来ならそれは喜ばしいことのはずだ。ハルトール・クラウゼルは能力、人格、人望のどれを取っても非の打ち所のない理想的な王子。彼が王位を継げば、王国のさらなる発展は約束されているようなもの。
国の誰もがそう思っている。僕だってつい先ほどまでは同じように思っていた。
だけど、ルルさんの言うことが正しいなら。
ハルトール王太子はハスターさんとウーリ王子を殺害した危険人物だ。王の地位を手に入れたときに何をするか、予想が付かない。
「だがよぉ、ルル・マイヤー。結局のとこ、俺たちに何をさせたいんだ? お前が俺たちの弱みを握ってることはわかったし、それがなくても国の危機だってんなら協力はさせてもらう。だがメルフィに王宮との繋がりなんて残ってないし、王太子の悪事を暴くことについては大して力になれねえと思うぜ」
「悪事を暴く、なんてめんどいことはしませんよ……。それにそこの王子様の正体は弱みなんかじゃない。むしろ最大の強みです」
「あん?」
「ことは単純です。ハルトールの目的や過去の悪行はいったん無視。レイアード・クラウゼルが立場を明かし、王宮に戻ればいい」
……あ。
ああ!
我ながら血の巡りが悪くて嫌になるけど、そこでようやく僕はルルさんの意図を理解した。
「メルフィさんは、王位継承権を放棄していない……!」
「はいフィート君正解。2年前に第一王子から第四王子までがそろって王位継承権を放棄し、ハルトールは王太子となった。でも当然、メルフィリア・メイルとして楽しい冒険生活を送っていたレイアード第五王子だけは、王位継承権の放棄を行っていない……」
「ふふ……。そうね。つまり王宮に戻れば、私が第一位の王位継承権保持者。王太子の地位を得ることになる」
「ま……待て。待て待て待て」
ガウスさんが首を横に振る。
「一度捨てた王子の立場にメルフィを戻すってのか? そんなのはダメだ。いくら王国のためだからって、メルフィがひとりで不幸を背負い込む必要はねえはずだ。何か別の方法を……」
「ハルトールは、王になったあと帝国との戦争を再開するつもりです」
「……なんだと」
「って、ウーリ王子が言ってたのを立ち聞きしただけですけどね。……詳しくお話ししますよ。ちょっと刺激的な話かもしれませんけど」
さすがにここまで語られてきた以上に刺激的な話なんてないだろう……という僕の判断は甘かった。
ハルトール王太子の企み。エルフキャット捕獲作戦の真の目的。魔法生物管理局の私物化とエルフキャットたちの兵器運用。それらすべては確実な王位継承と、その後の帝国との戦争のため。
心底不快な話の連続だった。そしてハルトール王太子の最終的な目的は、
「帝国の至宝『賢者の石』。これを手に入れること」
「……僕はよく知らないんですが。それは戦争してでも手に入れるほどの価値があるものなんですか?」
「ふふ……。クラスSに認定されている
「そのエネルギーすべてを使えば、死者すら蘇らせられると言われるエネルギーの塊だぜ。自由に使いこなせれば世界だって思いのままだろうよ。もっとも『賢者の石』は意思を持っていて、邪悪な意思を持つ者には協力を拒むって話だがな」
……だったら、ハルトール王太子が賢者の石を使いこなせるのかは怪しいところだけど。でも、邪悪な意思かぁ。定義があいまいかつ難しすぎてなんとも言えないな。
「ま、ほとんどがウーリ王子とウチの推測ですけどね~~……。確実なのは、ウーリ王子をハルトールが殺したことと、エルフキャットたちを兵器として使ってたことくらいで……」
「ふふ……。でもそうね、ハルトールが戦争を仕掛けようとしてるって話には説得力があるわ。フィート君への論功行賞で世論を煽ったことともつながる……」
以前ハスターさんも話していたことだ。たしかに王宮の上層部は帝国と戦争をしたがっている、と。
「ふふ……。いいわ。私が王宮に戻り、ハルトールの王位継承を阻止する。その作戦に私も乗るわ」
「……いいのか、メルフィ」
「ええ。……自由な冒険者生活は楽しかったけれど。ルルちゃんの言うとおり、私にも責任を果たす時が来たのよ。メルフィリア・メイルはレイアード・クラウゼルに戻る」
「わかっていただけて何よりです……」
「ふふ……。だけどひとつ問題があるわ。私が王子であることを、どうやって証明しようかしら?」
あ。
……言われてみればたしかに。
「ハルトールに限らず、王宮の上層部は私の正体を知っているわ。知った上で、王宮に関わりを持たないのならばということでお目こぼしをいただいているというのが現状よ」
「今さらレイアードの生存がわかっても面倒なだけなんだろうなぁ~~。王宮の方でも、極力メルフィを表舞台に立たせないように気を配ってるみたいだぜ」
「……そういえば、ちょっと不思議だったんですよ。例の論功行賞の場で、管理局の収容違反対処で大きな役割を果たしたはずのメルフィさんの名前が呼ばれなかったこと」
「おう、あれは露骨だったなぁ」
なるほど。いろいろと腑に落ちた。
クラウゼル三英雄『
「ふふ……。ただ私が王子の座に戻ろうと訴え出ても、王宮が簡単にそれを認めるとは思えないわ。退けられ、もみ消され、そしてたぶん殺される」
「その魔力量は証明になったり、しないっすかね~~……」
「ふふ……。難しいでしょうね。たしかに私の魔力はクラウゼル王家に由来するけれど、魔力量が多い人はクラウゼル王家以外にもいるもの。それこそほら、フィート君とか」
「……だったら、その補助魔法は? さっきの話でもあったじゃないですか。特別に秀でた技術は、それ自体が身分証明になる、って……」
「ふふ……。それも難しいわ。そもそも私がどんな魔法を使ったかなんて、王宮の資料に残ってないもの。仮に何かの記録に残っていたとしても、その記録を管理しているのは王宮側。もみ消されて終わりよ」
「…………」
ルルさんは口を閉ざす。それ以上の案が出てこなかったのだろう。
意外なところでのつまずき。それを打破すべく口を開いたのは、さらに意外な人物だった。
「……あのよぉ、メルフィ」
「ふふ……。どうしたの、ガウス」
「ひとつあるぜ。お前が王子だってことを証明する方法がよぉ~~」
ガウスさんは苦虫をかみつぶしたような顔だった。おそらく、メルフィさんが王子の立場に戻ること自体まだ納得できていないのだろう。
だが、それでもガウスさんは口をつぐまなかった。
「俺もさっきのメルフィの話を聞いて思い出したんだがよぉ。そういやお前、俺に預けてただろ。王家に伝わる指輪ってヤツをよぉ~~」
「ふふ……。まさかガウス、あなた」
「ああ、まだ持ってるぜ。冒険者ギルドに隠してある。あれならお前が第五王子だって証明になるんじゃねえかぁ?」
「ふふ……。あの指輪には、王位継承者それぞれに個別で掘られた意匠がある。たしかにあれがあれば、私が第五王子であるという強い証拠になるでしょうね」
「決まり、みたいですね~~……」
そのようだった。
「まずは冒険者ギルドに行って指輪を回収。その後王宮に行って、メルフィさんの正体を明かす。……あ、いや。その前に指輪を見付けた時点で、ツイスタで全世界に正体を明かした方がいいですね。さくっと僕ら全員殺して何もなかったことに、みたいな展開を封じるために」
「冴えてんじゃん、フィート君……。その案で行こう」
「ふふ……。異議はないわ」
「俺は納得しきれてねえが……状況を考えるとやむを得ねえか」
『きゃんっ! きゃんっ!』
僕らはうなずき合い、それに呼応するかのようにレイククレセントも鳴き声を上げる。
それから僕たちは手短に、計画の詳細な手順を打ち合わせた。決行は今夜、今すぐに。現国王の体調がいつ何があるかわからない以上、できるだけ急ぐべきだからだ。
「ふふ……。よし、それじゃすぐにでも出発しましょう。まずは人目に付かないようにガウスが……」
『きゃんきゃんっ!!』
「……すみません、メルフィさん。ちょっと待ってください」
レイククレセントの様子がおかしい。僕たちの雰囲気に当てられて興奮している……というだけでもなさそうだ。
そういえば。レイククレセントに近寄りながら、僕はふと思い出す。
昼間にサズラヮ王子が来たときも。さっきルルさんが来たときも。真っ先に吠えたのはレイククレセントだった。
生来の臆病さのおかげで、レイククレセントは不意の来客に一番早く気付くことができるのかもしれない。
と、いうことは。
「……店の外に、誰かいる?」
僕がそうつぶやいたのと、ほとんど同時だった。
店の外の大通り。その暗闇の中に、無数の光る球体が浮かび上がる。
何度も目にしてきた光。エルフキャットの魔力球だ。
そして数瞬ののち。無数の魔力球から、無数の魔力の奔流が放たれた。
「『魔吸障壁』!」
店の正面のガラス張りを突き破って店内に降り注ぐ攻撃に、とっさに魔力を吸収する障壁を張って対抗する。
すべては防ぎきれない。が、ほとんどの攻撃は障壁に吸い込まれて消えた。
「『防護強化』!」
「っ、もう、『水の壁』!」
「うおっ! くそ、来やがったか!」
「敵襲です! 皆さん気を付、へ」
背後に警告を発しようとした僕の声が、途中で消える。
まずい。連携を阻害する未知の魔法だろうか。
「……悪いね、フィート君。君が敵に回った以上、出し惜しみはできない。初手で最大戦力を叩き込んで、ペンダントを外される前に決着を付けるしかなかった」
暗闇の中からハルトール王太子の声が聞こえる。
間違いない。やはりこの襲撃は、ハルトール王太子とエルフキャット軍団によるものだ。
『みゃ……みゃあっ!』
「よおネコちゃん。昼にも言っただろ? その反応速度じゃ、本気の俺からご主人は守れねえって」
え?
なぜか背後から聞こえたサズラヮ王子の声。
慌てて振り返ろうとするが、うまく腰をひねることができない。代わりに、ずるりと僕の上半身がずれ落ちた。
そこでようやく僕は気付いた。
声が出せないのも当然だ。僕の喉と肺は、すでに繋がっていなかったんだから。
ぐらりと体が傾く。意識が急速に薄れていく。そうか、魔力球に気を取られた一瞬のうちに、僕の体はサズラヮ・クラウゼルによって両断されていたんだ。
ごめん、デザートムーン。ごめん、みんな。僕はここまでみたいだ。
最後まで一緒にいられなくてごめん。君たちがこれから先、幸せでいられることを心から願っている。
ああ。声が出せない。最後に一言くらい、あいさつしてから死にたかったな。
『みぃいいぃあああああああああああっ!!』
初めて聞く、まるで悲鳴のようなデザートムーンの鳴き声を聞きながら。
僕の意識は真っ黒に塗りつぶされて、消えた。
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